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36.剣に頼らない戦い方

 また、数日経って――


 レオナルドはフロストヴェール領内の視察のため、毎日、馬を走らせた。

 フェイリスの補佐はアルヴィンがばっちりこなしている。


 私は雑務を手伝いながら、平行して刺繍を進める……はずが、構図が決まらずしばらくにらめっこ。スケッチを数枚描いたところで、手が止まる。


 気分転換にお屋敷のお庭に出ると、先客がいた。


 アルヴィンが一人、その場で体操をしている。


「あ! リリア先輩もご一緒にどうですか? グロワールリュンヌ式準備運動です! 別にこのあと運動する予定がないのに、準備だけするのも変かもしれませんけど」

「私はちょっと外の空気を吸いにきただけです。続けてください」

「はい!」


 すっごくハキハキした返事で、こっちが驚いちゃう。


 1.2.3.4……と、屈伸したり身体をそらしたり腕や肩を回すたび、メガネがズレるアルヴィンを眺める。


 と、青年は首だけこちらに向けた。


「フェイリスさんなら、もう心配いらないかもしれないですよ」

「そうなの?」

「自分がフロストヴェールを救うって、自覚がはっきりありますし、熱心で勉強家ですから……ただ」


 言葉を濁したままアルヴィンが動きを止めた。


「問題があるのかしら?」

「人材不足です。いくら彼女ががんばっても、それを支えるだけの厚みがありません。シルバーベルクのゲオルク様は、いつリリア先輩に家督を譲ってもいいようにと、盤石な組織作りをしていました。すばらしい以外の言葉が見つかりません」


 お父様って……もしかしてすごいのかしら?


「ということは、話の流れ的にフロストヴェールは違うみたいね」

「残念ながら。訊けば優秀な人材が何人か、金銭を理由にノースゲート伯爵家に流出しているみたいです。ノーマンよりも、彼の父親がやり手のようですね」


 そんなことまで調べてるなんて、アルヴィンなのかメルカート家なのか、調査能力が怖いと思うことがある。


「取り込みたい相手を弱体化させ、自陣営を補強する。お金の使い方としては効率的よね」

「北方三領で一番お金持ちなのはノースゲート家ですから」

「対抗策なんてあるのかな……」

「弱気にならないでください。ぼくにプランがあります」


 青年はメガネをかけ直す。我に秘策有り……とでも言いたげだ。彼が敵にならず、味方で良かった。


「アルヴィン君の計画、聞かせてくれるかしら?」

「はい! 最近教えることにはまっちゃったんで、思ったんですよ! 教えまくればいいって!」

「教えまくるって……なにを?」


 青年は両手をグッと握った。胸の前で軽くシェイクする。


「身分階級問わず優秀な人材を育てるのはいかがですか? グロワールリュンヌ学園ではすべてを教えますが、ぼくが考えるのは……専門教育です。作法礼法剣術馬術戦術舞踏などなど……書類を倒すのに不要ですから」

「つまり、学校を開く……の? 事務とか簿記とかの?」

「貴族や大商家だけじゃない、望む者、みんなが通える学校です」

「学費が払えないでしょう? 先生だって無償では……」


 アルヴィンは胸を反らすように張って、軽く握った拳でトンと叩く。


「だから余計なことは一切教えません」

「それでもお金がかかるんじゃ……」

「お任せあれ。我が家は商家です。人に投資をするんですよ」

「投資って、学費を出してあげるつもり? 回収の見込みと利益があるからするものよね?」

「学費はきちんと払えるように設定し、仕事に就いて収入が安定してから分割で返済してもらいます」


 そんな話、聞いたことがない。


「学費を踏み倒されたりするんじゃないかしら? 良い人間ばかりではないでしょう?」

「たとえノースゲート領に逃げようと、王都だろうとドレイク公領だろうと、人と商売があるところにメルカートの商家ありです。もちろん、そうならないよう教育を施します。高額な学費でメルカートが利益をあげるつもりもありません。学費を払い終えたあと、自分が生まれ育ったこの町で、以前よりも良い人生を胸を張って送れるようになる。どうです?」


 灰色の瞳はまっすぐで、自信満々だ。


「勝算はあるのね」

「はい! もし未払いが出たら、雇用主にメルカート家が圧をかけるかもしれませんけど」


 眉一つ動かさず、さらっと怖いことを言う。けど、きちんと学費を払った人のためにも、なあなあにはしないつもりなんだ。


 青年は締めくくった。


「人を育てて国力にする。結果、商業がより活発になってメルカート家も潤うというわけです。幸い、フロストヴェールは信仰を大事にしているみたいで、教会が教育に積極的でしたから。識字率が他の地域より高めで助かります」


 学校を開くための下地も十分と、すでに調査済みなのね。

 

 あとは私が決裁するだけ。もう……有能すぎるんだから。こういうのをお膳立っていうのよね。


「わかりました。それで進めてください」

「よしッ! ああ、本当によかった」


 メガネのレンズの向こうで灰色の瞳がすっと細くなる。


「よかった……って?」

「先輩ならぼくのプランにきちんと耳を傾けてくれますから。ぼくの案って、前例があまりないのを理由に話すら最後まで聞いてもらえなくて」

「それはもったいないことをしたわね。相手が」

「もったいないことをしたと、思わせてみせますよ!」


 荒唐無稽こうとうむけいでも、実行者がアルヴィンだから私も了承してるだけなのよね。


 これをもし、ノーマン・ノースゲートが言い出したなら却下してるし。


「即効性はないけれど、フロストヴェール領の将来を見据えて種を蒔くといいかもしれないわ」

「シルバーベルクでもやりましょう!」


 アルヴィンは燃えていた。


 で、現状すぐに効果が出ないところは、メルカート家からの追加人員(と、気軽には言うけれど、アルヴィンも苦労してかき集めたみたい)と、現状の人材に指導することで補強を図るとのことだ。


 あっという間に、フロストヴェールの経済基盤をアルヴィンはがっちり固め直した。

 その働きぶりは、素のレオナルドをして「私を情報収集のための斥候せっこうに使う男だ。良い度胸だよ」と言わせるほど。


 レオナルドが領内を奔走して得た情報も、的確に判断し有効活用するアルヴィン。


 フロストヴェール子爵の病状をよくする薬まで海外から取り寄せて、すっかり子爵にも気に入られてしまった。


 唯一というか。


「わたくし、アルヴィン様が怖いですわ! 鬼教官すぎます!」


 徹底した指導っぷりにフェイリスにだけは心を許してもらっていないみたい。


 その事をアルヴィンにこっそり伝えて「もう少し、お手柔らかに」とお願いすると――


「もし先輩に教えるならそうしますけど、フェイリスさんには時間がありませんから。早くこの件を解決して、シルバーベルクに一緒に帰りましょうリリア先輩! 向こうもきっと仕事や難題が山積みですよ!」


 戻ったら戻ったで、溜めてしまった分のツケを払うところからかぁ。


 忙しすぎない今のうちに刺繍を仕上げよう。


 アルヴィン・メルカートの奮闘もあって、フロストヴェール領は瞬く間に「再生」を果たしましたとさ。

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