34.人材の大切さ
誤字をいくつか修正しました
私とレオナルドは療養中のフロストヴェール子爵にも面会し、事情を説明。
家督をフェイリスが継いで、彼女が一人で立派に領地運営できるようにすると約束した。
元々、ノースゲート伯爵家との婚姻に反対していたこともあって「娘をよろしく頼みます。リリアさん……レオナルド卿」と、すんなり話が進んだ。
レオナルドは手紙をしたためると、護衛騎士ギャレットに持たせてシルバーベルクへ返す。
フロストヴェールのお屋敷の前庭で、二人並んでギャレットが出発するのを見送ると。
「護衛のギャレットを行かせても大丈夫かしら?」
「私の心配はいらないよ。もし、フロストヴェールでドレイク家の人間が暗殺されようものなら、大事だ。順当にいけばノースゲート家が手に入れられるというのに、連中が騒動を起こすことはないさ」
二人きりになって、無邪気で素直に悪い顔を見せる黒獅子様。口調も自然体だった。
「そこまで考えていらしたのですね。ところで手紙の内容は?」
「シルバーベルクにいるゲオルク殿とアルヴィンに情報共有をしなければならないからね」
「なるほど、そうですよね」
手紙をギャレットに託したのも、彼なら確実に送り届けてくれるという信頼があってのことだと思う。
美男子が優しい目で私を見つめた。うっ……その顔、二人きりの時にしかしないやつ。五秒以上目を合わせていられない。
本当に、好きになってしまうから。
青年は言う。
「私はもちろん……当然、君も安全だよ。この命をかけても守るからねマイレディ」
「……き、期待しています」
「その期待に応えてみせよう。我が剣に賭けて」
青年は腰の剣の柄をそっと撫でた。
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こうして――
談話室で紅茶と焼き菓子を挟んで、私はリリアに領主の経験を語った。
父上の仕事ぶりを参考に、助けてもらいながらレオナルドやアルヴィンに支えられていること。
私自身の能力よりも、信頼できる人材に仕事を配分するのが大事だと感じたこと。
一時の幸運にかまけることなく、それを掴んで離さずに成長させること。
今、シルバーベルクは実践できるようになりつつある。
フェイリスがうんうんと、何度も頷く。
「素晴らしいですわ! これもお姉様の人徳あってのこと」
「私自身はたいしたことはしていません。実際に事に当たっているのはレオナルド様たちですから」
「わたくし、こんな話を聞いたことがありますの。兵を束ねるのが将ならば、将を束ねるのが王……と。まさしく、今のお姉様は一国の王ですわ!」
「……褒めすぎですから」
上手く運営が回っているのは、人材のおかげだ。
いささか……というか、かなり優秀すぎるのよね。レオナルドもアルヴィンもギャレットも。お父様も現役復帰して前よりも元気なくらいだし。
話を続けた。
フェイリス曰く。現状、フロストヴェールは今ある仕事を回すだけの人員さえも綱渡りみたいな状況だった。
人材育成には時間がかかる。短期的に成果を出せる人材なんて、そうそう在野にはいないでしょうし。
「まずは、わたくしが学ばねばなりませんね! ご教授お願いしますお姉様!」
両手を握って彼女はぐっとテーブルに身を乗り出した。
やる気は十分みたいね。
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三日ほど、私とレオナルドで代わる代わるフェイリスに経営のことを教えた。
どちらかと言えば、先生に向いていたのはレオナルドだ。
シルバーベルクに経営を学びにきたっていうけど、論理だった彼の話しぶりはグロワールリュンヌの教授みたい。
しかも、フェイリスが理解しやすいように寓話や冗談も交えて、たとえ話一つとっても明確に意図が伝わるものだった。
彼って……公爵子息にして軍人で剣士で、先生にもなれるなんて、レオナルドにできないことってあるのかしら。
フェイリスと一緒に授業を受けて、改めて私自身も勉強になった。
講義が終わると、妹ちゃんと紅茶タイム。ただ休憩するだけじゃなく、議論を交わす。
ほんの三日でグロワールリュンヌ学園で学ぶ経営学の内容一ヶ月分くらいを、フェイリスは飲み干した。
四日目の昼頃――
フロストヴェールのお屋敷の扉を叩く者が現れた。
「すみませーん! こちらにリリア先輩とレオナルド先輩がいらっしゃるとうかがいましてー!」
中に通されたのは……灰色の髪にアッシュグレイの瞳をした、メガネの好青年。
アルヴィン・メルカートその人だった。手紙で連絡はしたっていうけど……。
玄関ホールで私たちが迎えると、青年はニッコリ微笑む。レオナルドにアルヴィンは言う。
「手紙を読んで、すぐに来たかったんですけど、準備や事務作業の引き継ぎに少し手間取っちゃって」
「私の想定では四日はかかると思ったが、一日早く来てくれたねアルヴィン」
「さすがレオナルド先輩ですね。全部想定内だったんだ」
「下ごしらえは私とリリアで済ませてある。ここからは君の出番だ」
「お任せください。ぼくが来たからには、もう安心です」
自信満々。けど嫌味に聞こえないのは実力と実績があるからなのよね。
アルヴィンは、私と後ろに隠れたフェイリスに向き直った。メガネをクイッと上げてから。
「リリア先輩、そちらの方が?」
「え、ええ。紹介するわね。フェイリス・フロストヴェールよ」
人なつっこくメガネ君は距離を詰めると、会釈した。
「ぼくはアルヴィン・メルカート。メルカート商会の四男です。領地経営のお手伝いなら任せてください」
初対面なのに気さくなアルヴィンに対して、フェイリスは少し挙動不審気味だ。
「え、ええと……」
「時間が惜しいです。さっそく会議を始めましょう。談話室をお借りできますか? 大きなテーブルと椅子があればまずは大丈夫です。案内してくださいフェイリスさん」
「は、はい! こちらですわ!」
あっという間にメガネ君のペースになった。
私とレオナルドも談話室へ。途中、アルヴィンに訊く。
「ところでアルヴィン君。シルバーベルクの事務作業は……」
「ギャレットさんに任せました」
「ええッ!?」
「もちろん、うちの商会で鍛えた若手三人を補佐につけていますから」
「い、いいのかしら? 臨時雇用のお金とか」
「時間が無かったので、ぼくの判断でゲオルク様に提案し、決裁いただいて運営資金から三人の給与に充ててます。シルバーベルクの商館は三人抜けてちょっと大変なことになってますけど、ぼくの叔父ならなんとかできますよ」
「しわ寄せが行ってるじゃない!?」
「この窮地を乗り切れば、フロストヴェールでもメルカートの商売が大きくなると、叔父も乗り気です。問題ありません」
言い切っちゃった。アルヴィンがじっと私の顔を見る。
「それに……先輩に……会いたかったですし」
「え?」
「い、いえ、なんでもないですから! さあ、反撃開始ですよ!」
手紙の文面は見ていないけど、レオナルドには文才もあるみたいでノーマン・ノースゲートの悪行もきちんと……もしかしたら実際のそれ以上にアルヴィンに伝わってるみたいね。
こうして――
フロストヴェール領の改革が始まった。




