31.再会の妹ちゃん
人名を修正しました。
フェリシア→フェイリス
道中、馬を休ませながら見晴らしの良い安全な街道を行き、まだ日のあるうちにフロストヴェールの町に到着した。
二人がいてくれたから、道中を無事乗り切ることができたと思う。
重装のギャレットを見れば襲おうなんて考えもしないか。彼の馬も立派で普通の子より二回り大きいし。
そんなこんなで――
フロストヴェール子爵家の邸宅にやってきた。
屋敷の中はメイドさんがいっぱい。調度品も華やか。ただ、高そうなものを並べているんじゃなくて、センスがいいと思う。
応接室に通される。私とレオナルドが席に着くと、ギャレットは後ろに控えた。
直立不動。反り立つ壁の如く。
「……護衛はいつでも剣を抜けるようにあらねばならない。主の横に座るわけにはいかないですから」
座ってもいいのに……って、言おうとしたら、先に釘を刺されちゃった。レオナルドは慣れたもので「リリアが気にすることではないさ」と微笑を浮かべる。
少し待つと――
軽やかなノックの音。
ドアを開いて、ホワイトブロンドの陶器人形みたいなお姫様が部屋に姿を現した。薄い青のドレスに身を包んだ彼女。雪兎のように白い肌。
胸が……おっきい。えっと、……困惑しちゃうかも。背中側から見たら、横にはみ出て見えるくらい。
身長も私より少し高いし、手足が長くてスタイル抜群。町を歩けば誰もが振り返って二度見するくらいの美少女だ。
彼女の琥珀色の瞳がらんらんと輝いた。
「リリアお姉様! 遠路はるばる、わたくしに会いに来てくださって嬉しいですわ!」
両手を大きな胸の前で組み、祈るようにする少女――フェイリス・フロストヴェール。
声もちょっとだけ大人に近づいたけど、口を開いた途端に彼女だって確信した。
お姉様と呼ばれるのがこそばゆい。だって、今、横に並ばれたら私の方が妹に見えるから。絶対に。
ああもう、どうして……どうして……。
アルヴィンといいフェイリスといい、少し会わないうちに大きくなりすぎよ。
二人揃って、外見ほど中身が変わってないのも一緒じゃない。
「久しぶりねフェイリス」
「お姉様もお変わりなく。お元気そうで安心いたしましたわ。それになんとも凜々しいお姿! まるで王子様みたい!」
「お、王子様って」
「馬に乗るためのズボン姿も様になっていらっしゃいますし、きっと髪を後ろにまとめたら美少年風になってドキドキしてしま……あっ……し、失礼いたしましたわ」
あたふたするところも、変わってない。
私は隣の美男子と後ろに立つ屈強な護衛騎士も紹介した。
「こちらはドレイク公爵家のご子息のレオナルド様。後ろに控えているのは護衛騎士のギャレット・フォートレスです」
「お姉様! 彼氏ができましたのね! キャー! どうしましょう! 挙式はいつごろ……あっ……し、失礼いたしましたわ」
黒獅子様は「いや、構わないよ。フェイリス嬢」とまんざらでもなさそう。というか、ちょっと嬉しそう。
背後の騎士は無言だった。見守りモードだ。
レオナルドが続けた。
「さて、君の手紙を受けてやってきたのだけれど、助けが必要だそうだね?」
青年とフェイリスの視線がぴたりとあう。席につくと背筋をただした。
「はい。レオナルド様……リリアお姉様。実は……」
フェイリスの表情が彼女らしくもなく、緊迫した。
黒獅子様の読みはずばり、的中だったみたい。急いで駆けつけることができて、本当に良かった。
言葉を待つと。
「実は……」
フェイリスが口にしかけたところで、応接室のドアがノックもなく開かれた。
小太りな背の低い丸っこい男が入ってくるなり声を荒くする。
「おいフェイリス! ボクチンをいつまで待たせるつもりだ!!」
淡い栗色の髪はボサボサで、服だけはきらびやかな貴族服。立派なマントまでしていた。
だけどお腹の辺りが太鼓みたいにまん丸で、今にもシャツやベストのボタンがはじけ飛んでしまいそう。
狸みたい。あっ……狸に失礼か。
ところでこの人、誰だっけ。
栗色のお饅頭みたいな男が私を見るや。
「なんだぁ? リリアじゃないか久しぶりだな!」
「あの……どこかでお会いしたことがありましたでしょうか?」
「はぁ!? ボクチンを忘れただとッ!! 男爵家風情が!!」
こんな特徴的な口ぶりなら、覚えていると思うのに。
「このノースゲート伯爵家が嫡男! ノーマン・ノースゲートの顔に見覚えが無いって言うのか!!」
あっ……そういえばそうだったかも。
北方三領の中では一番南にあって、ドレイク公領に続くミラディス大橋の管理を任されているノースゲート家の子息だ。
交通の要衝にあって、名前通り北へと続く門を守る一族。昔、お父様の外交に何度かノールゲート領に行ったことはあるけど……。
たしか、フェイリスと同じ歳の男の子がいたんだっけ。ほとんど印象になかったし、挨拶を交わしたくらいで、それきり口もきいてなかった。
なにより、子供の頃に会ったノーマンはこんな太っていなかった。
さてと。
「あら、失礼しました。見違えてしまいまして」
肉団子が口元を緩ませた。なんだか「にちゃぁ」っとした笑い方で薄気味悪い。
「だろぅ? このたくましい肉体! 成長したんだよボクチンは!」
たくましいというか、ふとましいというか。身近に細くてもしなやかで美しいレオナルドがいるから、余計に醜く思えてしまう。
あれ? けど、どうしてかしら。
「ところで、フロストヴェールのお屋敷にノーマン様がいらっしゃるなんて、奇遇ですね」
「フンッ! これからは普通になる。なにせフェイリスはこのボクチンの婚約者なんだからね!」
ぎゃははと笑い出す陽気なノーマンとは対照的に、フェイリスの表情は暗い。
助けてって、そういうことか。
一瞬、レオナルドの方を見ると。
「……不愉快だ」
ノーマンには届かない小声で、青年は微笑を浮かべていた。
お願いだから狸さん、これ以上、黒獅子様のたてがみを逆撫でないで。




