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29.意外な二人の当然な直訴

 ある日の午後――


 お父様とレオナルドが水路建設の現場視察に出て少し経ったところ。


 談話室で休憩していると、珍しい組み合わせの二人が私の元にやってきた。


 アルヴィンと騎士ギャレットだ。


 メガネの青年がソファーでくつろぐ私に詰め寄った。


「今日は抗議に来ました。リリア先輩」


 灰色の瞳は真剣だ。後ろでギャレットが腕組みして小さくうなずいた。


「二人とも……ということかしら?」

「ええそうです! ね? ギャレットさん」

「……ああ、自分やアルヴィン殿にとっては大切なことだ」


 私は背筋をただして、目を閉じ三秒考えた。


 仕事の割り振りかしら。週末は休みにしているけれど、アルヴィンが有能なばかりに働かせすぎだったかもしれない。


 けど、ギャレットはどうだろう。


 私とレオナルドが屋敷にいる時の彼は、マーサさんの助手みたいになっていた。


 料理の下ごしらえをしたり、壊れた棚を修理したり。


 力仕事や買いだしもしていて、マーサさんは大助かりだと、ギャレットが来たことで一番喜んでいたかも。


 あっ……そっか。護衛騎士なのに家事手伝いばかりしているのが、不満なのね。


「わかりました。みなまで言わずとも、二人のお気持ち、察するにあまりあります」


 二人は「おお」と声をあげ、ハイタッチする。


 ま、どっちかというとアルヴィンがしてくるのに、ギャレットがお付き合いするみたいな感じだけど。


 いつの間に、そんなに仲良くなったのかしら。


 メガネの青年が小さく拳を握り込んだ。


「じゃあ、ぼくとギャレットさんにもプレゼントしてくれるんですね!」

「うむ……楽しみにしている」


 あれ? プレゼント? 楽しみに……って、もしかして違ったの? 仕事の内容に関する不満でないなら、休暇をプレゼントしてほしいってことかしら。


「ええと、一旦待って。当てるから」


 そびえ立つ壁のような巨体が首を傾げた。


「……当てる……とは?」


 私は人差し指をピンと立てて。


「二人とも休暇が欲しいんでしょ?」


 同時に二人が首を左右に振った。


 アルヴィンが口を開く。


「休暇なんていらないですよ。むしろもっとやれる仕事はありませんか? 最近は副業の方も安定して、ぼくがみてなくても商会の職員に任せて運営できるようになりましたし。あ! 今度、王都の富裕層向けにツアーを企画してるんです! シルバーベルクのリースリングワインはもっと人気になりますよ! どうでしょう!?」


 こちらが仕事を振らなくても自分でやることを増やしてこなしてしまう。

 仔犬みたいに元気が有り余ってるのね。


 存在しない尻尾を振りながらアルヴィンがじーっと私の判断を待つ。


「ええと、進めてちょうだい。って、なんの話だったかしら?」


 赤毛の巨体が控えめにスッと言葉を差し込んだ。


「……休暇はいらない」

「そ、そうなの。じゃあ、あれよね。仕事内容に不満がある……とか。アルヴィン君には事務作業を丸投げしているし、そろそろ助手が欲しいんじゃないかしら?」


 青年はメガネのブリッジをくいっと押し上げた。


「その点、抜かり有りませんよ先輩。空いた時間を有効活用して、ギャレットさんに会計の基礎知識と簿記について指導をしているんです」

「……勉強になる」

「理解力がとても高くて、ぼくも教え甲斐があります!」

「……アルヴィン殿の教え方が上手いのです」


 ええ……知らないところで、そんなことになっていたの?


 となると、二人の抗議がなんなのかますます解らなくなった。


 ひとまず視線を騎士ギャレットに向ける。


「じゃあ、ギャレット……貴男は……マーサさんのお手伝いをしたくないということかしら? 今後は護衛騎士と事務員を兼任……とか?」


 ゆったりとした動作でギャレットは首を横に振る。さっきから私の推理が一向に的外れだ。


「マーサ殿の仕事を手伝うのは騎士の仕事よりも自分に向いている。子供の頃から、ずっと教会の手伝いをしてきた。望むところです」


 なら、いったいなんなのよ!? さすがにお手上げ。降参。こっちが勝手にクイズ形式にしてしまっただけなのだけど。


 私は小さく息を吐く。


「参りました。二人の抗議の内容を教えてちょうだい」


 ではぼくが、と言わんばかりにアルヴィンが言う。


「ずるいですよレオナルド先輩ばっかり!」

「はい?」


 もしかして黒獅子様への不満なの? 二人とも彼のことを尊敬してるようだったし、なによりレオナルドは近しいこの二人に対しても、基本的には外面を上手く取り繕って、不満が出るような摩擦は起こしてないのに。


 あっ……もしかして、この前、私と彼とでクレープを食べに行ったのを、町の人たち経由で知ったのかしら。


「アルヴィン君もギャレットも、クレープが食べたかったの?」


 二人揃ってまたしても首を右へ左へ。


「先輩! クレープはお腹いっぱいなんです! それはもう、胸のあたりまでこみ上げてくるくらいには」

「……マーサ殿にごちそうになった。しばらくクリームは見たくない」


 これはマーサさん、お見舞いしたみたいね。量的な意味で。


「じゃあ、二人はいったいレオナルド様の何が不満なのかしら?」


 今度はギャレットが答えた。


「若に不満などありません。あり得ぬこと。ですが……その……身分をわきまえぬ発言を許してほしい……自分もアルヴィン殿も、若が羨ましいのです」


 隣でメガネ君がうんうんと何度も首を縦に振る。振りすぎてメガネがずれてしまうのは、お約束だ。


「羨ましいって……なにかしら?」


 誰もが羨む眩しいくらいの美男子で、家柄もよくて優秀。なのは、アルヴィンもギャレットもわかっているはず。


 アルヴィンが言う。


「刺繍ですよ! 時々、レオナルド先輩がじっとハンカチの刺繍を見ている時があって、それがすごく嬉しそうで。ぼくらは羨ましいんです! ずるいです先輩だけなんて!」


 あっ……そんなことしてるんだレオナルド。本人はアルヴィンとギャレットに見せつけてる気なんてないんだろうけど。


 赤毛が胸の前で腕を組む。


「……あのような柔和な表情の若は、初めてだ」


 アルヴィンが言葉を足した。


「ですよね! 不思議なんですけど、獅子が黒なんです。まるで影みたいに。瞳は青いから、きっとレオナルド先輩なんだと思うけど、なんで金色じゃないのかなって」

「そ、それはねアルヴィン君……ええと……」

「もしかして、レオナルド先輩のために黒い刺繍糸をわざわざ探して、縫ったんですか?」


 あうっ……そう、ですけど。思えば刺繍の糸がアルヴィン君と私を結ぶきっかけになったんだっけ。


 二人がじーっと、こちらの顔を見つめる。ご飯を前にして「待て」されて、ぐっと我慢するワンコみたいに。


「ええ、そうよ」

「だからずるいんです。羨ましいんです! レオナルド先輩が! ぼくだって、刺繍の入ったなにかをいただけたら、嬉しいのに。だからぼくにもください! 刺繍!」

「……自分も……いや、無理を言うつもりはない。が、アルヴィン殿はよくやっておられる。彼にだけでも……」


 ストレートな小型犬と、控えめな大型犬。これ、アルヴィンにプレゼントしたらギャレットにも作ってあげなきゃいけないわよね。


 けど――


 幸運の力は、一歩間違えればとんでもないことを起こしてしまいかねない。


「二人とも落ち着いて。私が刺繍をプレゼントしたのはレオナルド様だけじゃないわ」


 アルヴィンがレンズの向こうで目を丸くした。


「ええッ!? ほ、他に……いるんですか?」

「お父様よ。金鹿を縫ってさしあげました」

「ああ、そっかぁ……なんだか安心しました」


 メガネ君は心底、ホッとした顔になった。

 ギャレットは小さく「なるほど」と、独り納得すると。


「何か……刺繍を贈る相手側にリリア様が求める条件などがあるのでしょうか?」


 急に核心部分を突いてこないで。びっくりして心臓が口から飛び出しそうになるから。


 極力、平静を装いつつ心の中で謝罪する。


「相手よりも、私の側の問題なの。モチーフやデザインが、贈る相手にぴたりと合わないと良い物にならないから。ただ、手を動かすだけならそれなりのものにはなるけれど」


 ギャレットが「ふむ……ふむ」と相づちを打ちつつ。


「なるほど。リリア様にとって刺繍針は剣。縫い物は決闘のようなもの。真剣勝負……と?」

「そこまでの覚悟はないわよ。けど、せっかく作るなら、ちゃんと二人に相応しいものにしたいし……」


 ごめんなさいごめんなさい。もっともらしいことを言うけど、半分本当で半分は嘘。

 二人がどことなく犬っぽいというイメージを漠然ともっているけど、刺繍はまた別。


 そもそも、金鹿は私の中の理想で、無意識だったけどお父様にぴったりだった。

 茶色い髪と目をしているけど、金色。


 レオナルドは瞳の色だけは、お母様が残してくれた青い糸を使ったけど、彼が自認する腹黒さや、影の支配者の雰囲気から黒糸がぴったり。


 アルヴィンとギャレットのイメージはまだ、掴めてない感じ。


 っていうのもあるけど、前にも思った通り――

 渡すと大変なことになりそうっていうのが、本心。


「だから、私に芸術の女神が微笑んでくれるまで、時間をくれないかしら」


 ギャレットは無言で頷く。で、問題となるアルヴィンは。


「わ、わかりました! すみません。ぼくの方こそ無理を言って」


 少し、ヘコんでしまった。申し訳ないけど、仕事ができすぎてしまう貴男に幸運が味方すると、世界レベルで影響が出てしまいそうだから。


「理解してくれてありがとう。アルヴィン、それにギャレットも」


 二人は納得したようで、それぞれ午後の仕事に戻っていった。


 どうしよう。もし、芸術や創造を司る女神様の気まぐれで、うっかり二人のイメージが固まって、縫いたい構図が浮かんでしまったら。


 止められない自分が、一番怖いかもしれない。

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