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28.名探偵レオナルド

※アルヴィン様→アルヴィン殿にしました

 重苦しい空気の中、レオナルドがようやく口を開いた。


「ところでジュリアーノ……君は本当にグロワールリュンヌ学園を主席で卒業したのかな?」

「しつこいな。庶民がそんなことを訊いてどうする?」

「では、アレも当然授与されたはずだ」

「あ、ああ、アレね……うん……も、もちろんだとも! 庶民にしてはよ、良く知ってるじゃないか」


 急にジュリアーノの目が泳いだ。ほんの一瞬だけど、私も気づく。


 そういえば、卒業年度に主席だった生徒には、記念品が贈られる……なんて話を在学中に聞いたことがあった。


 たしか飛び級という形で卒業になったエドワードも授与されたみたいだけど、なんだったかしら。


 レオナルドが目を細める。


「使い心地はどうだい?」

「あ、ああ、毎日使ってるとも」

「君はずいぶん変わっているんだね。それとも、君の代だけは記念品が違っていたのかな?」

「な、なに!?」

「主席に贈られるのは金糸の勲章だよ。主席を誇りにしているのに、身につけていないのはなぜかな?」


 茄子みたいな色の貴族服のどこにも、それらしい勲章はついていなかった。


 ジュリアーノがその場でたじろぐ。


「い、いや、アレは大切なものだからね。毎日寝る前に見ているのさ。それ以外の時は大事にしまってある」

「ところで、何年卒でしょう。三年違えば同じ学び舎でともに過ごすこともありませんし」

「え、ええと……だな」


 明らかに茄子色男の歯切れが悪くなった。


 黒獅子様の青い瞳がボンクラボンボンを射貫く。


「ジェラニート子爵家というのも、耳にしたことがないものでね。私の見識が不足しているのか。子爵家というが、よほど弱小なのか」

「ひ、ひいい」


 私ことリリア・シルバーベルクが王都の社交の場にいたのは一年にも満たない。

 だから貴族の家名にも疎かった。


 けど、レオナルドは違うみたい。

 

 獅子が笑う。


「さて、ジュリアーノ。君は恐らく私やリリアよりは先輩になると思うが、さすがにアルカナス・グリムノート教授のことは御存知だろう。おっと、どの教科だったかうっかりど忘れしてしまった。もう喉元にまで出かけているんだが……お教え願えるかな? 主席卒業された優秀な先輩?」


 グリムノート先生の授業、私は履修していなかった。なぜかといえば。

 と、思い返す前に、ジュリアーノがうめいた。


「うっ……ぐっ……グリムノート……文学の教授だった……はず」

「おや、私の知る教授とは別人のようだ。あの方は歩く戦争博物館。専門は戦史学科だったはずだが? 君はグリムノート先生から文学を学んで、主席で卒業したのか」

「あうううう」

「地方都市であれば中央のことにも疎いだろうと、ありもしない貴族の名をでっちあげ、自身を特権階級に見せて振る舞う詐欺師といったところだね」

「う、う、うるさああああい!!」


 男が突然、黒獅子様に殴りかかった。完全に逆恨みだ。


 逆上し、大振りのパンチを放つ。


 あぶない! っと、思ったのもつかの間。


 レオナルドは攻撃を綺麗に避ける。


 あっという間に紫色男の腕を掴んで関節を極めると捕縛した。


 ジュリアーノがわめきちらした。


「おい! やめろ! いきなりなにするんだ! 暴力だ! 暴行事件だ! 町の衛兵に突き出してやる!」


 先に殴りかかっておいて、無茶苦茶すぎる。店主さんも町の人々も、みんなが証人だ。もちろん、領主の私も。


 と、ちょうど町で警邏中の衛兵が二人、通りかかった。もめ事の気配にやってくるなりレオナルドの顔を見て敬礼する。


「おや、これはレオナルド様。そのような姿で、いったいなにがあったのですか?」


 組み敷かれたジュリアーノが衛兵に訴えた。


「おい! なにをボーッとしてる! 暴行罪だ! いきなり暴力を振るわれたんだぞボクは!」


 騒ぐ男の腕をさらにぎゅっと締め上げてレオナルドは説明した。


「この男は貴族をかたる不届き者だ。町の人々に不安と不快感を与え、店主を脅し、好き放題しようとしていてね」

「なるほど。死刑にしましょう」


 衛兵の判断が早いッ。


 と、もう一人の衛兵が石畳に落ちている金貨を拾い上げた。


「これ……最近、出回っている偽金ですよ。メッキされた鉛です」


 ジュリアーノが声を上げた。


「し、知らない! 知らなかったんだ!」


 レオナルドから衛兵がジュリアーノの身柄を受け渡された。すぐに茄子色の男は後ろ手に縛り上げられる。


「屯所まで来てもらおう」

「ひいい! なんでだ! ボクは被害者だ! こいつにいきなり暴力を振るわれたんだ! その金貨はボクのじゃない! そうだ! この男のだ!」


 引っ立てられながらジュリアーノはわめき続けた。


 偽の金貨を拾い上げたもう一人の衛兵が言う。


「黙れ。こちらにおわす方をどなたと心得る。かのドレイク公爵家のご子息、レオナルド・ドレイク様にほかならぬぞ!」

「は? え? 嘘? ど、どうして……そんな大物がこんなクソ田舎に……」


 ジュリアーノはそのまま衛兵につれていかれた。


 レオナルドは衛兵たちに「あとは頼むよ」と、手を振ると。


「大丈夫かいリリア?」

「私は大丈夫です。びっくりは……しましたけど」

「偶然、衛兵の二人が通りかかってくれたおかげでスムーズに済んだね。今後は行列のできるような店のあるところには、定期的に巡回するよう衛兵のルートを改良してもいいかもしれない」


 涼しい顔で青年は頭を一瞬だけ仕事用に切り替えた。


「今日はとんだお忍び視察になってしまいましたね」

「ああ、そうだった。クレープの味を確かめなくして、視察は終われないね」


 言うと店主さんにお願いして、クレープを二つ購入した。


 店主さんが「ありがとうございます! 本当に助かりました! うちの商品をバカにしやがってあの茄子野郎。素材にこだわって気持ちを込めて作ったもんです! ちょっとクリームおまけしておきましたんで!!」と、感謝されたりサービスされたり。


 貴族だから、領主だからじゃなくて、助けたお礼にしてもらった特別扱いなら、レオナルドも素直にクリーム山盛りクレープを受け取った。


 二人並んで食べ歩きながら、屋敷への帰路につく。


 一口食べたレオナルドが目をまん丸くした。


「美味いな。これは……生地とクリームだけだから、ごまかしがきかない。本質の素晴らしさだけで虚飾を排した……まさしく君のようだ」

「どうせ素朴ですよ。けど、私が食べたら共食いになってしまいますね」


 文句で返しつつ一口。含んだ瞬間、クリームが口の中でとろけて消えた。


 なにこれ。すごい。口溶けは軽いのにミルクの味わいが濃厚。だけど決して重くはならない。生地もほんのり甘くて、クリームを優しく包み込んでくれて。


 天使のほっぺのぷにぷにを味わうみたいな、優しい味がした。


「レオナルド様、口元にクリームでおひげができてますね」

「おっと……」


 黒獅子の刺繍が入ったハンカチを取りだそうとしたけど、私が自分のハンカチで彼の口元をそっとぬぐった。


「ありがとう。けど、どうして?」

「べ、別に。それより、ハンカチ……肌身離さず持っていてくださっているのですね」

「もちろんだとも。墓まで持っていくよ」


 青年は嬉しそうに笑うと、クレープをもう一口食べて、また白いひげをつけてしまった。


 小さな子供みたい。やっぱり獅子よりも、大きな猫なのかもしれない。



 騎士が一足早く、町から戻るとキッチンで昼食の支度を進めていたマーサに顛末てんまつを説明した。


「あらあらあら♪ それは良いことをなさいましたのねギャレットさん」

「……きっとレオナルド様は、リリア様とお二人の時間を過ごされたかったのでしょう。マーサ殿」

「気づかれないように、よく着いていけたって感心しちゃいます。そんなに大きな身体なのに」

「もしかすれば、若は気づいていらっしゃったかもしれませんが」

「トラブルとみるや衛兵をよこすなんて、機転も利くんですね! そうだ! ギャレットさんはクレープを食べ損なったでしょうから、このマーサが代わりにつくって差し上げますね!」

「……執務室で頭脳労働しているアルヴィン殿にも頼む」

「あらぁ♪ 本当に気が利くんだから。じゃあ、腕によりをかけて、た~んとクレープをお見舞いしますね!」


 このあと、騎士ギャレットとアルヴィン青年は、しこたまクリームたっぷりのクレープをごちそうされるのだった。

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