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27.悪徳貴族がやってきた

 三十分、じりじりと進む行列で待ちながら、レオナルドと二人……ちょっぴり無言タイム。

 町の人たちの視線が集まっちゃって、困ったかも。


「まいったねリリア。雑談できる雰囲気でもないようだ」

「無理になにをしようなんて、考えなくてもよろしいのではないかしら」

「君を退屈させてしまうのは、本望ではないよ」

「私は楽しいですよ」

「ほ、本当かい!? それなら……良かった」


 青年はホッと胸をなで下ろす。実際、町人の姿のレオナルドは見た目にも新鮮だし、彼には悪いけど困り顔を見られたのも良かったし。


 黒獅子様はふと、思い出したように。


「そういえば、最近は刺繍をしている時間も無いんじゃないかな?」

「無理に作るものでもありませんし。やりたくなった時には、無性にやってしまうものですから。その時は我慢ができなくなって、どれだけ忙しくても時間を作って作業に没頭してしまうんです」

「芸術家だね。ここ一番の集中力を見せる君のような人を、きっと天才というのだろう」


 人前で恥ずかしいことをしれっと言えてしまうのも、天才だと思う。恥ずかしい。


 なんて話しているうちに、やっと私たちの番になった。


 屋台風の店先に立つ。メニューはシンプル。保冷魔導具で冷やしてあるホイップクリームだけ。


 王都では色とりどりのフルーツをあしらったものや、食事として出されるそば粉のガレットを食べたことがあった。


 逆に、生地とクリームだけでこんなに流行しているのが気になるし、勝手に期待感のハードルが上がってしまう。


 鉄板に生地をおいてT字の棒で綺麗な真円を描く。薄く焼かれたベールにほんわかもこもこのクリームをくるりと巻いて、三角形の形にしてできあがり。


 うん、絶対美味しいやつ。


 店員さんが「おいくつになさいます?」と訊かれたところで。


 スッと、人影が私とレオナルドの前に割り込んだ。


 全身を紫色で統一した貴族服。コートには金糸の刺繍が施されている。


 色素の薄い茶髪。だらしない垂れ目の男の人が言う。


「おっと、悪いけどボクを先にしてくれるかな?」


 甘ったるい声とともに割り込んできた、貴族風。


 すかさずレオナルドが制した。


「待ちたまえ。クレープを買いたいなら、列の後ろに並ぶんだ」


 茶髪は前髪を手櫛で掻き上げた。


「おっと、キミ、今このボクに話しかけたのかな? 庶民の分際で馴れ馴れしいにもほどがある」


 鼻持ちならないという言葉が服を着て歩いている。そんな男だった。


 最近、観光にやってくる上流階級が増えたからか、こういうトラブルが起こり始めてるとは、報告書にも上がっている。


 取り締まりの強化をしても、身分を楯にされて領地軍の守備隊を逆に脅すなんてこともあるみたい。


 問題の具体例が、目の前で私に言う。


「貧乏丸出しな女だな。割れ鍋にじ蓋。お似合いだよ。お金に困ってるんじゃあないか? このボク……王都の名家ジェラニート子爵が嫡男のジュリアーノ・ジェラニートが、キミらの並んだ時間を買い取ってあげよう」


 言うとジュリアーノは金貨を一枚、取り出して地面に投げた。


「ほら、拾え貧乏人。幸運だな? これで半年は食っていけるぞ。貴族様の施しだから、遠慮無く受け取るがいい。ハーッハッハッハッハ」


 並んでいるお客さんたちも、クレープ店の店主も顔を青くした。


 レオナルドは……涼しい顔だ。口元にかすかに笑みさえ浮かべている。


 あっ……これ、めちゃくちゃ怒ってる。


 騎士ギャレットが言ってたけど、レオナルドは強い感情を出しそうになると、笑う……って。


 ジュリアーノがムッとした。


「何を笑っているんだ? 拾えって」

「…………」


 レオナルドの表情から感情が消えた気がした。それが悪徳貴族には気に入らないみたい。


「おやぁ? なんだその反抗的な態度は。ボクを知らないのは庶民だから仕方ないだろうけど。貧しく学のないキミに教えてあげよう。このボクこそが、王都でも名高い選ばれし者のみが学ぶことを許された、グロワールリュンヌ学園を主席で卒業した英才なのだよ」


 黒獅子様が口を開いた。


「主席ですか。それは素晴らしい学歴ですね」


 あっ……。すごく、不機嫌。本当は一番になれるのに、エドワードに譲ってきた人だから、あんまり順位に興味がないように見えるけど……。


 レオナルドの目的は「最後に一番上に立つ」で、そのための無用な争いをしないようにしてきた人。


 だから、負けず嫌いには違いないのだ。


 ジュリアーノの父親は子爵で、レオナルドはドレイク公爵家の人間。家柄の格が違う。


 なんて気づきもせずに、紫色のきらびやかな茄子みたいな貴族のボンボンは胸を張った。


「わかったらそこを退きたまえ。さあ、店主よ。このボクは王都では美食家としても名が知れている。ここでの評判が広まれば、店は繁盛間違い無し。こんな田舎の漁村に毛が生えたような僻地ではなく、王都の一等地に立派な店を出せるぞ? 無論、味次第だけどね。ボクの舌を満足させられるかな? あー楽しみだ」


 こういう人って、放っておくとずっと喋ってそう。


 店主さんは。


「あんたみたいなのに売るもんはないよ。帰りな」


 スパッと言った。並んでいる他のお客さんたちからも敵視が集まる。


「そーだそーだ」

「さっきからなんなんだあの人は」

「っていうか、レオナルド様に無礼すぎるし」

「リリア様を怒らせると怖いって知らないのかしら」


 あれ、私って怒らせると怖いって領民の間で噂になってるの!?


 一方で、レオナルドもリリアも普通にある名前だし、領主と公爵子息が町人の姿で列に並んでいるなんて、思いもしないか。


 この世のすべてを敵に回したジュリアーノ・ジェラニートが、薄ら笑いから一変、一転、怒りだした。


「おいやめろ庶民ども! ひれ伏せ! オマエもだ店主! 生地を焼いてクリームを包むくらいしか能が無いくせに、客商売をなめているのか!? お客様は神様だろうに!!」


 店主は腕組みした。


「並んだ人がお客様。割り込んだ奴は違うよ。それに、その言葉は仕事をする際に常に神様の前でやるつもりで真剣に取り組めという意味だったはずだが?」


 あ、あれ? 私やレオナルドの出る幕もなし? 店主さんは強気だった。


 茄子色貴族が吠える。


「こ、こんな店……吹けば飛ぶような掘っ立て小屋……ボクがちょっと本気を出せば潰せるんだぞ!! すぐにパパに言いつけて、この町の小麦を卸している業者に圧力をかけて、オマエが材料を買えないようにしてやる! 廃業だ! 今日限り廃業! 廃業ッ!!」


 脅迫までするなんて、本当にこの人、貴族なのかしら。


 さすがの店主さんも「うっ……そ、そんな。無茶苦茶だ……」と唖然となった。


 ますますつけあがるジュリアーノが店主に告げた。


「廃業が嫌ならわかってるよね? この王都きっての若手美食家であるボクが、味見をしてやるって言ってるんだ」


 ああ、最悪。どうしてこうも上から目線なのかしら。

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