26.お散歩デート
騎士ギャレットが仁王立ちする。視線が繋いだ手に注がれた。思わず、私もレオナルドも手をパッと離した。注視されて恥ずかしい気持ちになる。
赤毛の大男は低い声で呟いた。
「……任務であれば、護衛いたします」
金髪の美男子は首を左右に振った。
「君がそばにいたら忍べるものも忍べないだろう」
「ですが若。いかに治安が良いシルバーベルクでも、何があるかわかりません」
「大丈夫さ。リリアは私がこの身に代えても守ってみせる。私は君より強いのだから、心配はいらないよ」
ギャレットが身を案じてるのは、私よりむしろレオナルドだと思うのだけど。
「……」
大型犬がすがるような悲しい目で私を見る。
「え、ええと……」
返す言葉に迷っていると、黒獅子様がため息をついた。赤毛の壁をじっと見据えて。
「リリアが怯えているだろう」
「怯えていません」
すぐに訂正。変な空気になっちゃった。うう、私ってば何やってるのかしら。時々、一言多くなる。
レオナルドはもう一度ギャレットに念押しした。
「いいから君は家を守るんだ。いいね」
「……はい。若」
思ったよりもあっさりと騎士は頷く。
道を譲って脇に控えた。
なんだか拍子抜け。もしかして、後ろから着いてきたりしないかしら。
私は背筋を貼り直して。
「では、行ってきます。ギャレット」
「いってらっしゃいませ。リリア様、若」
大男は深々とお辞儀をした。
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町の中心地に向けて歩き出す。少し外れにある屋敷から、徒歩で二十分ほど。
途中、レオナルドが何度か振り返っていた。
「何か気になることでもあるんですか?」
「あっ……いや。なんでもないよリリア。それよりも……やるからにはきちんと、若夫婦を演じようじゃないか」
彼は私の手をそっと握った。手の温もりに胸は高鳴るのに、不思議な安堵感もあった。
町並みを歩く。時々言葉を交わす。猫があくびをして前を横切れば、あの子が雄か雌かという話になった。
レオナルドが言うには、三毛猫はほとんど雌で、雄は貴重なのだとか。
「どうしてかしら?」
「さあ、神様がそうしたかったのかもしれないね」
「不思議ですね」
「白でも黒でも三毛でも、ネズミを捕るのが良い猫さ」
「レオナルド様は人前では猫を被って、さも自分を良い猫のように見せるのがお得意ですよね」
「平和に暮らすコツを実践しているだけだよ。そういうリリアも私とどっこいじゃないか」
「そうでしょうか?」
「だから、時々本音を漏らしてくれると、私は安心するんだよ。心を許してくれているのかと、思えるからね」
はにかむように美男子は微笑んだ。こちらこそ、本性を明かしてくれてありがとうと、言いたい。
街路樹の上から小鳥の鳴き声を浴びて、石畳を並んで歩く。
これって、幸せかもしれない。ボーッとしてしまった。途端に、足を小さなくぼみのとられて転びそうになる。
すぐにレオナルドが支えてくれた。
「おっと、大丈夫かいリリア?」
「は、はい。おかげさまで」
「考え事かな? それとも、何か心配事でもあるのかな」
「え、ええと……な、なんでもありません」
好きでいてもらえて、安心できて、けど……私から好きになってはいけない。
幸せと辛さのサンドイッチ。ただ、そばにいてくれるだけで嬉しくなるなんて。
「良い散歩になったね」
「甘いクレープが美味しく食べられそうです」
青年に手を引かれ商業区にある店の前までやってきた。
店舗というよりも出店屋台のような感じ。飲食する場所はなくて、食べ歩く市場の食べ物屋さんに近かった。
まだ午前中で開店前なのに行列だ。店先から生地の焼ける甘い匂いが漂った。
くぅっとお腹が鳴きそうになる。
「本当にすごい人の列ですねレオナルド様。角を曲がった先まで並んでますし」
「だろ? さあ、列に並ぼう」
と、青年がもう一度、手を引こうとしたところで。
クレープ店の店主が私たちに気づいた。
「おお! これは領主様! そちらはレオナルド様ではありませんか!」
一発でバレた。青年は帽子を目深に被り直す。手遅れなのに、ちょっとかわいい。
「いや、私たちは最近、越してきたばかりの夫婦だ」
黒獅子様が言うと、店主は「最近、よく馬でこの辺りを視察されてましたよねレオナルド様。今日は領主様とお揃いで。良かったらうちの商品をお試しになってくださいませんか」と、まくし立てた。
外面モードで立ち振る舞っていても、さすがに金髪碧眼の公爵子息は田舎町じゃ目立ち過ぎる。
学園ではエドワードの陰に隠れていただけだったもの。
並んで順番待ちをしていたお客さんたちも、私とレオナルドとみるや先を譲って「どうぞ!」って、列を空けてくれた。
青年が帽子をとって一礼する。
「いや、そうはいかない。皆さん並んでいたのだ。最後尾につかせてもらうよ」
私もレオナルドの言葉に頷いて「そういうことだから、気を遣わないでくださいね」と、彼とともに列の後ろに回った。
待つ間、どうしよう。間が持たないかも。




