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24.才能は遺伝か後天か

 アルヴィンの提案を要約すると――


 お金持ちの観光客にブドウ農園や醸造所を案内して、ワインの試飲とお買い上げを願うというツアーをするというものだ。


 ワイン造りは土地土地で特色が出る。その理念を体験してもらって、歴史や逸話というストーリーを背景に、リースリングの愛好家を増やす……って、実現できるのかしら?


「ねえアルヴィン君。農園も醸造所も普通の場所よ?」

「だから見学コースや歴史について学べるような施設への投資なんかも必要ですね。学園祭でも似たようなことをして、大成功を収めたじゃないですか?」

「え、ええ、刺繍の展示にストーリー性を持たせる案は、アルヴィン君のアイディアだったけど……」

「アレの応用です。先輩の刺繍もシルバーベルクのリースリングワインも超一流なんですから、多少話を盛るくらいじゃないと、中身と釣り合いませんし」


 自信満々のメガネ君。お酒の勢いなのかしら? けど、書類自体は前から用意してたみたいだし。


「前から考えていたの?」

「はい! あのワインは副業でやってる富裕層向けの宿泊施設でも大好評なんです。ただ、販売量は決まっていて、それを無理に回してもらうわけにもいきません。だから増産のあてができた時に、この計画プランを実行に移そうと温めておいたんです。まさか、こんなに早く日の目をみるなんて! ラッキー!」

「アルヴィン君にとっては幸運だったかもしれないわね」

「あっ……ごめんなさい。け、けど! さっきの男に買われてしまうよりも、ずっとぼくの方がワインたちを求める人のもとに届けて、みんなを幸せにできますよ! 生産者も消費者も販売業者もみんなね!」


 執務机に身を乗り出して青年は私の手を両手で包んでぎゅっと握った。


「だから、ぼくにやらせてください先輩。いや、ぼくとやりましょう!」

「あ、ええと……」


 テーブルには先ほどサイモンが破り捨てた書類が残ったままだった。

 

 アルヴィンは真剣な眼差しだ。


「ええ、わかったわ。この件、貴男に一任します」

「やったあああああ! ありがとうございます! よーしがんばるぞおおおお!」


 ぱっと手を離して青年は万歳するとその場で飛び跳ねた。


 うん、仔犬っぽい。仕事テキパキできるのに、こういうところは年相応……より、幼くて、ちびっ子のままかも。


 メガネをずらして青年は私に微笑みかけた。


「他にもいくつか、条件さえ揃えば始められるビジネスプランがあるんですけど……それはまた、今度相談させてくだささいね! リリア先輩!」


 本当に大丈夫なのかしら。と、心配になったけど、後日、アルヴィンの読み通りに富裕層向けの見学ツアーが大好評を博して、シルバーベルク産のリースリングワインこそ、世界最高レベルの希少性のある逸品と、セリア王国にとどまらず内外各国に広まることになるのでした。


 というのはしばらく経ってからだけど、事件は「アルヴィン君泥酔プレゼン事件」のあとに、もう一つ起こった。


 午前中に契約を蹴っ飛ばしたサイモン・ヴィンティスが午後一番に戻ってきたのだ。


「お、おい! 買ってやる! 定価で! だからリースリングワインをよこせ!」

「あら、急にどうしたのかしら?」


 黒髪の買い付け人は必死の形相だ。今にも噛みついてきそう。


 執務室のソファーでメガネの青年が寝息を立てている。遊び疲れてうとうとした仔犬じゃないんだから、しっかりしてほしい。


 ワイン一本で夢見心地みたい。さっき見せてくれた提案書をアルヴィンは寝ながら胸に大事そうに抱えていた。


 視線をサイモンに戻す。


「当家とは二度と取り引きしないというお話でしたよね」

「いや、考えが変わった。そっちだって困るだろ? な?」

「何かあったのですか?」

「いや……別に……」

「正直にお話いただけないと、先に進めません」


 男は肩を落とした。


「うう、取引先に……リースリングを持っていったら『これじゃない』ってな。試飲もしないで匂いを嗅いだだけで……クソッ! 言いがかりにもほどがあるが、連中はシルバーベルク産を注文したの一点張りだ」

「そういう契約でしたら、先方に落ち度はないですよね」

「あ、ああ。だからどうだろうか? こ、今回はその……悪かった。二割増しで金を払う。悪い商談じゃないだろ?」

「残念ですけど、貴男が立ち去ってすぐに今期の納入分が売れてしまいました」

「な、なに!? バカな!」


 驚くのも無理はないけど、バカはどっちだ。と、言ってあげたい。


「なので売りたくとも売れないのです」

「ふ、ふざ、ふざけんじゃねぇ! 人様の商品を勝手に他に横流ししやがって! こうなりゃ裁判だ! 教会に訴えてやる!!」


 ああもう、頭に血が上ってるみたいで無茶苦茶なことを言うのね。


「裁判を起こすのはかまいませんけれど、あなたが破り捨てた契約書は、こちらで証拠として保管してあります」

「うっ……く、クソがああああああ」


 身の危険を感じた瞬間――


 音もなく、赤毛の大男がサイモンの背後に立って、後ろから肩をぐいっと掴んだ。


「…………」


 赤い瞳が上から押しつぶすようにサイモンを見据える。


 騎士ギャレット。金属鎧をつけていなくても、圧倒的な迫力で相手をひるませてしまった。


 私も一度、対峙して思ったけど、彼が本気になったらどんな人間でも、目と目が合うだけで生物的な恐怖を感じてしまうと思う。


「ひいっ!」

「……失せろ」


 私が言葉を百も二百も並べるより、ギャレットの一音の方がサイモンみたいなやからには説得力があった。


 そのあとしばらくして――


 ワインの神様の二つ名で知られたカール・ヴィンティスが一代で築いた家名は地に落ち、二代目サイモンの悪評は覆らず。


 偉大なる父親の名声をすべてぼんくら息子が台無しにしたという話が、王都にも広まったみたい。


 どんなに素晴らしいワインも、一滴の泥水が混じればだめになる。


 財産を失い借金を抱え、夜逃げしたサイモンは最終的に捕縛されたそうな。


 後に、サイモン・ヴィンティスが、王国どころか世界中に根を張る犯罪組織の幻影貿易連合シャドートレードユニオンと関係をもっていたことが明るみになり、彼は法の下、死刑に処されました。


 こうなるとまでは思っていなかったけど、一つだけ言えるのは――


 もしアルヴィンに刺繍の加護があったら、世界中の富を手にしてしまうんじゃないか……ということ。


 うっかり渡して良い相手なんていないけど、注意しないといけないかも

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