22.ギャレット・フォートレス
護衛である以上は、四六時中、いついかなる時も対象を守らなければならない。
ということで、屋敷に住み込む新しい仲間が増えました。騎士ギャレット、その人です。
客間を勧めたのだけど、彼は使用人部屋を希望した。階段下にある小部屋だ。
我が家の物置から鎧かけを出してきて、騎士の大鎧を飾るように置く。
狭い一室に大男と鎧。あとは彼が寝転がると足がはみ出るベッド。こぢんまりとした筆記机で部屋はぎゅうぎゅうのぱんぱんになる。
板金鎧を脱いで、厚手の布服姿になったギャレットは……やっぱり大きい。鎧でかさましされていなくても、全然「壁」だった。
赤い瞳に赤髪は短髪で、ガッチリとしていて男らしい。無骨……じゃ褒め言葉じゃないわね。
質実剛健って感じかしら。熊が第一印象だったけど、大きな犬っぽいかも。優しい目をしてるし、落ち着きもあるし。
一瞬、ソファーでへそ天する猫のレオナルドと、同じ場所を行ったり来たりする仔犬のアルヴィンが思い浮かんだ。
うん、なんだろう。そんな二匹をぼーっと見つめて、部屋の隅で丸くなる大型犬のギャレット。そんな印象。
やっぱり、使用人部屋の床面積に彼の体格が合ってない。
「ベッドだって足が余ってしまいますし、もう少し広いお部屋も用意できますけど」
「お気遣い痛み入ります。リリア様。自分は孤児院の出身です。個室をいただけるだけでも十分です」
「孤児院……ですか?」
ドレイク家に仕えて、しかも子息のレオナルドの護衛騎士になるなんて、どういう経緯なのだろう。
ギャレットは直立不動のまま。
「……なにか?」
「あっ……ええと、こんなことを訊いていいのかわからないけど……レオナルド様の護衛騎士になったいきさつとか……知りたいなって思って」
「お安いご用です。少し、長くなりますがよろしいですか?」
そう言うとギャレットは私に椅子を勧めて、自身はベッドの縁に腰掛けた。
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騎士の身の上についてから、話は始まった。
赤毛に薄褐色肌は南方系の民族の血だという。けど、彼は孤児だった。物心ついた頃には、教会の運営する孤児院にいたという。
名前は司祭様からもらったものだ。
幼い頃から他の子たちよりも身体が大きくて、力も強かった。けど、肌の色と髪や目の色を不気味がられ、恐れられ、友達もいない。
子供って、自分と違うものをみると排斥しようとしてしまう。
だから幼年期は孤独だった。意地悪をされることもあったし、仲間はずれにもされた。
集団にいじめられるようになった。口下手で、言い返せないことばかり。
ついには暴力を振るわれた。孤児院にいた子供たちの中に、ギャレットをいじめるよう仕向ける主犯格がいた。
他の子も仲間に引き入れようとして、もし、その子が拒否すればその子をいじめる。
ギャレットは自分のことならと我慢してきたけど、別の子が標的になった時――
一度だけ、カッとなって手を出した。手加減をしたつもりのギャレット少年は、いじめっこの歯を折った。
それから、ギャレットへのいじめはなくなった。けど、いじめに加担しなかった他の子供たちからも、遠ざけられるようになった。
十二歳で、教会での力仕事を任される。大人が二人がかりでやるようなことも、軽々とこなした。
働きぶりをみていた剣士に見込まれて、剣を習うことになる。
師匠の剣士を十四歳の時に倒してしまい、腕を見込まれ十五歳になると同時にドレイク領の地方都市で、領地軍の兵士に。
話の途中で「地方の一兵士で終わるはずだった」と、ギャレットは一旦区切った。
「終わらなかったのですよね?」
「ああ。ある年の秋に、若がドレイク閣下と兄君のフィリップ様とともに、自分の住む町を訪れたのです。狩りのために」
呼吸を整えて、ギャレットは続きを話し出した。なんだか、幼少期のつらそうな雰囲気がフッと和らいで、少しホッとした柔らかい語り口になったかも。
ギャレットをはじめとした領地軍の兵士は、公爵家の護衛兼、勢子だった。勢子というのは、狩猟の際に獲物を追い立てる役の者だそう。
レオナルドは弓も上手だけど、必ず兄のフィリップに一歩及ばないようにしていた。
って、気づいてるの? レオナルドの外面に。
「たまたまか、フィリップ様が弓がお上手なのではないかしら?」
「……その疑問の持ち方……リリア様もお気づきか。若は本気を出せばフィリップ様よりもすべてにおいて上をいくことができる。が、思慮深いのか……自分には理解の及ばないお考えがあるのか、お力を示されない」
あっ……ちゃんとバレてるんだ。私だって学園にいたころのレオナルドには、気づくことができなかった。限りなく透明になれる人だった。
打ち明けられて共犯者にならなければ、私も外面に騙され続けていたと思う。
ギャレットは、気づいていた。それくらいきちんと、レオナルドに向き合ってきたんだ。
少し、嫉妬。ギャレットは男の人なのに、なんだか変な気持ちになる。
赤毛の青年は狩りの話を続けた。
森から平原に猪を追い立て、その一頭をレオナルドと兄のフィリップが狙うことになった。
ここでもレオナルドは兄に花を持たせた。黒獅子様の放った矢は猪の背中を掠めただけ。
フィリップが仕留めると思った矢先――
兄の矢は猪から外れてしまった。そして、ナイフのような牙を持つ猪がレオナルドの元へと向かってきた。
二の矢を放つ前に間合いに入られたレオナルドに猪が襲いかかる。
その刹那、赤毛の大男が巨獣と公爵子息の間に割って入った。
牙を掴んで猪を受け止め、そのまま首をひねって地面に叩き伏せる。
誰も動けない中、ギャレットがレオナルドの命を救ってみせた。
ドレイク公爵も雄姿を目の当たりにし、赤毛に薄褐色肌の名も無き兵士を称賛した。
こうして、ギャレットは騎士に任じられた。ドレイク公からフォートレスの姓も賜った。平民どころか孤児院出身で、身寄りの無い男が22歳で掴んだ栄誉だった……そうな。
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話し終えたギャレットは、私の前に立つと跪く。
「これよりは、我が身に変えてリリア様をお守りいたします」
「あっ……ええと、守るのは私じゃなくて」
「若もきっと、それを望むことでしょう。貴女の楯となると誓います」
真剣な眼差しに。
「わかりました。よろしくお願いします。騎士ギャレット」
気丈に返すとギャレットは深々と一礼した。
なんだか、ちょっと恥ずかしい……かも。一方的に守ってもらうなんて。
けど、領主として自分の身の安全を守れないんだもの。
これも仕事のうちなのだと思うことにした。




