20.決闘
庭園の広場で対峙する金髪碧眼の美男子と、赤い瞳の薄い褐色肌の大男。
互いに剣を抜き構える。レオナルドは流麗な構え。ギャレットは真正面にどしんという雰囲気だった。
剣の事はさっぱりわからない。
私の後ろでマーサさんが救急箱を抱え待機し、お父様は二人の構えに深く頷いた。
「ふむ、レオナルド卿は宮廷剣術の流れを汲む洗練された柔の剣。相手に打たせて後の先をとるカウンター主体というところか」
「お父様、剣術にお詳しいのですか?」
「若いころに少しな。男はみな生涯に一度くらい最強に憧れるものだよ」
いつも机に向かってお仕事している背中ばかり見てきたから、意外だった。
「レオナルド様は勝てるのかしら」
「騎士ギャレット殿の重厚な構え。勝負は一瞬だろう」
決闘に挑む二人の視線が私に集まる。
レオナルドが口を開いた。
「ではリリア。シルバーベルク領主として、この決闘の立会人を頼む」
「どうしてもお二人が戦わなければならないのですか?」
ギャレットは無言で頷き、黒獅子様は「岩よりも頑固な男でね」と澄んだ笑みを浮かべた。
風が吹き、足下の草葉を揺らす。
騎士がまっすぐ主君を見据えて言う。
「この決闘に敗北すれば、自分は騎士ではなくなります」
「そうか……寡黙な君が私に心理戦を仕掛けるなんてね」
「これは警告です。本気でいきます」
「そうにらみ付けるな。私とて、手を抜いてくれとは言わないさ」
レオナルドがニヤリと笑った。こんな表情を人前ですることが異例だ。
「若……窮地の時にこそ笑うのですね」
「君はもう少し愛想を良くした方が女の子にモテるんじゃないかな」
「……お覚悟ください」
騎士が兜のフェイスガードを降ろす。
二人の呼吸が整った。どちらともなく足を動かし間合いを計る。
開始の合図もなく、すでに戦いは始まっていた。
レオナルドの額から汗が落ちる。騎士ギャレットはピタリと動かない。
なのに金髪碧眼の美男子の方が、圧倒されているように感じた。
「お父様……どうして何もしていないのにレオナルド様は追い込まれているのですか?」
「足の運びからすでに三回、攻防があった。仕掛ける前に終わったから、一見すると何もしていないようにしか見えないのだがな」
うん、全然わからない。
「劣勢なのですか?」
「恐らく二人は互いの手を知り尽くしている。レオナルド卿の相手を誘い出す剣技が、全く通用しないのだろう」
「どうすればレオナルド様は勝てるのでしょう?」
「ギャレット殿の鉄壁を崩すには、起こりえない幸運が必要だよ」
「幸運……」
「つまり勝つのはレオナルド卿なのだろうリリア?」
お父様、気づいてる!? あ、ああ、そうか。黒獅子様がハンカチを取り出した時に、後ろにいたお父様も見ていたんだ。
風が吹き抜けた――
ただ真っ直ぐ通り抜けるのではなく、その風はギャレットの足下で渦を巻く。
土埃が舞い上がり、騎士の鉄仮面に一枚の木の葉がぴたりと吸い付いた。
それはまさに、奇跡としか言えないタイミングで。
「――ッ!!」
ギャレットが身をひくよりも速く、黒獅子様が牙を剥く。最短距離で騎士の刺客から突きを放った。ほんのわずかな肩関節の隙間に切っ先を滑り込ませ、ピタリと止める。
大男の利き腕を青年の刃が捉える。
レオナルド自身が自分の動きに驚いたように、目を丸くした。
「私の勝ち……の、ようだが」
ギャレットがフェイスガードをゆっくり上げると。
「お見事です……若。自分の……負けです」
剣を引いて金髪の美男子は美しい所作で鞘に収める。互いに血を流すことはなかった。
「シルバーベルクに吹く風が味方したようだ」
「いいえ。勝機を信じて迷い無く、一歩を踏み込んだからです。今までの若にあった迷いが消えていました。変わられたのですね……この地で……」
騎士はどことなく、嬉しそうに言う。敗北したのに清々しい表情をしていた。
なんだろう。男の人同士の真剣勝負って……ハラハラするはずなのに、ちょっと……興奮しちゃったかも。
私にもお父様の血が脈々と受け継がれているみたい。
騎士はガチャリと鎧をならして主人に跪いた。
「その剣の冴があれば、もはや護衛騎士は必要ありますまい」
「約束は果たしてもらうぞ」
勝ったのにレオナルドの表情は暗い。なんでかしら?
騎士は頷く。
「はい。どうか若だけでも……自由におなりください」
ギャレットは立ち上がった。
赤い瞳が私をじっと見る。寂しげで、悲しげな、捨てられた犬みたいに。
「リリア殿……自分の代わりに若を……頼みます」
一方的に告げて、騎士は背を向けた。
このまま行かせていいのかしら。騎士をやめる。つまりクビってことよね?
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原雷火 拝




