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19.帰還命令

 顔を隠したまま大男は――


 ガチャリと甲冑を鳴らしてその場に膝を突いた。


 マスクの全面を上げる。


 薄く日焼けした肌に赤い瞳をしていた。少し濃いめの顔立ちで、南方系かもしれない。眉の色から赤毛とわかった。


 男の口が静かに開く。


「……若、お迎えに上がりました」

「頼んでいないよ。いったい誰の差し金だい?」


 レオナルドは、私たちに一度も見せたことのない冷たい表情と口ぶりで返答した。

 大男は淡々と続ける。


「ドレイク閣下からのお達しです」

「父上から?」

「公領に戻られますようにと」

「理由は?」

「シルバーベルクでの勉強はもう、十分だろう……とのことです」


 黒獅子様は一旦、剣を鞘に収めた。


「いいかい、我が騎士ギャレット。君の仕事はなんだったろうか?」

「この命をとして若をお守りすることにございます」

「ならば父上にはうまく言っておいてほしい。だめかな?」

「若……どうかお願いします。お聞き入れを」


 大男――騎士ギャレットという人を、私は全然知らない。そういえば、レオナルドは必要なこと以外、家族のことも、故郷のことも話さなかった。


「お二人はどのような間柄なのでしょうか?」


 金髪が揺れて碧眼が私に振り返った。

 眉尻が下がり困り顔だ。

 そんな表情でも、美男子が崩れないのがすごいと思う。外面モード恐るべし。


「恥ずかしいところを見せてしまったねリリア。紹介するほどのものでもないんだ」


 大男がガチャリと音を立てて立ち上がった。

 改めて思った。


 人の形をした壁だ……と。


 壁が私に会釈する。


「自分はギャレット・フォートレス。若の護衛騎士です」

「護衛騎士様……ですか?」


 大男は静かにうなずいた。


 赤い瞳がじっと言葉を待つ。あ! そっか。


「え、ええと、私はシルバーベルク領主リリア・シルバーベルクです」


 後ろを振り向けば、やっぱりというかお父様とマーサさんが控えていた。

 二人のことも「父のゲオルクと家政婦長のマーサです」と紹介した。


 騎士は言う。


「騒がせて……すまない」


 マーサさんが警戒の構えを解いた。


「あらあらまあまあ、良かったですね旦那様! 大きいだけで普通の人間ですよ! 熊でもないみたいですし!」

「どうやらそのようだ」


 フッとお父様の肩から力が抜ける。


 レオナルドが珍しく、お父様とマーサさんのいる前なのに困り顔を見せた。改めて騎士に告げる。


「さて、私は戻るつもりはないと、帰って父上に伝えてくれ」

「なりません若。このギャレットの命に代えても、お連れします。ドレイク領には若が必要なのです」

「別にいいじゃないか、私が公領にいなくても。フィリップ兄さんは私などより何倍も優秀だ」

「なぜいつもそのようなことを……」

「事実を述べたまでさ」

「お気づきではないのですか? ドレイク閣下からとはなっておりますが……」


 騎士の口ごもる姿に、黒獅子様は「ああ」と呟くと。


「なるほど父上め。エドワード陛下に泣きつかれたか」

「…………」

「沈黙は認めたと同じだねギャレット」

「どうかお戻りを」

「エドワード陛下の頼みを聞くということは、公爵家がセリア王家に貸しをつくるということ。見返りが大きい。使者に君を選ぶあたり抜かりなしか。実に父上らしい」

「おわかりいただけましたか」


 金髪を揺らし青い瞳が静かに騎士を射貫く。


「だが、断ると言ったら?」


 騎士も覚悟していたのか、赤い瞳を伏せ気味にして。


「力尽くでも構わないと、ドレイク閣下からお許しをいただいております」

「とんだ護衛騎士だね。私を守るのが君の役目だろうに」

「何か起こってからでは遅いのです!」


 ギャレットが声色を荒くした。


「何か……とは、まさかシルバーベルク領に対して、よからぬ企みでもあるような言い方だね?」

「……」

「君は困ると黙り込む。心配はいらないよ」


 黒獅子様の言葉は領主の私やお父様にマーサさんにも、かけられているように感じた。


 騎士が一歩、前に出る。


「帰りますよ、若」


 レオナルドが……帰ってしまう。


 心がきゅうっと締め付けられた。やだ……そんなの。


 絶対に、絶対に、絶対に!!


 身体が勝手に動いた。


 つい、ギャレットとレオナルドの間に飛び込んで、気づけば金髪碧眼の青年を背中に庇っていた。


「待って! レオナルド様は……私の大切な人だから!」


 脇でお父様が「おお」と息を吐き、マーサさんが「あらあらあらッ!!」と甲高い声を上げた。


「リリア……君に求められることを幸せに思うよ」

「誤解なさらないでください。シルバーベルク領の発展のためです」


 顔が熱い。きっと今の私は真っ赤にゆであがった蟹みたいになってる。


「もちろんさ。わかっているよ。私抜きでは、今後の領地運営は立ち行かないからね」


 騎士が剣の柄に手をかけた。


「邪魔する者は斬らねばなりません」

「うっ……そ、それでも……」


 背筋に冷たいものが広がった。森で狼に出くわしたみたいな、生物的な恐怖を覚える。


 私を後ろから抱きしめてレオナルドが微笑む。


「君を斬らせたりさせないさ。さあ、下がっていなさい。ゲオルク殿の元へ」


 そのままくるりと騎士に背を向けてレオナルドは私のお尻を送り出すように押した。


 もう! 背中でいいのに。なんでお尻なのよ。こっちは真剣なのに茶化すみたいにして!!


 ばかばか……ばかぁ。


 美青年は振り返り騎士に向かって告げる。


「では決闘だ」

「若と決闘……ですか?」

「私が勝てばこのまま黙って君が公領へ帰る。私が負ければ……そちらの言う通りにしよう」

「……わかりました。前庭をお借りします」


 言うなり巨体が背を向けて玄関から一足先に外に出た。


「では、行ってくるよリリア」


 レオナルドも後を追おうとする。


「ま、待って! 勝算は? か、勝ちますよね!?」

「通算成績で言えば、私は一度もギャレットに試合で勝ったことはない。百戦すれば百敗してきた」

「そんな……それじゃあ」


 青年は懐からハンカチを取り出した。背中をこちらに見せたまま、刺繍の黒獅子に軽く口づけをする。


「今日が記念すべき初勝利を飾る日さ。神様がとっておいてくれたんだよ。だから、応援していてくれたまえ」


 颯爽と、威風堂々と、レオナルドは歩み出す。


 ずっとかなわなかった相手にいきなり勝てるようになるなんて。一瞬、対峙しただけで腰砕けになってしまいそうな威圧感のある騎士は、本気以外のなにものでもない。


 二人を追って私も屋敷の前庭に駆けだした。

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