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18.繁栄のシルバーベルクに迫る影

 アルヴィンが正式に加入した。

 シルバーベルク領には今月いっぱいまでの任期だったけど、話がまとまると彼は王都のメルカート本家にさっそく手紙を送る。


 自分のやりたいことが見つかったので、戻りません。縁談は無かったことにしてください。


 示談金は必ず払うと血判までしてのことだった。


 少ししてメルカートの家から「好きにしろ」という旨の連絡が返ってきた。示談金も一旦、彼の父君が立て替えたという。


 後日談にはなるけれど、元々、縁談相手の子爵令嬢も他に好きな人がいたとかで、大きなトラブルに発展することもなく、メガネの青年はシルバーベルク領にすっぽり収まった。


 で、アルヴィンなのだけれど、メルカート家から排斥されることもなく、シルバーベルクにある支店とも良好なやりとりは続いている。


 商館を任されている彼の叔父は理解のある人物で、甥っ子の才能を高く買ってるみたい。


 メガネの青年曰く「メルカートは商家です。景気の悪い王都よりも、シルバーベルクにぼくを置く方が後の利益に繋がると考えたんです」と、まるでここまで想定内みたいに話してくれた。


 仕事ぶりは……無双状態だった。


 事務作業を処理する片手間で、領内の商業に関するルールの改正案までまとめてくれる。

 メルカート家に利益誘導することもなく、公平なので誰も文句を言えない内容だ。


 事務作業の能力が飛躍的に向上した。


 その波及効果として、翼を得た黒い獅子がいる。


 レオナルドだ。煩わしい書類から解放された彼は、練兵だけでなく、部隊編成の効率化と砦の防衛能力強化などなど、あらゆる軍務の改革に取りかかった。


 元々、地元からの志願兵が中心のシルバーベルク領地軍の仕事といえば、治安維持や街道に出る魔物対策といった警備任務が主だ。


 それが方針転換して、外敵への備えを徹底し訓練を重ねている。


 現状、国王軍を防ぎ切れるというものではないけれど、名門ドレイク家の子息から直接指導がされるとあって、領地軍の士気は高い。


 軍事に続いて、領内の農地改革。


 お父様にお任せしたところ、さっそく潤沢な資金が力を発揮。紡いできた地元とのつながりと築き上げた名声を武器にして、治水灌漑事業が始まった。


 レオナルドも軍務と平行して、お父様の事業の補佐役も務める。


 夕飯の席では、二人で盛り上がることもしばしば。お父様ったら、黒獅子様に引っ張られてすっかり気持ちまで若返っちゃって。ちょっと嬉しかった。


 レオナルドは工兵学にも精通していて土木建築の知識もあるから、お父様のお話もなんなく理解していた。


 私が置いてけぼりになるのも、しばしばだ。まるで年の離れた兄弟か友人みたいな二人を、そっと眺めることに決めた。


 本当に黒獅子様はなんでもできるんだから。たぶんお菓子作りはしないでしょうから、今度スコーンの焼き方で勝ち誇ることにしよっと。


 閑話休題――


 私の仕事は各部門の総合的な把握と、忙しくて手が回らないところへのお手伝いという形に収まった。


 それから、空いた日の午後はレオナルドに手取り足取りしてもらって、乗馬を教えてもらった。


 キュロット姿を彼は「とても似合っているね」と褒めてくれた。

 私はとても筋が良いみたいで、軽めの速足はやあしまではすんなり出来るようになった。


 講師の金髪碧眼の美男子曰く「先生が良いからな」なーんてね。


 レオナルドの愛馬の頭がいいだけかもしれないけれど。


 気性の荒い馬だと、振り落とされたり蹴られたり噛まれたりするっていうし。


 私は彼の馬だからというのもあって、心置きなく身を委ねることができた。それが良かったみたい。馬に気に入られたのかも。


 あんまり私が上手くやるものなので、レオナルドったら「落ちそうになったら君を助けるために抱き留めることができるのに」と、残念そうに笑ってみせた。


 そんなことしなくても、時々だったら、二人きりの時は……なんて、つい、言いたくなるのを我慢する。


 恋は厳禁。油断は禁物。


 なのだけど、私もハプニングにほんの少しだけ期待してしまった。

 やっぱりレオナルドの愛馬は頭の良い子だから、事故なんて起こりもしなかった。


 全速力で馬を走らせるのはまだ怖い。


 それでも馬に任せる速度までならなんとかできるようになった。



 シルバーベルク領の政治は、凋落ちょうらくしつつあるセリア王国の中で異例の躍進ぶりと、各地で噂が広まり始めた。


 特に北方辺境に隣接する他の二つの領――


 フロストヴェールとノースゲートから、より親密に経済発展の協力をしていこうという旨の話が舞い込んでくる。


 経済を皮切りに、最終的には軍事的な同盟までもレオナルドは考えているみたい。


 エドワード王とは剣を交えずに勝つ。一人でも多くの味方を作る。それが大事だ。


 元々、中央から冷遇を受けてきた北方辺境の二領とも、こちら側に引き入れられそうな雰囲気だ。


 えっと、引き入れて……どうするのだろう。


 やっぱりレオナルドの考えがわからない。


 ――ともあれ


 東の荒れ地の灌漑が始まり、町はニシンの好景気をきっかけに海を隔てた別の大陸とも交易が盛んになった。


 貿易港として、人と物が行き交う活気溢れた町がますます発展すると、王都からの人口流入がパタリと止まった。


 こちらに受け入れられる度量があると知って王都が関所を閉じたみたいだけど、もう遅い。


 レオナルドは王都の動きを知って楽しそうに笑った。


「きっとエドワードのやつ、今頃悔しすぎて頭をかきむしり、ハゲてるんじゃないかな。リリアに失礼なことしか言わない王妃のシャーロットも、身につける宝石の数がますます減ったと思うよ」


 この場にいない二人を黒獅子様は悪い顔をして想像で語った。案外、その通りなんじゃないかなと思う。


 シルバーベルク領は順調に力を蓄えていった。


 ただ、人が集まるというのは良いことばかりでもない。


 外から流入してきた者の中には、よからぬことを考えるやからだって、いるのだから。


 本来ならもっと荒れてしまっていてもおかしくなかった。


 けど、今日まで大きな混乱は見られない。


 レオナルドに鍛えられた領地軍の治安維持能力が、今までとは比べものにならないくらいに、急速に上がっていたからだ。


 治安の良さが評判になり、外国の貴人や大商人といった富裕層まで観光に訪れ始めた。


 その足を王都にまで伸ばした観光客たちは、シルバーベルクに戻ってくると「王都よりもシルバーベルク領の方が快適」と、評価してくれた。


 お金持ちの呼び込みなんてしていないし、そもそも町に彼らのような人々をもてなす宿も料理店もなかったと思うのに――


 仕掛けたのはアルヴィン君とその叔父だ。


 好況に乗じて、富裕層向けに古宿を改築し、地元料理でもてなす形式の宿泊施設を準備していた。


 これが瞬く間に大盛況。メガネの青年は「仕事の片手間で、趣味としてやってみたんですけど、なんだかお客さんたちには予想以上に喜んでもらえました」って、商才の塊なの?


 祖国に戻った観光客たちの声が広まり、本来ならリースリングワインくらいしかお金持ちを楽しませるものがないはずなのに「今、セリア王国で一番栄えているのはシルバーベルク領」という評判が、世界中に知れ渡ってしまった。


 田舎町と比較されてそっぽを向かれる王都の状態は、よほどよろしくないみたいね。



 しばらくして――


 朝食を終えて紅茶を飲みながら、お父様とレオナルドと三人、今日の仕事の予定について話していると……。


「た、たたた大変です! お嬢様に旦那様にレオナルド様! 熊です! 熊がでました!」


 マーサさんが青い顔をして玄関の方から談話室に転がり込んできた。


 レオナルドが立ち上がり剣の柄に手を掛ける。


「怪我はないかいマーサ? 私が見てくるのでゲオルク殿とリリアはここで待っていてほしい」


 熊が屋敷にやってくるなんて初めてだ。


 町の中心部から少し離れてるけど、いったいどこから迷い込んだのかしら。


 黒獅子様は颯爽と玄関ホールへ。


 心配になって後ろからこっそりついていくと――


 レオナルドの表情が険しくなった。


 熊……ではなく、玄関ホールに全身甲冑の男が立っていた。


 高身長なレオナルドよりもさらに高い。しかも横方向にもがっしりと筋肉がついているような、大男。


 獣の毛皮のようなマントをしていた。これを「熊」というにはちょっと無理があると思う。


 顔もフルフェイスの兜で隠して、正体不明すぎる。


 レオナルドが剣を抜いて切っ先を甲冑男に向けた。


「何をしにきたんだギャレット?」


 甲冑男は無言。


 言い知れない緊張感が玄関ホールを支配した。

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