17.ずっと好きでいてくれて
慌てて身体を起こす。
服は……着ていた。なんてことを確認してしまった自分に驚く。
意識を失っている間に、レオナルドに……ううん、そんなことをするはずがない。
けど、キス……されちゃったのだし。
「って、彼は!?」
レオナルドの部屋なのに姿はなく、ベッドにだけ彼の残り香を感じた。
カーテンを開く。
外は白み始めている。
急いで下の階に向かう。談話室のソファーに金髪碧眼の青年が横になっていた。
マーサさんもお父様も、まだ起きてないみたい。
「あ、あの、ご、ごめんなさい」
「おはようリリア。よく眠れたかな」
あくびをかみ殺して青年は立ち上がった。
「ベッド……占領してしまって」
「いいんだ。むしろ私の方こそ謝らなければならない。すまなかったリリア。強引すぎたよ。女の子には不慣れなんだ。初めて……だったからね」
まっすぐな瞳で見つめられる。
胸のドキドキが大きくなって、喉がカラカラに渇いた。
「え、ええと……」
なんと返すか言葉も浮かばない。謝るのは自分の方で、謝られるだなんて思ってもみなかったから、用意もなにもない。
「私は卑怯だ。君を独占できるとさえ思っていた。アルヴィンは私よりもストレートだからね。優秀だし、良い後輩だ。だけど……君を……とられたくなかった」
レオナルドが伏し目がちになる。
私がアルヴィン君と恋人になると、危機感を覚えて……キスしたの?
それじゃあ、私のことを本当に好きってこと?
うう、どうしよう。レオナルドは頼りになるだけじゃない。
私だって……。
好きになっていたと思う。外見も能力もどっちもすごい人だけど、なにより――
レオナルドとする仕事中の雑談が好きだった。
夜に彼が剣を振るう姿に見とれてしまった。
少しいじわるなところもあるけれど、逆にいじわる仕返して困った顔になるのが、なんだか可愛いって思えた。
彼の匂いが……好きになった。
だから。
だからこそレオナルドの共犯者として王位に就かせてあげたい。
そのためには、刺繍の持つ幸運の力は必要だ。
ここで答え方を間違えられない。
嫌われるかもしれない。愛想を尽かされるかもしれない。
大事なのは私が愛されることじゃない。この人の願いが叶うことだから。
「レオナルド様」
「な、なんだろうかリリア」
「私にはシルバーベルク領を守る使命があります」
「わかっているよ。君の故郷と愛する家族だからね。私もその……手伝いをしたいと思う」
「でしたら貴男は王におなりなさい」
「――ッ!?」
青年が肩をビクンと震えさせた。
「私はこの地の平和と安寧が約束されるまで、誰ともお付き合いするつもりはありません」
言っちゃった。こんな態度で、力を貸してなんて言うのははしたないと思う。
黒獅子様は青い瞳を丸くしたけど、顎に手を当てた。
「そうか。君の気持ちはわかったよリリア」
ああ、嫌われた。絶対に。けど、ここは女領主として気丈に振る舞って、共犯者としての役割に徹さないと。
「ご理解いただけましたか」
「ああ! 君の言うことはもっともだ。それに安心した」
「安心……ですか?」
「シルバーベルク領がエドワードから狙われなくなるまでは、君も安心できない。つまり、私たちの共犯関係が目指すゴールにたどりつくまでは、君は誰のものでもない……民のものだというんだね?」
よくわからないけど、レオナルドは腕組みすると「リリアは立派だ。地方領主の器ではない。私は自分が安楽に暮らすために王位に手を伸ばしたが、君は真に民を想う為政者だ」って、なんだか感心しきりになってる――ッ!?
「そんな大層なものではありません」
「照れ隠しは不要だよ。それに今、私はやる気と希望に満ちあふれている。必ずや王位を手にしてシルバーベルクの安寧を約束しよう」
そう言うと、彼は私に近づいてそっと包むように抱きしめた。
「あっ……あの」
「それまでは君への想いを胸の奥にしまって、恋の炎に内側から身を焦がすよ。君が私を愛さずとも、私は君を愛し続ける。何があろうともね」
「レオナルド様……」
「さあ、今日からまた共犯者だ」
耳元で囁いて黒獅子様は私を解放した。
私を愛してくれたままでいてくれる。
なんだか罪悪感の針で、心臓をツンツンされるような気持ちになったけど――
求め続けてくれるのが、嬉しかった。