16.初めての……
思わず出た声が裏返った。
「そ、そんなわけ」
「気づいていないパターンだったのか!」
頭の中で糸がぐちゃぐちゃに絡まった。だ、だってアルヴィンは弟みたいなもので……ものすごく懐かれてはいるけれど、あれだって仔犬みたいなものだとばかり……。
青年のたくましい腕が私の腰を抱き上げ立たせた。
顔が近づく。
吐息が……かかるくらいの距離に密着した。
耳を澄ませばお互いの心音が聞こえてしまいそうなほどだ。
「君に……言えなかった。グロワールリュンヌ学園にいた頃から、ずっと……ずっとずっとずっと君を見ていた。エドワードなんかよりも先に、私が君を好きだったんだ。だから、あいつと婚約したと聞いて世界が真っ暗になったよ」
「そ、そんな……」
けど、言われてみると、学園ではエドワードの影に隠れて気配を消していたのに、存在だけは私も認知していた。
単にレオナルドが優秀すぎて視界に入ってきてしまうだけだと思っていた。
「自分に正直になるよ……」
「は、はい」
「リリア……君が……好きだ。愛している」
そのまま私は無抵抗に、彼に唇を奪われた。
エドワードは婚約してからそれを破棄するまでの半年間で、一度も私にしなかった。
愛してるの言葉さえもなく、ずっと私を幸運の女神と讃えるだけ。
初めて、私は愛してもらえた。
涙が出そうになる。嬉しさがこみ上げる。
けど、いけない。いけないの!
今、レオナルドを好きになったら刺繍の力がなくなって……。
もう一度、強く抱きしめられる。一度目の軽いキスの続きが始まった。
大人の……やつだ。
彼の一部を中に受け入れる。
全身を雷で打ち抜かれたような衝撃が走って――
私の視界は真っ白になった。
・
・
・
いつか夢の中で見た森が目の前に広がっている。
目の前に光が集約した。
蝶の羽をパタパタさせた金毛の鹿っぽい生き物が、ふわりと浮かんで私に告げる。
「やあ、久しぶりだねリリアちゃん」
「スティッチリン……だったわよね」
「そうさ。キミ、いくらかっこいい男の子にキスされたからって、衝撃を受けすぎだよ」
「だ、だって初めてだったんですもの! って、ど、どうなっちゃったの?」
前掛けをふわりとヒラヒラさせて、スティッチリンは縫い針を指揮棒みたいに宙に踊らせた。
「気絶したんだよ。きっと頭の中で情報と感情を処理しきれなかったんだね」
「うう、失礼よね。キスされて失神しちゃう女の子なんて」
「さて、レオナルド君がどう感じるかはともかく、問題はキミさ」
うっ……どうしよう。もしかして、好きになっちゃったから刺繍の力を取り上げられてしまうのかしら。
「私の問題……ですか?」
「彼のことをまだ、心から愛するまでには至っていないからね。だけど、このままだと遅かれ早かれかもしれない。おめでとうリリアちゃん」
「こ、困るわ! だって……シルバーベルク領を守らなきゃ行けないのよ」
「なら、キミは愛されこそすれ愛さなければいいんじゃないかな」
「それは不誠実よ!」
「変なところで頭が硬いね。ゲオルク君に似たのかな」
うう、お父様の頑固さを継承しちゃったみたい。
「領地を守りたいなら愛する者さえだまし続けるしかないね」
「それしか方法はないの?」
「キミの真意に気づいて、愛し続けてくれる人なら、最後には必ず幸せになれるよ」
騙され続けてくれる人……か。
「ねえ、スティッチリン。質問があるんだけど」
「なんだい?」
「私の刺繍の力の秘密……お父様以外で、刺繍をあげた相手に話すと効力が失われるなんてことはないかしら?」
妖精が針を腰に剣みたいにくっつけて、腕組みした。
「効力が無効になるとか弱まるということはないけど、自覚を持った人間が幸運を自分の欲望のために使いまくるかもしれないよ」
「それじゃあ、話さない方がいいみたいね」
「本当に信じられる人にだけ打ち明けるべきかもしれない。マリアンヌちゃんがゲオルク君にしたみたいにね」
そうだったんだ。お母様はお父様に、きちんとお話したんだ。
「もう一つ質問いいかしら?」
「なにかな?」
「エドワードが……兄王子を事故に見せかけて殺したかもしれないのだけど、それも……私の刺繍の力なのかしら?」
「ああ、それなら……おっと、もう時間みたいだ」
だんだんと森の景色が白んでいった。ああんもう、どうして夢の世界ってあっという間に終わっちゃのよ!
「いいかいリリアちゃん。悪用したのはエドワードさ。キミは悪くない。それに……あの事故は……」
肝心なことを言わずに妖精の姿は光になってほわんと消えた。
結論から先に言ってよもー! ばかー! ばか妖精!!
・
・
・
目が覚めると――
私はベッドの上にいた。
彼の……レオナルドの部屋のベッドだった。