15.素直になれなくて
執務室を沈黙が包む。
レオナルドは――
ちょっと変だけど、頼りになる人だと思う。有能だし家柄だって素晴らしい。顔もかっこよければ剣を振る姿も絵になる。
彼の匂いだって、正直に言うと……嫌いじゃない。
けど、彼は野心を成就させるために、一緒にいるだけ。私とはあくまで目的達成までの一時的な関係だから。
黒獅子様が国を救うため、新しい王位に就く。エドワードには任せていられないと、私も思うから協力しているだけで……。
レオナルドだって、いつも私を冗談半分でからかってるし、本気なわけ……ないんだし。
私から好きになるのもだめ。刺繍の加護は本物。今は手放せない。シルバーベルク領を守るために。
それがどれほど危険な力だろうとも。
エドワードの兄王子だったウィリアムの事故死は、当時第二王子だったあのバカが願った結果かもしれない。
レオナルドが調べても事故以上の結果は出なかったっていうのだから。
幸運の力があの男の……エドワードの背中を押したのだ。
知らなかったなんて今更。結果を受け止めるしかない。私もそれに加担したようなもの。
こうしてレオナルドの共犯者になるのは、運命だったのだと思う。
義務を放棄し権利をむさぼるエドワード王を生んでしまった責任。止める義務が私にはある。
ああもう、どうしたらいいのかわからに。
頭の中で思考の糸がぐちゃぐちゃにからまって、ただでさえ少ない語彙力が消失した。
レオナルドがメガネの青年に言う。
「いいかいアルヴィン。年頃の男女が並んでいるだけで、カップルだと思うのは早計じゃないか?」
そう、よね。うん。外面モードの黒獅子様らしい。私たちはあくまで、共犯関係。
よかった。ほっとした。ちょっと寂しいけど。
すると、アルヴィンは。
「じゃあがんばったら、ぼくにもチャンスがあるんですね! やったー! ……あ、す、すみません。一人ではしゃいじゃって」
ばんざいしたまま頭を下げた。
ん? あの……チャンスって……。
黒獅子様の目つきが変わった。なんだか、怖い。
何か言いたげなレオナルドから危うさを感じる。
私はすかさず声を上げた。
「はい、じゃあミーティングはここまで。今日は私がアルヴィン君に仕事を教えますから、レオナルド様はチェックをよろしくお願いしますね」
「あ、ああ。了解した。その分担で始めるとしよう」
メガネの弟君は仔犬のように灰色の瞳をキラキラさせる。
「今日からよろしくお願いします! リリア先輩! レオナルド先輩!」
と、まるで学園生活が戻ってきたみたいだった。
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夜、夕食後にレオナルドの部屋に呼ばれて訪ねると。
青年はベッドの上でうつ伏せになってぐったりしていた。
美しい金髪もどこかくたびれた感じがする。
「大丈夫ですかレオナルド様?」
「すまない。今日の可処分な勤勉さを使い切った上に、明日の分まで前借りしてしまって身動きがとれないんだ」
魔力切れを起こした魔晶石みたいに空っぽだった。
原因はアルヴィン以外に考えられない。
私はミニテーブルに備え付けの椅子に座った。
「明日からはアルヴィン君も仕事に慣れて、楽になりますよ」
「明日だって? アレは一時間で仕事の全部を把握して、あっという間に片付けたじゃないか」
アレ呼ばわりとはよっぽどだ。
「優秀で有能でしたし、試用期間なんて必要ありませんでしたね」
「君は歓迎しているようだね」
「レオナルド様だって、アルヴィン君が仕事を全部やってくれるなら助かるのではありませんか? ダラダラなさるのは得意でしょう」
彼は枕に横顔を埋めて言う。
「その通りだ。だから困るのだよ。アルヴィンは得がたい人材だ……だが」
「何か問題でも?」
「君は気づいていないのか? 気づかないふりをしているのか?」
がばっと身体を起こすと、青年は立ち上がって私の前に立った。
上から両肩に手を乗せられる。
じっと見つめる青い瞳に、胸がそわそわした。
レオナルドは真剣だ。
「あ、あの……急にどうしたんですか?」
「私はその……あまり得意ではないんだ。素直な気持ちをぶつけるのが……。だからいつも後悔してしまう」
「は、はい?」
「君とのお喋りが楽しすぎて、つい……からかうようなことも言ってしまうんだ。けれど君という人は、時に気丈に受け流し、時にはその……とても乙女らしい表情を見せてくれて……」
「はいいい!?」
「アルヴィンのような素直な男の方が、君は好みだろうか?」
「ちょ、あの……レオナルド様落ち着いてください」
「落ち着いてなどいられるか! アルヴィンは君に恋をしている」
恋? あのアルヴィンが? だ、だって彼は私の……お、弟みたいなものなのに!?