13.掘り出し物をくださいな
※フロストヴェール→シルバーベルクに修正しました
※ほか誤字脱字を修正
午後――
屋敷を出るとメルカートの商館に足を運んだ。
受付でアルヴィンとの面会をお願いする。約束は取り付けていなかったから、忙しいようであれば日を改めるとも伝えたのだけれど。
商館二階からドタドタと足音を立てて、メガネの青年が駆け下りてきた。
「先輩! 来てくれたんですね! 嬉しいです!」
転びそうになりながら階段から半分落ちるように一階フロアに着地する。
私の前までやってきて、服の襟を正した。けどメガネがズレてしまっていた。
手を伸ばし、かけ直してあげる。
「あ、ありがとうございます!」
「落ち着いてアルヴィン君。ええと、仕事の方は順調かしら?」
「はい! とっても! これもリリア先輩の……領主様の統治のおかげです。沿岸航路も安定していますし、買い付けたニシンの品質が素晴らしいと各地で評判です! 特に塩付けのものは味が凝縮されていて、保存食以上の価値がありますから!」
「フロストヴェール領から良質な岩塩の輸入があるのも、各商会の尽力あってのことよ」
「利益を出させていただいているんですから、感謝するのはぼくらの方です!」
なんだか忙しそう。
領地運営の手伝いをしてほしいなんて、迷惑かもしれない。
アルヴィンはメルカート家の御曹司なのだから。
「ええと……アルヴィン君はこの商館の館主なのかしら?」
「いえ、叔父の手伝いをしています。現場研修みたいなもので……来月には王都に戻る予定です」
元気だった青年がしゅんっとしてしまった。
「そうなんだ」
「シルバーベルクは良いところです。町も人も温かいし、変に凝り固まった王都の偉い人たちを相手にご機嫌取りする仕事よりも、人々の生活を支えて役に立てている実感がありますから。本当はもう少し、この町での仕事を続けたいんですよね……先輩にも会えますし」
アルヴィンが恥ずかしそうに呟く。
「貴男が王都に戻ると、もう会えなくなるわね」
もとより王都に行くつもりもないけれど、国王エドワードからの赦免を、私自身が受け入れていない。
だから事実上、王都から追放されたままなのよね、私って。
アルヴィンは両手の拳をぎゅっと握った。
「それは困ります!」
「え? ど、どうして?」
「だ、だって、先輩は……素敵ですし。その……ともかくどうしてもです! どうしても困るんです!!」
大きくなった弟君は急に駄々っ子みたいになってしまった。
「ねえ、アルヴィン君。研修期間が終わったら王都にはどうしても帰らないといけないの?」
「はい。商会全体の事務処理仕事に就く予定です。もう両親が縁談を進めていて」
「縁談ですって?」
「とある子爵様の三女です。彼女には悪いですが、会ったこともなくてどのような人かも知らないのに……政略結婚ってやつですね」
そうなるとますます、彼を誘えない。メルカート家から破談を言い出すことになる。
「それは大変なのね」
「示談金を用意できれば白紙に戻せるんですけどね。まあ、そんなことをしたら本家から勘当同然ですが」
「家族と縁を切られてしまうのはつらいわよね」
「別にいいんです。ぼくよりも有能な立派な兄が三人もいてメルカート家は安泰ですし。みんな腹違いで……ぼくの母はもうこの世にはいませんから。父も政治の道具としてしか、ぼくをみてくれない。この家に未練はありません」
受付の職員がいても青年はお構いなしだ。聞いていてこっちがハラハラしちゃう。
「そんな言い方しなくても」
「です……よね。ここまで育ててもらった以上、家の利益の最大化をするのがぼくに残された人生なんです。自由に憧れるのも、飢えと渇きを知らずに生きてきた贅沢な悩みなんですから」
グロワールリュンヌ学園にいた頃の無邪気な彼が、ずいぶんと変わってしまった。
レンズの向こうの灰色の瞳が、まるで私に助けを求めているように思えた。
「ねえアルヴィン君。今日は欲しいものがあってきたのだけど」
「あ! そうですよね先輩。何がご入り用ですか? ものによってはお時間いただきますけど、三日以内には揃えてみせます」
私はスッと青年の顔を指さす。
「貴男をもらいうけるわ。勤務地は私の屋敷よ。昼食つきで朝九時から午後五時まで。契約金は年に1000万でどうかしら?」
「えっ……えええええええええええええええええええええええええええッ!?」
アルヴィンはその場でひっくり返りそうになった。
ああ、言っちゃった。思わずやっちゃった。
「というわけだから、アルヴィン君をください」
「そ、そんな……急に……」
「在庫があるのはわかっています。なんでも調達してくれるんでしょ?」
「一応、予約済みで完売予定なんですけど……って、先輩って本当に時々とんでもなく強引ですよね」
青年は胸に手を当て呼吸を整えながら、少し呆れた顔をした。
もう一押し。押して押して押しまくる。
「前金で全額払うわ。婚約の示談金の相場はわからないけど、私に買われてちょうだい」
私の時は破棄された側なのに、なにもなかった。権力の強い者が弱者に対してなら、なにをしてもいいのだ。
それが王族ならなおさら。
青年はまたしてもずり落ち駆けたメガネを自分でかけ直した。
「本気……ですか?」
「ええ、本気よ。もちろん支払い以上の働きはしてもらうけど」
彼の実務能力は学生の頃から良く知っている。それに、市場で再会した時に見せたトラブル解決能力も十分すぎた。
あとは本人の気持ち一つだ。
「先輩……ぼくなんかでいいんですか?」
「貴男が欲しいの。必要なの! シルバーベルクには……ううん、私には」
でないと死ぬ。書類の束に圧殺されてしまう。
アッシュグレイの髪がふわりと縦に揺れた。
「わかりました。先輩……お世話になります!!」
一礼した彼が顔を上げたところで、私は「よろしくね」と手を差し伸べた。
握り返したアルヴィンの表情は、昔みたいに無邪気で明るかった。
ああ、それにしても恥ずかしい。貴男をもらいうける……なんて。
言われる側じゃなく、言う方になる日がくるなんて思いもしなかった。