11.夕暮れの一報
※「青年」多用していたので少し手直ししました。
馬に乗れるようになりたいと思った。
私が探しにいっても、二重遭難の危険性がある。土壌はぬかるんだままで、いつまた土砂災害が起こるかもしれない。
だから屋敷の自室でレオナルドの無事を祈る。
領地軍の捜索隊が彼を見つけてくれるのを、ただ待つしかないなんて。
彼に幸運が訪れるようにと、思い、想い、贈った刺繍がどうして……こんなことに。
夕暮れが近づいていた。窓の外は赤く染まりだす。夜にも捜索を続けるようにと、領地軍にはお願いしたけれど……生存の可能性は時間を追う事に少なくなっていく。
涙が出そうになるのをこらえていると――
「マーサです! お嬢様大変です!」
部屋の扉がノックされた。呼吸を整えて、平静を装う。
「開いてるわ。何か動きがあったのかしら?」
「ええええ! もう! 大変! 本当に大変なんですから!」
飛び込んできたマーサさんは目を白黒させて、口もパクパクと金魚みたいになっていた。
もともと、ちょっと落ち着きの無いところはあったけど、この慌てようはよっぽどだ。
良くない知らせが届いてしまったのかもしれない。
最悪の事態も覚悟を決めないと。
「落ち着いてマーサさん。いったい何があったの?」
「れ、れれ、れお、レオナルド様がッ!!」
うっ……やっぱり。これ以上は聞きたくない。
「レオナルド様が戻られました!!」
あー! もう! 良かった! 良かったじゃない! それならもっと笑顔で報告してくれればいいのに。
大きな安堵の息を吐く。
「お昼には戻ると仰っていたのに、ずいぶん遅刻しましたのね。夕飯に間に合いましたけど」
「お嬢様、そんな心にも無いことを仰って。泣きはらしたみたいに目元がパンパンですよ」
「マーサさんが驚かせるような言い方をするからいけないのよ」
「でもでも本当に、ご無事どころの騒ぎではないのですよお嬢様! ともかく外に来てくださいまし」
彼女に手を引かれる。うっ……こんな顔のまま、レオナルドに会うのが怖い。
屋敷の一階ホールから前庭に出ると――
「やあリリア。遅れてしまったね。それにマーサも心配をかけた。昼食を抜いてしまったので、空腹で倒れてしまいそうだ。今日もとびきり美味しい夕食を期待しているよ」
服も顔も汚れて、まるで外で一日遊び回ってきた男の子みたいな格好でレオナルドは微笑む。
「もう! し、心配したんだから!」
「すまないリリア」
「お体の方は大丈夫なの? 怪我なんてしてない?」
「ああ、健康体そのものさ。それに嬉しいよ」
「はい?」
「君のお堅い口ぶりが、少し柔らかくなったからね。こんなことならたまに遭難するのも悪くない」
「冗談でも許しません」
「悪かった」
と、青年は楽しげなままだ。反省しているの? 本当に困った人。
「ともかく、先にお風呂に入った方がいいかもしれないわね」
「その前に報告があるんだ。そろそろかな」
レオナルドが後ろを向くと、遅れて領地軍の荷馬車がやってきた。
荷台に大きな宝箱(?)を積んでいる。
馬車が屋敷に入ると、箱を兵士が四人がかりで荷下ろしした。
レオナルドが私に訊く。
「ところで君の家の宝物庫はどこだろうか?」
「ほ、宝物庫なんて」
一応、お父様の書斎の棚の隠し戸に小さな金庫はあるけれど。
私が領主を継いだ時に教えてもらったのはそれだけだった。
「では、ひとまず地下蔵にでも隠しておこう」
「箱の中身はなんなのですか?」
私は「もしもミミックだったら」とつい、身構えてしまう。
レオナルドは宝箱の元に歩み寄ると、上蓋に手を掛けた。
グッと腕に力を込める。
「刮目せよ」
宝箱を開くと、中には古銭が詰まっていた。
夕日に赤く照らされていてもわかる。
金貨だった。山盛りの。こんなに大量に金、見たことがない。本物だとすれば、いったいいくらくらいになるんだろう。想像も付かなかった。
公爵子息様は「じゃあ、運んでくれ。くれぐれも悪いことは考えるんじゃないぞ。もしこの金貨が市場に出れば、すぐにわかるからね」と、兵士四人に言い含めると、屋敷に向かわせた。
庭に二人きりになる。もう、疑問ばかりが心に浮かんでどうしようもない。
「いったいどこで見つけたんですかレオナルド様?」
「土砂崩れのあとに遺構を見つけてね。古代ティタン文明の埋もれた宝物庫だったようだ。年代的には1000年以上昔のものだろうね」
「古代文明の……遺産ですって!?」
「手つかずで残っていたものは珍しいよ。おかげで宝を守るゴーレムが起動してしまって倒すのに苦労したさ」
「た、倒すって……ゴーレムといえば魔物の中でも強力なものですよね?」
「私は強いからね」
たった一人でやっつけてしまったなんて。レオナルドは愛剣の柄を軽くさすりながら、思い出すように目を細めた。
「強かったが、それに見合うだけの報酬だったよ。ティタン金貨はそのまま溶かして金塊にしてもざっと十億はくだらない」
「えええええッ!」
彼は私の口元にそっと人差し指を立てた。
「声が大きいよリリア。しかし問題があってね」
「な、なんでしょう」
「ティタン金貨は国王の所有物とする王国憲章に記されているんだ。本来であればエドワードに献上しなければならない。うっかり市場に出れば追及は免れない曰く付きさ」
「それは……困りましたね」
「だろ? だから溶かして延べ棒にでもしてしまおう」
「はいぃ?」
「一枚二枚が流出するのは事件だが、人間一人分の体重くらいもある金貨が延べ棒にかわれば、逆にわからなくなるものだよ。おっと、歴史的価値と古代へのロマンは失われてしまうけどね。後の歴史家たちの批判は、甘んじて受けようじゃないか」
「それもですけど、憲章を無視するなんて王国への反逆になってしまいませんか?」
「だからいいんだよ」
黒獅子様は悪い顔で笑った。
「もし溶かしてしまったとしても……出所不明の金塊ですけれど……」
「難破船の漂着物とでもすればいいよ。私が証人になれば誰もが納得するからね。こんな時のために、日頃から徳を積んできたのさ」
「徳というには、ちょっと違和感ありますけど」
「物は言いようというだろ? 喜びたまえリリア。金塊は領地に流れ着いたものだから、すべて領主たる君のものだよ」
それが通ってしまうのかとも思ったけど、この人ならなんとかしてしまうんだ、きっと。
私はレオナルドの隣でかかとをあげて耳打ちした。
「運んでくださった兵士の方々に口止めは?」
「さっきした通りさ。一枚でも市場に出回ればすぐにわかる……とね。ドレイク家を敵に回す覚悟と気骨があるようなら、逆に直属の護衛にでもスカウトしたいところだ」
「では、誰が金貨を溶かすのですか?」
「そこは君のルートで信頼の置ける職人を紹介してくれないかな」
先々代からずっと関わり合いの深い、懇意にしているお抱えの鍛冶工房ならできるかも……と、スッと頭に浮かんでしまった。
「わかりました。当たってみます」
およそ十億ほどのお金がシルバーベルク領に降って湧くことになりそうだ。
これが……黒獅子の刺繍の幸運なのかしら?
レオナルドがじっと私の顔をのぞき込む。
「ところでリリア」
「なんでしょうか?」
「エドワードが一時、君を幸運の女神だともてはやしていたね」
「そんなこともありましたね」
「私が山に分け入る直前に地震が起きて、遺構が目の前に姿を現したんだ。神の導きかと思ったよ」
「きっとレオナルド様が徳を積み続けたからです」
彼は一度黙り込むと。
「なにかやったかい?」
真剣な眼差しに私は見つめ返してにっこり微笑む。
「私は何もしていません」
スパッと断言。しないと逆に怪しまれる気がした。本当は心臓が口から飛び出しそうなくらい、ドキドキしている。
青年は腕組みをした。
「うむ。では今はそういうことにしておこう」
「私はただの地方領主ですから。まさか地震を起こせるとでも?」
納得したとは言わないまでも、レオナルドも「そうだな」と、頷いた。
幸運のことは隠しておきたい。なんとなくだけど、幸運を受ける本人が気づいてしまうと、効果が薄まってしまう気がしたから。