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10.急転

 公爵子息様はますます困り顔だ。


「おかげで夕食に何を食べたかも覚えていないんだ。マーサには今日も美味しかったと言ったけど、これも優しい嘘だろうか」

「私には嘘はつかないんですか?」

「君だけは騙すわけにはいかないよ。同志だからね」


 どこまで本気かさっぱり読めない、わからない。


 けど、お父様とのチェスでレオナルドは本当に落ち込んだみたい。


 私は椅子から立つと綺麗に畳んでおいたハンカチを差し出した。


「では、これで元気になってください」


 黒い獅子の刺繍。青い瞳と青い瞳。双方がぴたり合う。


「おお! おおおおおお! これを……君が? もしやずっと部屋にこもっていたのも……私のためにか!? 感激だ! リリア! ありがとう!」


 めちゃくちゃ喜んでる。まるで子供みたいに。


 ハンカチを広げて掲げる。部屋の魔力灯に透かしながら「なんと勇ましい黒獅子だろう。王者の風格が漂っている。目の色も私に合わせてくれたのか? 神秘的で吸い込まれるような青だ」って、褒めすぎかも。


 青年は丁寧に畳んで懐に収めると。


「一生涯、大切にするよ。リリア」


 またプロポーズみたいになっていて、返事に一瞬、戸惑ってしまった。


「え、ええ。喜んでもらえて私も嬉しいですレオナルド様」

「なにかお礼ができないかな?」

「別にお礼だなんて」

「そうだ。肩を揉もう。今はこれくらいしか思いつかないが……任せてほしい。他者に言わせれば私は肩もみの天才だそうだ」


 言うが早いか、椅子の裏側に回り込まれた。私の首筋から肩にかけ、青年の大きな手があてがわれる。


「あ、あの……」

「大丈夫。痛くはしないから。さあ身体の力を抜いて」


 い、言い方ぁ。


 拒む間もなくレオナルドのマッサージが始まった。


 言うだけあって、本当に……首筋から肩にかけた一帯すべてが蕩けてしまうみたいに青年の肩もみは……上手だった。


 手が温かくて、触れられているだけで体温が上がってくる。


「ん……あ、あの……」

「遠慮はいらないよ。私たちは二人きりの時は地位も家柄も関係ない。対等さ」

「そ、そういうことじゃ……あっ……そこ、なんでわかったんですか?」

「私は経験豊富だからね」

「ひゃうっ!?」


 変な声が出そうになって、押し殺すのが大変だった。

 というか、出ちゃった。



 翌日――


 三日続いた雨も収まった。

 河川の氾濫などもなく、領民たちも無事との報告を受けた。


 朝食もそこそこに済ませると、青年は支度を始めた。


 屋敷の庭に馬を引いてくるレオナルド。青年が見送りに出た私に言う。


「まだぬかるんだ場所も多いから、今日は領内を私一人で見てくるよ。君とゲオルク殿は屋敷で待っていてくれ」

「視察でしたら明日でもよいのに」

「雨でこの一帯の地形がどういった表情を見せるのか、この目で確認しておきたいんだ」


 騎馬する青年の顔は武人のそれになっていた。


 たぶん、国王軍が攻めてきた時に、雨が降った場合の地理的状況まで頭に入れるためだ。


「わかりました。どうか、お気をつけて」

「ああ、行ってくるよリリア。昼食までには戻りたいが、時間がかかるかもしれない」

「では、戻られた時に食事ができるよう、マーサに軽いモノを作っておいてもらいますね」

「ありがとう」


 青年はゆらりと馬をターンさせた。屋敷の門前で一度止めるとこちらに振りかえり、懐からハンカチを取り出して青年は振る。


「君の代わりにこのハンカチを連れていくよ!」

「は、はい!」


 気の利いた返す言葉も浮かばず、とっさに出たのが「はい!」って。

 

 レオナルドは駆けていく。ああ、もう……「はい!」は無いわよね。


 語彙力。と、思った。



 昼前に――


 屋敷が揺れた。何か爆発でも起こったような、地面を下から突き上げる衝撃が一度。


 ぴたりと止んだ。心臓まで止まるかと思った。


 と、執務室にマーサさんが飛び込んでくる。


「お、お、お嬢様ご無事ですか! 地震です! 地震ですってば!」

「大丈夫よ。それより火の元は?」

「ああ! 大変! 大変ったら大変!」


 あっという間にマーサさんは厨房にとんぼ返りした。


 滅多に地震なんて起こらないから、びっくりするのも無理はないけど……そのうち火事にならないか心配になった。


 それから少しして――


 昼食の時間にレオナルドは戻らず、代わりに領地軍の伝令が屋敷に飛び込んできた。


「リリア様! 先ほどの地震で土砂崩れが起こったとの報告が入りました!」


 三日続いた雨で地盤が緩んでいたみたい。地震で一気に崩れてもおかしくなかった。


「被害状況は?」

「幸い町から離れた山側の斜面とのことですが……」

「なにか……あったのですか?」

「山の状況を確認したいとレオナルド様が向かった直後で……こちらに戻ってこられてはいないのでしょうか?」


 えっ?


 まさか……あの人が……土砂崩れに巻き込まれたの?


 私の刺繍には幸運を呼ぶ力があると、妖精スティッチリンは言っていたけど。


 これじゃ黒獅子が不幸を運んできたみたいじゃない!?

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