STORIES 023:たとえ僕らがいなくても、今朝もまた夜が明ける
STORIES 023
あの子が初めて僕の部屋に来たのは、
こんな明け方だった。
バイト上がりの飲み会はいつものように深夜から始まり…
2時間もすればみんなひどく酔っていた。
そして、夜など明けないかのように宴は続く。
帰り道、いつの間にか駅前に取り残された僕ら。
どうやってここまで帰ってきたのだろう。
みんなバラバラに散っていったようだ。
2人で歩道橋を渡り、まだ車の往来が少ない通りを見下ろす。
昨夜の馬鹿騒ぎの余韻のまま…
シャッターが降りたままの店が並ぶ前を、不自然なくらい陽気にはしゃぎながら通り抜けてゆく。
まだ帰りたくないね。
世間的には1日の始まりを迎えようとしていたけれど。
僕らは自由で…
僕らの時間軸では、まだその日は終わりではなかった。
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彼女の家の前をそのまま通り過ぎ…
長い坂道をゆっくり登り、たどり着いた明け方の部屋。
飲み直すには時間が経ち過ぎていたし、どこかへ出掛けるには早過ぎる。
しこたま飲んだ後で歩き回ったし、昨夜のバイトで疲れてもいた。
別に何か当てがあった訳じゃない。
何となく、さよならしたくなかっただけ。
僕らはゴロンと寝転び、とりとめもない話をしていた。
ただそれだけ。
それだけなんだけれど。
その時間は…
2人の間を親密な空気で満たした。
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1年と8ヶ月。
彼女との思い出は、晴れた空の下が多い。
いろんなところへ出掛けたから。
電車に乗って、改札を抜けて。
でも、その部屋での思い出は、深夜から明け方にかけてのものばかり。
とても静かな部屋だった。
弱々しい朝日が差し込むなか…
寝息を立てて眠る彼女を残し、ひとりで近くの公園まで散歩したこともあった。
なんとなく、部屋のトイレを使うのが憚られたから。
それくらい静かな、明け方の僕の部屋…
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あの子と最後に会ったのもその部屋、
こんな明け方だった。
扉を閉めて出てゆく彼女は、また明日にでも会いに来るかのような振る舞いで…
でも表情にはいつもの明るさはなく、夜通し話した重たい会話の分だけ、陰が落ちていた。
太陽のように陽気に笑い
青空のように伸びやかで
雲のように気ままに
花のように鮮やか
そんなあの子が、重い足取りで朝日の中に消えてゆく。
あの日、部屋の窓から見送った後ろ姿を…
背中が見えなくなった後も、ぼんやり見ていたあの曲がり角を。
たぶんずっと忘れない。
今日もまた、夜が明ける。