ああ勘違い その2
どうぞよろしくお願いします。
地下五階で止まるエレベーター。ドアが開くとジメッとした空気が入って来る。
エレベーターを降りて廊下の奥へ向かい、一番奥の黒くて頑丈そうな鉄製のドアを次郎丸がノックした。
次郎丸、ちょっと震えてないか?
「し、し、失礼します」
「何緊張してんだよ。みっともねぇ」
「バ、バカ。黙って」
次郎丸が話している途中で、ドアが勝手に開く。
自動ドア?
「お入りぃ」
こ、こえぇぇぇ〜。ちょーこえぇぇぇ〜。
俺は心の中で絶叫してしまっていた。
目の前には薄く色のついた金縁のメガネに、チリチリのパンチ頭、その左右に大きな角と、額の生え際に小さめの角が二本、合計四本の角が生えている一匹の鬼がいた。
いかにも高そうな純白の三揃いと、先がとんがった白くテカテカと輝くエナメルの靴。ソファーにふんぞり返る極道鬼の足は、目の前のテーブルに投げ出されていた。
「と、特別記念来獄者の吉田祐介を連れて来ました」
極度の緊張で次郎丸の声が裏返っている。
「よ〜こそ元祖地獄組へ。そのにぃちゃんが、特来のにぃ〜ちゃんかい」
歪めた口には、特大の葉巻が咥えられ大量の煙が吐き出されていた。
「はは、はい‼︎ そうでありますです」
次郎丸の様子も尋常ではない。
「僕チンは入獄管理局の局長でぇ、早乙女ひろみだぁ」
極道鬼の目が、ぎょろりとこちらを睨む、その眼光で俺の体は石のように硬直してしまった。
何なんだろう。この物凄い威圧感、って早乙女ひろみ? 鬼瓦みたいな顔して、その似合わない名前はなんだよ。
「そのにぃちゃんは、口が利けないのかなぁ?」
「ゲーホ、ゲホッ、ゲホッ」
俺は慌てて、何かを言おうとするが、充満している葉巻の煙に、思わずむせてしまった。
バシっと俺の後頭部を次郎丸が思い切り引っ叩いた。
「お、俺が・・・私が、ご、ご紹介に預かりました、吉田祐介でありまんつ‼︎」
噛んだ〜、噛じまった〜、まんつ、ってなんだよ。俺、殺される。
極道鬼の目がギラリと光った。この程度のミスでも許されないようなオーラが、極道鬼から滲にじみ出ている。
涙目になる俺。
「お前ぇ、面白れ〜なぁ。良い挨拶出来るじゃぁねぇか」
はぁぁぁ助かったぁ〜。
「ちょっとこっち来い。そこの壁の前に立て」
そこは大きな絵が掛けられた壁の前。描かれているのは唐獅子と牡丹の花。
「この絵と同じ柄の絵が、僕の背中にもあってねぇ。この絵、すっごく気に入っちゃってるのよぉ」
恫喝慣なれしてらっしゃる。本職だ。本職の人間のクズ・・・・ヨゴレ・・・いやいや極道モンに間違えない。
極道鬼がソファーを立って、俺の目の前に近寄って来る。
俺の右肩に極道鬼の大きな手が乗せられ、俺を見下ろしているデカイ顔が間近に迫って来た。
うわっ、ニンニクくせぇ。
しまった顔に出た!
「おっと、ごめんよぉ。僕チン、ニンニクたっぷりのモツ鍋を食ったんだわぁ」
人のだ。絶対に人のモツだ。人の臓物を鍋にして食っちゃったんだ。
なぜか極道鬼が美味そうに血の滴したたる生の腸を貪る様が脳裏に浮かぶ。
「ん、何だか僕は、ケダモノを見るような目で見られている気がするんだけどぉ」
「気のせいです。それは気のせいでありまんつ」
思わず背筋が伸びて冷や汗が顎を伝う。
その時、極道鬼の右手が背広の内ポケットへと滑り込んで行く。
チャカ? 業界用語でチャカと呼ばれるらしい飛道具か?
いかん。尿意がする。俺、お漏らししそう。
「いやぁ〜。うちのカミさんがねぇ〜。特来さんのサインが欲しいって言うもんでさぁ」
赤い顔して、デレェ〜っとしてんじゃねえよ。なにビビらせてくれてんだよ。人間のク・・・極道モンがぁ。
俺は目の前に出されたサインペンを受け取った。
「おっと、色紙色紙っと」
極道鬼はソファーの後ろのでかいデスクの上から、そそくさと色紙を持って来る。
「私、サインなんて書いた事ないんで、こんなんで良いですか?」
適当に崩した字で自分の名前を書いて、震える手で極道鬼に渡した。
自分で見ても、きったねぇサインである。だってサインなんて初めて書いたんだよぉ。仕方ないよね。
「みーちゃんへ、って書いてくれるかなぁ」
「はい。どうぞ」
クッ、なにが〈みーちゃんへ〉だっ!
俺は黙って言われた通りに書き足して、そのまま手渡してしまった。すごく突っ込みたいところなのだが・・・怖いんだもん。
「センキュウ、センキュウゥ。ありがとぅねぇ。にぃーちゃん」
その後、極道鬼と肩を組んで唐獅子牡丹の前で、記念撮影までされてしまった。
俺、地獄で何やらされているんだろう。
写真を撮ったのは次郎丸で、極道鬼から渡されたデジカメみたいな物を、震える手で構えて、危なっかしく写真を撮って行く。
「次郎丸君、すまんねぇ。この事はシークレットだからねぇ。亡者からサインを貰って記念撮影までしてた、なぁんて知られたら、僕チンの威厳に関わるからねぇ。わかってるよねぇ〜、きみぃ〜。わざわざ人払までしたんだからねぇ。君も分かってるよねぇ〜。そこんとこヨロシクゥ」
そう言って俺の頬っぺたに、口が付くほど極道鬼の顔が迫って来た。
やっぱ、こえぇぇぇ。その上、くせぇぇぇ。
「ああ、ついでに、局長室の場所も秘密だからねぇ。暴動が起こったときに、襲われないように秘密なんだよぉ」
ついでにって、そっちの方が大事な秘密じゃねぇか。
写真を撮り終わるとすぐに、デスクの上の電話を取り上げ、内線で秘書たちが呼び戻される。
俺は部屋に入って来た五人の厳つい黒服の秘書鬼に取り囲まれながら、カルテを貰おうとするが。
「こいつを押さえてろ」
こいつ、て俺のこと?
チンピラ・・・秘書鬼の一人が、他の四人に命令を下す。このイケメン鬼が、チンピラ・・・秘書のリーダーなのか?
「ご無体な」
俺は床に押し倒されて、手足をガッチリと押さえ込まれてしまった。
どうもありがとうございました。