ああ勘違い その1
どうぞよろしくお願いします。
何もかもが珍しい俺は、ゆっくりと閉まって行く門を振り返りながら、次郎丸の後について地獄の中へ入って行く。
地獄の中に居る亡者たちの中には、古そうな着物を着て髷を結った亡者や、白装束を着ている亡者も多く居た。
白装束の亡者は、生前は綺麗な服を着た事もない、貧しかった人たちだろう。
そういえば。
「ここに来てから子供の姿を見てないが居ないのか?」
「流石に、大人と子供が同じレベルの地獄では可哀想だからな。子供専用の地獄があるんだよ」
「ふーん。だったら一家心中しても親子で地獄ツアーは出来ないな」
「ちなみに、六十歳以上で死んだ爺いは、ここでの年齢は死んだ年齢からマイナス三十年の幅で若返られるんだ。ヨボヨボの爺いにノロノロ彷徨かれても面倒だし九十や百の爺いをいたぶる様とか、まるで地獄絵図だからな」
「地獄だろが」
喋くりながら暫く歩いていると、段々亡者の数が増えて来た。
「こっちが等活地獄で、あっちが黒縄地獄、俺が担当していた針山の小地獄は等活地獄だな」
次郎丸は丁寧に地獄を案内しながら歩いて行くが、どこもかしこも亡者だらけで俺は、はぐれそうになる。
「余所見すんな。迷子になったら何百年も彷徨かもよ」
じょ、冗談じゃない。地獄で迷子なんて御免こうむるぞ。
俺は次郎丸の上着の裾をしっかりと掴つかんだ。燕尾服なので実に掴みやすい。
「おいおい、こっ恥かしいなぁ。何やってんだよ。これじゃ、まるで俺が母親みたいじゃないの。本当にもう、この子ったら。しっかりついて来てね」
急に優しげな顔になり、口調も女っぽくなる次郎丸に、俺は吐き気と暴力衝動をもよおした。
しばらく無言で歩く俺たち。キョロキョロと周りを見ると、亡者どもはA4サイズの紙をクリアファイルに入れて持ち歩いており、時々立ち止まっては、その紙を確認するように見ている。
「何だ、あの紙」
「あれはステータスカードだ。別名カルテだな。一つの責め苦が終わると、次に受けるべき責め苦が記入されるから、担当地獄まで案内板に従って移動しているのさ」
確かに番号と矢印が書かれた案内板が、そこかしこに設置されていて、その前では、カルテと案内板を見比べている亡者たちが屯していた。
「大きな病院みたいだな」
「そうだろう。だから俺たちは、あれをカルテと呼んでいる」
「でもステータスカードが正式なんだろ?」
「ああ分かってる。愚かな中2が命名したんだ。大王だけどな」
「・・・そうなんだ」
なるほどバカ閻魔とはよく言ったものだ。
それから俺たちは無言で歩く。
「おや?」
しばらく歩いていると、俺は亡者のカルテが色分けされている事に気が付いた。ランク毎に色が変わるのかな?
「なぁ、カルテって罪の重さによって、色分けされているのか?」
「おっ、鋭いね。でもちょっと違うな。罪を犯した動機によって分けられるんだ」
次郎丸が得意げに説明を始めた。
「昔は罪の動機を暴食、色欲、強欲、嫉妬、憤怒、怠惰、傲慢の七つに分けていたが、これじゃ分かりにくいだろ?
だからシステム化の時にオレンジの食欲、ピンクの色欲、青の強欲、赤の暴力衝動、黄色の金銭欲、黒の権力欲、緑の名誉欲、白の無欲の八つに修正されているんだ。その動機と罪の内容によって、廻る地獄の種類と数や期間が決まる。すげぇ賢いだろう」
「しかし、犯した罪の数も、その動機も、一つじゃないだろう? カルテ一枚でどうすんのよ。バカですか?」
「あぁぁぁははははぁぁぁ。バーカ、バーカ。誰が、カルテが一枚って言ったよ。動機の種類ごとに罪をまとめて、オレンジカルテ分の罪の清算が終われば、ピンクカルテ、ピンクが終われば、青カルテと順番に、全ての罪を清算させるのさ。動機が二つの罪は責め苦も二倍ってわけだ。どうだ、合理的なシステムだろう。お前のエロ本罪は色欲だ。エロ本買うのが恥ずかしかったか? 名誉欲もプラス、金をケチって金銭欲も追加、これで罪も三倍だ。ざーま、ざーま、ざーま見やがれ〜」
《ギリギリギリ》
確かにその通りだ。その通りなんだが・・・俺の口から歯軋りの音が漏れる。俺はそっと笛を取り出し口に咥えた。
「す、すまねぇ。いや、すみませんでした。調子コキました」
次郎丸が背筋を伸ばして、綺麗なお辞儀を何度も繰り返しながら侘びを入れる。
「今回だけは見逃してやる」
俺は笛を服の袖に擦り付け、ピカピカに磨いてから、ジーンズのポケットに戻した。
「それより無欲ってなんだよ。良い事じゃないのかよ」
「ははは、バー・・・えへん。つまり、お前の自殺も無欲の罪だ。生きる意欲を無くし、人生を投げ出しちまったからな。ニートや引き籠もりも無欲の罪だな」
俺に睨にらまれ、真面目に説明をする次郎丸。
しかし、それって、こじつけっぽい気がする。
「ニートや引きこもりは、悶々とした欲望の塊だろうが」
「ああ、知ってるさ。親の脛をかじって飯を食うから食欲、エロサイトばかり見ているから色欲も追加、働きたく無いくせに金が欲しい、有名になりたい、偉くなりたいだので金銭欲に名誉欲と権力欲も追加、バカにした奴らを殴りたい、殺したいで暴力衝動も追加」
「ちょっと待てよ、こじつけじゃねぇか? それに思うだけで罪になるのか?」
「あったりめぇだろ? 俺らがコキ使われてストレス溜まりまくりなのに、あいつらは部屋でゴロゴロと遊んでやがる。腹立つじゃねぇか。だから最初は七種類だった罪の動機案に、俺たちが獄卒組合に頼んで〈無欲も入れろ、奴らに大罪の判決を〉って捩込んだんだ。あの時は、そりゃ、すごい盛り上がってよぉ。閻魔たちも、『確かに、労働もせず、世のため人のためにもなっていない罪は、とても重い』て納得して無欲の罪も追加されたわけだ」
無欲の大罪、俺の頬がピクピクと引きつる。
「俺は準引きこもりであって本職の引きこもりじゃないし、働いてたからニートでもないし、これってセーフだよね?」
「プロフィールを見た限りでは、無欲の大罪、業界用語では〈無職の大罪〉とも言うんだが、それは免れそうだったな。まぁ人間は、働いたもの勝ち、怠け者の負けってこった」
「良かったぁ」
俺はホッと胸を撫で下ろす。
引きこもり君、ニート君、ご愁傷様です。
「丁度役所に着いたことだし、お前のカルテを受け取るか」
でけぇ〜、これまたすっげーでけぇ〜。
「お前は運が良いな。特別扱いだから、カルテもすぐに受け取れるぞ。端末もプリンターも職員も足りないから、カルテ作るにも時間が掛かるんだ」
俺たちは建物の中に入って、亡者がズラリと並んでいるカウンターには並ばずに、カウンターの横の通路を過ぎてエレベーターに乗る。
どうもありがとうございました。