獄卒も所詮亡者だな その8
どうぞよろしくお願いします。
「ふははは。面白い、面白いよ。いやはや面白いね」
その光景を黙って見ていた美紗子が、突然狂ったように笑い出す。
「この私が、まさかねぇ。まさかこんな種馬に気を惹かれるなんてねぇ。お陰で、この体たらくだ。もう良いわ。もう飽き飽き。鬼神だの大王家だの跡取りだの、もう飽き飽きよ」
美紗子は、お蝶たちが牛頭馬頭の潜虫を駆除している間に、周りを囲まれ難い玄関横の引っ込んだ角に身を移していた。
「それにしても、甘く見られたもんだねぇ。さっきは惚れた男が刻まれるショック? で、気分が悪くなっちまったけど〈亡者千人狩り〉の、この私に戦いを挑むなんてねぇ」
「えっ?」
思わず声を上げるお蝶。お蝶だけではなく、その場の全員が驚愕の表情を見せている。
「愛しの種馬君は知らないだろうねぇ。私は昔、志願して兵隊をやっていたのさ。反乱した亡者を狩りまくってねぇ。千人の亡者のうち半分は消滅、半分を廃人にしたところで、伯父様から、大王のことね、魂を消滅させてはいかん、と待ったが掛かって兵隊を首になっちまったけど、過去も現在も最強の兵士は私だよ。どっからでも掛かっておいで」
そう言うと、俺を左肩に担いだまま、長巻を腰に当てるように右手に持ち、剣先をやや下げて構えた。
「こいつは誰にも渡さない。私だけのもんさ」
お蝶が前に出ようとするが、それを制して徹斎がスルスルと前に出る。
間合いが詰まって来ると、美紗子も右手を腰から離して徹斎の剣先に合わせるように、長巻を前に出して来た。
「リャーァッ!!」
徹斎が珍しく、鋭い気合を発して刀を右斜め、やや高めの八相に構え猛然と斬り掛かる。
美紗子は咄嗟に左腕を斬られる事を嫌い、体を右に捻る。
「ちょっと待てやぁ。それだと俺まで」
ザクリと斬り込まれる俺。しかし刀勢は衰えず、そのまま美紗子の左肩を深く斬り下げる。
驚くことに美紗子は斬りつけられながらも、右手一本で長巻を横に薙いで、徹斎の胴を腕ごと斬って殺してしまった。
俺の体は四分の三くらい切断され、ダラリと垂れ下がる。
それからの戦いは壮絶としか、表現出来ない有様であった。
美紗子は信じられないことに、俺を肩に担いだまま、五人を相手に戦い抜いたのである。
徹斎さえも、美紗子の兇刃に幾度か殺されて外道丸や橋姫、お蝶、おコンなどは、徹斎以上に殺されまくった。
美紗子は巧みに俺の体を盾に使って、一度たりとも死ぬことがなかったのである。
「美紗子さん、いや美紗子様、どうか下ろしてください。メチャクチャ痛いです。痛いですって!」
「離すもんか。死んでも離さないよ」
美紗子は覚悟を決めているようだ。手練れ五人を相手に長い時間、戦えない事を最強の戦士は知っている。
更に見かねた牛頭馬頭が戦列に参加するが、一人相手に人数が多すぎて思うように働けない。
それでも美紗子にとっては絶望的な戦いである。
「渡すもんか」
美紗子は歯を食いしばり、長巻を片手で巧みに扱い、激しく場所を変えながら戦っている。その動きは、同時に複数を相手にしないように、障害物の位置までも計算されたもののように見えた。
「渡すもんか!」
時には片足を斬られ、時には長巻を持つ手を斬られたが、その度に、俺の体を盾にして、打ち込まれた刃を左手で掴み、指が斬り飛ばされようとも気にも留めずに、態勢を入れ替え、自分の体を斬らせつつ回復を図り、驚異的な肉体の強さも相まって、死ぬことを知らなかった。
「死んでも離さない」
美紗子の目には、涙が浮かんでいる様だ。
それでも一対七の戦いである。段々、追い詰められて行く美紗子。
「初めてなんだ。初めて惚れたんだ」
無残にも角のすぐ脇、額を割られ脳漿を滲ませる美紗子。
それでも果敢に飛び回り、傷の回復を待つ。
「二度と離すもんか」
涙ながらに喚き散らす美紗子。
「ええい、野郎ども。鬼神は短時間で何度も死ぬことは出来ん。奴らには寿命がある。鬼神は不死じゃなか。同士討ちでもよかけん、捨て身で斬り掛かれ」
徹斎の叱責が飛び、ようやく戦況が動き始めた。
最初に徹斎が目潰しを投げつけて、言葉通りに体ごと刀をぶつけるように、美紗子へ突進し、命と引き換えに右肩から胸にかけて深手を負わせ、外道丸が同じように腹を斬り裂き臓物を垂れさせ、橋姫が背中を深々と割って背骨を露出させ、お蝶と、おコンが左右の脇から斜め上に体を貫いた。
流石の美紗子も、短時間で三、四回は死んだであろう深手を受けて、前のめりに崩れ落ちた。
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