亡者を嬲るのはやめてください その4
どうぞよろしくお願いします。
「いよいよ入獄かぁ。三途の川も渡ったし、もう戻れないよね。まだ生きてりゃ良かったかなぁ」
自殺したことを後悔する俺。
「はいはい、笑って笑って。旦那、表情が暗いですよ。もっと、にこやかに『堕ちたどぉ〜』みたいなノリで」
いつの間に現れたのかベレー帽をかぶり、カメラを手にした鬼が俺の周りをチョロチョロしている。
「これから地獄の責め苦を受けるのに『堕ちたどぉ〜』も無いだろうが・・・集客のパンフレット用か?」
虎パン鬼っ娘を振り向いてそう聞くと、バツが悪そうに小さく頷いた。
「ようこそいらしゃいました。どうぞこちらへ」
「お疲れでしょう。是非こちらの方へ」
半ばまで開いた門の中から、紅白のおめでたそうな燕尾服を着た二本角の鬼と、これを着たらアインシュタインでさえも、頭が悪そうに見えるであろう、金ピカの燕尾服を着た一本角の鬼が飛び出して来た。
「もう何なんだよ。訳わかんね〜よ。お前らバカなのか? 大バカなのか?」
呆れる俺。
「まぁまぁ、そう言わずに。わたくしが、あなた様のお世話をさせて頂き」
「いいえ、わたくしめが付きっきりで、お世話をさせて頂きますです」
金ピカ鬼を遮って、紅白鬼が俺の右手を掴み引っ張る。
負けじと金ピカ鬼も、左手を強く引っ張る。
「またかよ。いててて」
「ささ、旦那様。お疲れでしょう。こちらへいらして、血の池地獄で死出の旅路の疲れを癒してくださいまし」
金ピカ鬼が紅白鬼を小突きながら、そう言って来る。
「まずは見晴らしの良い、18金針山地獄からの絶景でも」
紅白鬼も金ピカ鬼を激しく小突き返す。
「では私は、ここで失礼しま〜す」
虎パン鬼っ娘が、そう言うと面倒ごとから逃げ出すように、足早にどこかへ去って行く。
「待ちやがれ、この状況を何とかしろよ」
呼び止めようとするが、すでにその姿は霞の中に消えて行き、見えなくなろうとしていた。
「クソ、逃げられた。バカ鬼っ娘め」
とうとう紅白鬼と金ピカ鬼は、俺の手を離し、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。
良いおっさんが、さっきの鬼っ娘と一緒じゃねぇか。いったい地獄はどうなっているんだ?
「良いおっさんが、みっともねぇなぁ。良い加減にしろよ」
「やかましい」
「黙れ小僧」
二匹の鬼が同時に怒鳴る。
カチンと来た。
「おっさん二匹が、みっともない格好して、恥ずかしくないのかねぇ。格好だけでも恥ずかしいのに、公衆の面前で喧嘩かよ。勘弁してよ。歳幾ちゅでちゅかぁ〜。何百歳? 何千歳? まさか何万歳って事はないよね〜」
鬼にも誕生日ってあるのだろうか。そもそも鬼って、どうやって生まれるのだろうか。
俺は鬼同士の交尾を想像して、気分が悪くなってしまった。
『バキボグ』
バカな想像をしていたら、俺の顔面とボディに強烈なパンチが炸裂する。たまらず吹っ飛ばされる俺って、すごく恰好悪い。
「・・・痛っえぇ」
前歯が全部なくなり、腹が痛くて息を吸うことも出来ず、俺は地面で、もがき苦しむ。
「この野郎、優しくしてやれば、つけ上がりやがって。手前ぇは地獄以外、行き場がねぇんだ」
「まったくだ。このバカが図に乗りおって。これからたっぷりシゴいてくれる」
紅白鬼と金ピカ鬼が、揃って凄んで来る。
「さぁ、俺らのボーナスが掛かっているんだ。どっちにするか決めてもらおうか」
ボーナスって何だよ。サラリーマンかよ。営業か? 歩合制かぁ?
「この二匹以外で、ボーナス欲しい鬼さん、こっちにおいでぇ‼︎」
立ち上がった俺は右手を高く上げて、そう叫んだ。
俺の折られた前歯は元に戻り、顔の腫れも引いており、ボディーの痛みも和らいでいた。そう、ここは死んでも、すぐに生き返る地獄なのである。
「すみませんっした」
「ごめんなさい」
紅白鬼と金ピカ鬼が土下座をして、地面に頭を擦り付ける。
「旦那様、そんな事仰らずに。俺らの入獄期間短縮が掛かってんだ」
紅白鬼が手を合わせて懇願する。
「それに俺たちゃ、二人で旦那をサポートするようにって、命令されているんですよ。だから、よろしくお願いしますよ」
更に、金ピカ鬼もそう言いながら膝でにじり寄って来た。
「あっバカ。それは内緒だろうが」
「おっといけねぇ」
紅白鬼が、金ピカ鬼を慌てて嗜めた。
「ちょっと待てよ。二人でサポートするのなら、どっちかを選ぶ必要ないんじゃね?」
「えっへへ。間抜けな亡者をガイドするだけですぜ。こんなチョロい仕事を二人でやるより、ボーナスを独り占めした方がお得ってもんだ」
「へぇー、間抜けな亡者ねぇ。じゃお前ら以外の鬼で」
「お願いしますよぉ。そんなこと言わずに、俺ら以外に適任はありませんって」
「他の鬼と来たら、ひたすら亡者を虐める事しか出来ない奴らです」
「そうですぜ。地獄の中でも、接客向きな俺達が世話係に選ばれたんです」
「他の鬼を選んだら、それはそれは、悲惨な事になりますよ」
紅白鬼と金ピカ鬼が、必死になって訴えて来る。
「分かった。分かったよ。どちらかに決めれば良いんだろう?」
「えへへへ。そう言う事です。是非俺様を」
「いやいや、ここは、わたくしめに」
紅白鬼と金ピカ鬼が、不気味な笑みを浮かべて、揉み手をしている様を見ていると、ここが本当に地獄なのか疑わしく思えて来る。
どうもありがとうございました。