亡者を嬲るのはやめてください その3
どうぞよろしくお願いします。
「はい到着です」
そう言うと虎パン鬼っ娘は、軽やかにボートから飛び降り、水音を立てる。
「さぁ、降りてください」
「今のが三途の川かぁ? 風情もへったくれも無い川だったなぁ。面白くねぇよ」
俺は下半身が、ぐっちょり濡れて腹が立っていたので虎パン鬼っ娘に八つ当たり気味に、そう言ったが視線を前に戻すと。
「おぉ〜、すげぇ仰々(ぎょうぎょう)しくて無駄にでかい門だなぁ」
急に視界が開けた目の前に、真上に見上げるほど高く聳え立つ、赤くてデカい門が閉じられていた。
「店休日?」
「年中無休です!」
よく見ると門の横には小さな勝手口があり、そこから長蛇の列が伸びている。って、幾ら何でも長過ぎだろう。最後尾が全く見えねぇ。
地獄の壁に沿って伸びる列は延々と続き、霞の中に消えていた。
「何だ、あの行列は」
「地獄の亡者ですよ。普通であれば死んだ者は、あの行列の最後尾に並ばされます」
「あのえらく小さい勝手口が地獄の入口なのか? じゃあ、この無駄にデカい門は何なの?」
「雰囲気です。普段は使わないので閉じていますが、なんか地獄の入口っぽいでしょう?」
「ま、まぁな。何で使わないの?」
「だってあんな広い入口だと、亡者たちが勝手に入って来ちゃいます。こっちだって手続を受けてもらわないと困りますし、だからと言って入獄カウンターを、門の真ん中に作るわけにも行きませんからね」
見上げるほどの、まるでビルのような大きさの門に対して、勝手口は一人が入れるくらいの大きさしかない。
雰囲気だけで使えない門に、不便な勝手口。なんて無駄なんだろう。
「受け付けは一人ずつなんだな。行列が出来るわけだ」
「入り口は小さいですけど、受付窓口は二つありますよ。ただ手荷物の確認及び廃棄や本人確認などの手続きが面倒なので多少時間が掛かるし、列に並ぶ前にも、男は玉を潰さなきゃならないし、地獄も人手不足なんです」
「今なんて?」
「ああ、手荷物は小銭とか埋葬時に入れられた物なんですけど、身包み剥いで三途の川へ捨てます」
「ひっでぇなぁ。そんな説明じゃなくって」
「入り口は二つです」
「じゃなくて」
「手続きに時間が」
「それじゃ無い」
「人手不足」
「わざとか? わざとだな? よし分かった。意地でも言わせてやる。列に並ぶ時にどうするって? 男だったらどうすんだぁ?」
モジモジと顔を赤らめる鬼っ娘を見ていると、こっちまで変な気分になってくる。
「男の・・・たた・た・・・」
「た? その次は?」
「ま」
「はい、続けて」
「男の玉を潰すんです! 実際には潰して抜くんです!」
ヤケになりやがった。
「これでいいでしょ? 満足でしょ?」
涙目になる鬼っ娘。
それにしても去勢だなんて、玉を潰さないと地獄でも子作りが出来るということだろうか?
「麻酔はするのか?」
「ここは地獄ですから」
麻酔無しって事・・・うげぇ〜想像したら鳥肌が立ってしまいました。超痛そうです。
「去勢するって事は、子供が作れるって事か?」
「最大の禁忌です。なので全ての男は例外なく玉を潰されます。それに玉を潰すと男は、色々とパワーダウンしますから、多少は扱いやすくなるんです」
鬼っ娘が開き直って堂々と答えた。
「ひでぇなぁ、おい」
「地獄ですから」
虎パン鬼っ娘は、清々しい笑顔を見せてくれた。
それにしても地獄は怖い。とても怖いです。
俺は、これからの地獄生活を、上手く送れるのか不安になって来た。
「しかし本当に最後尾が見えないな」
俺は首を伸ばして眺めてみるが、最後尾が見えないどころか、どれ程の亡者が並んでいるのか見当もつかない。
あれに並ぶと思うと、それだけで気が重くなる。
「どこに並べばいいの?」
「あなたは約一億人目の自殺者ですから、並ぶ必要はありません。特別待遇ですから超特急で地獄行きです」
そう言ってニッコリ微笑んでくれる。
超特急で地獄直行がラッキーなのか分からないが、何かにつけてツイていない俺にも、こんなラッキーイベントが起こるなんて。俺は感動して涙目になる。
「へぇ〜、スゲーなぁ〜おい。本当に約一億人目・・・〈約〉てなんだよ」
「言ってません」
「〈約〉て言った」
「言ってません」
「言った」
俺は半開きのシラけた目付きで、虎パン鬼っ娘を見つめる。
「ま、まぁ、あれですよ。地獄なんて、いつからあるのかも分からないのに、正確な亡者の数なんて誰も知りませんから。それに初めてのイベントですし、良いんじゃないかなぁ〜って事で。おめでとうございま〜す。一億人目の自殺者だっちゃ。ダーリン」
今、とんでもない告白をしやがった虎パン鬼っ娘が、可愛らしく人指し指を立ててポーズを決めてくれた。
「で、競合他社を出し抜くために、適当なイベントを企画して亡者獲得のPRに使おうと?」
「そうなんですがね。つい元彼に、この企画を話しちゃったら情報が競合相手に漏れちゃいまして。てへ」
舌を出して、自分の頭をグーで軽く小突く。
可愛い。確かに可愛いがバカ過ぎる。
「と言うわけで、VIP様のご到着で〜す」
虎パンバカ鬼っ娘が大声を張り上げた。すると。
『ガゴン・・・ゴゴゴゴゴゴ』
地面を揺するような地響きとともに、重々しい音を立てながら、地獄の門が口を開け始めた。
どうやら俺は特別扱いらしく正門から入獄出来るらしい。
どうもありがとうございました。