修練の成果はなんか虚しい その3
どうぞよろしくお願いします。
空が何だか緑っぽい。いつものレベル16とは異なる雰囲気だ。
お蝶と俺は自由の翼を手にする事が出来るのであろうか。
「強い。メチャクチャ強い。歯が立たねえよ。お蝶、どうすんだよ」
ここは誰にも邪魔されない、閉じられた空間の試験会場。俺たちの目の前には二人の試験官がいる。しかし、なんで軍服なの?
俺たちはブレスに〈卒業試験〉と念じて、試験官に対戦を挑んでいたのであった。
二人の試験官の服装は、まるで日本軍の兵隊のような格好で軍刀拵えの刀を手にしている。なかなかに格好が良い。
「どう? 良い経験になったでしょ。今回は、これくらいにしておきましょうか」
ボロボロに負かされた俺は、どうしても言いたかった捨て台詞を、我慢出来ずに口にすることにした。
「今日のところは、これぐらいにしておいてやらぁ!」
お蝶も、試験官も律儀にコケてくれたので、負けた俺は、気分良く根城に戻ることが出来た。
俺たちは狩場に近い森の中に、掘建小屋のような根城を作っていた。俺たちの初めてのスウィートホームである。
屋根は茅葺で、壁は竹を編んだ上から赤土を塗り固め、竹の骨組みの上に竹を編んで床にして、更にその上に木の皮を編んだものを絨毯代わりに敷き、中央には囲炉裏まで作ってある。
見かけは粗末なものだが、なかなか快適な根城であった。
俺たちは囲炉裏の横に並んで座り、さっきの戦闘を振り返る。
結局、俺たちは二人の試験官にコテンパンにやられてしまった。
いや、俺が足を引っ張りまくってしまったのだ。お蝶の助けも虚しく、俺は何度も斬り殺された。俺を庇って戦っていたせいで、お蝶も何度か殺された。
て言うか、お蝶は本気じゃなかったようだ。よく考えたら、俺は試験官には勝てそうになかったから、もしお蝶が勝ってしまったら、俺たちは離れ離れになってしまうしな。
「あなたも筋力がついて来たし、そろそろ次の段階へ進みましょうか」
お蝶は俺の体をさすりながら、筋肉の着き具合を確認している。
とても気持ち良い。ニンマリする俺に、お蝶は続けて言う。
「長物で行きましょうか」
「長物ってぇと、刀か?」
「身幅の狭い、軽めの脇差なんかどうかな」
「よし。ちょっと出してみるか」
俺は集中して刀を出してみる。
「おっと、刀は鞘ごと出てくるのか。しかも帯まで」
拵えは肥後拵えで、鞘は黒漆のマットな感じの梨地肌であった。
お蝶が細めの帯を巻いてくれて、刀の差し方を教えてくれる。左利きの俺が出した刀は、拵えも左用になっていた。
差した刀を鞘から抜くと、黒味を帯びた直刃の刀身が現れた。刀身の根本から反りのついた元反りの脇差だ。
「良い脇差ね。ちょっと振ってみて」
俺は適当に構えて振ってみる。
「おおぉ。なんか切れそうな感じ」
「反りが深めの脇差だから、そんなに手元に引く必要はないわよ。短い脇差で、そんなに引いたら刃がすぐに相手の体から抜けて、深い傷は与えられないし、長い刀だと地面や自分の足まで斬りかねない。反りのついた刀の場合には、真下に斬り下ろすだけで十分に斬れるから」
お蝶が刀の抜き方や、構えを手直ししてくれる。
「戦闘で刀を抜く時は、刃を親指と人差し指で挟んで抜くのよ。鞘に納める時もね」
そうすれば鯉口も痛めず、より早く抜くことが出来るらしい。
「何より、抜き打ちに斬りつける時に、音も出にくくなる」
らしいです。刀身に彫りものや、樋と言われる溝が入っているものは、抜く時に風切り音が出やすいので、お蝶の好みには合わないらしい。
「刀を抜く時も、斬り合いでも、組手で教えた序破急が大事なの。戦闘は常に序破急の繰り返し。相手と向き合う静の間、動く切っ掛けの静の間を破る気の間、そして雷のように一瞬で動き出す動の間。要は精神的な要素が強いんだけど、静の間では無駄な力を抜いて気を広く放ち、気の間では、更に思考も緩めて一瞬の変化に備え、動の間では夢想の中に挙動するの。そのために気が遠くなるほど自分の体に、斬り方や動き方を染み込ませるのよ。息をするように、自然に人を斬れるようにね。難しいけど切っ掛けを掴めば理解できるわ」
お蝶が、体得した極意らしい。
それからは刀より少し短い脇差を使って、またも修練の日々が続く。
「戦闘中は余計な事を考えては駄目、無心に人を斬るのよ」
「しかし日本刀って血油に塗れたら、全く斬れなくなり、使い物にならないんだろう?」
「刀に血油が付いても気にする必要もないわ。金属バットと同じくらいの長さと重量の研ぎ澄まされた刃物を、十分に修行した使用者が振るうんだから、斬れないはずがないでしょ」
確かにプロ野球選手が金属バットの代わりに、同じ重量と長さの刀を振り回していたら、刃引きしてあったとしても、致命傷を受けそうだ。
「錆びてボロボロになった包丁で斬りかかられても、十分に危険だって事は想像できるわよね。血油に塗れた人斬りに特化した刀や脇差、短刀の方が包丁より安全なんて事は絶対にありえない」
なるほどご尤も。
どうもありがとうございました。