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飛べない蝶

作者: 雉白書屋

 SNSで知り合った子と今夜、待ち合わせをすることになった。

 けど……実際、会ってみると驚いた。

 モデル、芸能タレント並みの美少女。まさかこんな子が募集を? おまけに文章からもしかして若いとは思ったが制服、まさか女子高生とは。でも今どきはそういうものなのかもしれない。

 と、頭では思うものの動揺し、会話がしどろもどろになる私の手を彼女はクスッと笑って引き、歩きだした。


「え、あ、ちょっと寄ってかない?」

「え?」


 目的のホテルまではほんの十分か十五分程度。別に臆したつもりはない……はず。ただ戸惑っていた。こんなにかわいい子がなぜ、どうして、それが知りたくなった。

 たとえ私が今夜、彼女の手を振り払い逃げたとしても、彼女はまた別の誰かとそうなるだろう。

 でも、もしかしたら私が彼女を変えられるんじゃないか。いや、変えなきゃ、救わなきゃと、どうしてかそんな気持ちが湧いてきたのだ。


 ……でも、立ち寄ったゲームセンターは騒々しく、話を切り出すのに全く相応しい場所ではなかった。

 それでも彼女が時折笑顔を見せてくれるから然程悪い選択ではなかったと思えた。

 よくは知らない、若い女の子が好きそうなキャラクターのぬいぐるみを二千円近くかけて取り、彼女に渡すと彼女は困ったように微笑んだ。多分、いらなかったんだろうな。私はそう思ったけど、彼女は喜んで見せた。優しい子だ。


「ねえ、そろそろ、いこ?」

「あ、うん」


 風に吹かれ、綿毛を無くしたタンポポみたいにフッと楽しい気持ちは消え失せた。

 店内をぐるっと一通り回ったため、断る理由も思い浮かばなかった。

 店を出て彼女の背中に続いて歩く。

 無言。今、彼女と手を繋いでいるのは私じゃなく、あのぬいぐるみ。少々の後悔。ぬいぐるみを憎たらしいとも思ったけど、ぬいぐるみの揺れる背中が何だか機嫌がよさそうに見えて、彼女もそうなんじゃないかなと思うと少しだけほっとした気分になった。


「私ね、実は処女なんだ」

「えっ」


 突然、彼女が道の真ん中でそう言ったものだから私は誰かに聞かれたんじゃないか、いいのかとキョロキョロと辺りを見回した。するとそれが面白かったのか彼女が「キョドりすぎ!」と笑い、私も笑った。


「最近、うちに住み着いた義理の父親にさ、犯されそうになってんの。結構触って来てさ、ま、時間の問題ね。

あ、わかってんならどうにかって思うでしょ? でも、抵抗するのももう疲れたというか色々、面倒でさぁ。だからその前にってわけ。ふふふ、ざまーみろって話!」


 彼女はそう言うと大笑いした。そしてぬいぐるみを胸に抱え、私の手を握ると走り出した。

 待って、待って。待ったところでどうするの? そう言われる気がして私の口からは荒い息しか出ては来なかった。


「ちょ、ちょっとシャワー浴びてからでもいい!?」


 ホテルの前で私は彼女にそう言った。酸素も何も足りない頭で思いついた精一杯の時間稼ぎ。

 汗かいちゃったしさ、と私がへへっと笑うと彼女はまあいいけど、といった顔をし了承してくれた。

 部屋に入ると彼女はローファーを脱ぎ、皮張りのソファーの上に横になり、足を組んだ。スカートが捲り上がり、足の間からは白い下着が見え、私は思わず目を逸らした。

 

「浴びないの? シャワー。ふふっ、それとも……しちゃう?」


 彼女はそう言うと、くすくす笑った。多分、真っ赤な私の顔。見られたくないから彼女の視界から外れるように一歩後ろに下がる。するとまた彼女のスカートの中が見え、私は自分の下腹部が熱されるような感覚を抱いた。


「いいよ別に。したいんでしょ?」


 彼女の冷たく、温度を伴っていない言葉に私は頭がカッとなった。

 本音を当てられた気がした。そして彼女は当てたと思っている。

 軽蔑。そんな空気感が彼女の身体から漂っている。

 なにさ。そっちだって同じでしょうが。訪れてもいない悲劇にただ酔いしれているだけ。望めばなんでも手に入るような美人が。適当な男に泣きつけばどうにかなるはずだ。警察だって彼女には親身になるはずだ。誰だって。だって美人だから。世界は彼女の味方。どうせ、あなたも一皮むけば同じ。世の中の若い女、みんなと同じ。SNSと流行り物とスイーツとファッションと男とセックスで構成された肉の塊。

 脳みそ空っぽのくせにやたら他人のことを知りたがり、それが望み通りのものじゃないと拒絶し、排斥し、ほくそ笑むんだ。


「わっ! あはは! まじ? あはははは!」


 私は彼女のスカートの中に顔を突っ込み、太ももに舌を這わせた。

 もし今本気でも、どうせ何年後かにあの時、あたしなんであんなに荒んでたんだろうってバカみたいって思うんだ。くだらないくだらない。

「くすぐったい」「犬みたい」と笑う彼女が段々と言葉を減らし、それこそ犬みたいに息を荒げ始めた。

 彼女の下着を指でそっと降ろし、舌を這わせ息を吹きかけると彼女は小さく声を上げた。

 人差し指で円を描くように撫で、その跡を舌で舐める。舌が少し痺れる感覚がしたけど、不快感以上に興奮の方が大きかった。両手で彼女の太ももを握り、股の間へ顔を、舌を深く埋めた。

 時折、指も織り交ぜ、彼女を攻めた。深く深く、もっと奥へ。押し殺したような声を上げ、反り返るように体を浮かせた彼女から出た液体は私のワイシャツに染みた他、赤い革張りのソファーの上で水溜まりとなり、オレンジがかった薄暗い照明の下で鈍く輝いていた。


 ――犬みたい。


 多分、二回目。彼女が絶頂に達すると私はスカートの中から顔を出し、大きく息を吸った。

 暑い、額に滲んだ汗を袖で拭う。見下ろした彼女は息も絶え絶えで目が、全体がどこか虚ろ、陶酔感が漂い綺麗だった。蝶みたいに。

 どうだ、と。してやったりと私は思った。 

 このまま寝落ちしそうな彼女。

 私は彼女をベッドまで運ぶか、それとも向こうから掛け布団を持ってくるか悩んだ。

 

「そんなに……」


 その時だった。彼女がぼそぼそと呟いた。


「したいなら……また……する? ……お義父さん」


 私はソファーから落ちた。震え、折れたような足で立ち上がりドアを開けホテルから、彼女から逃げ出した。


 なんで、なんでなんでどうしてどうしてどうして……。


 込み上げた想いは吐き気を呼び、私の足を止めさせた。電柱の陰まで歩き、嗚咽したけど出てきたのは涙だけだった。


 どうして、どうしてどうしてどうしてなんで……。


「おっ! おねーちゃん大丈夫ー? へへへ、ねえ、おいくら?」


 うるさい、死ね。死ね死ね死ね。汚いキモイ。死ね死ね死ね。

 男、おとこおとこおとこおとこおとこ……。


 どうして彼女は私を彼女が嫌いな義父と重ねたのだろう。

 どうして私が一番嫌いな男と重ねたのだろう。

 どうして心にも体にも深く入れないんだろう。

 どうして私は男に生まれなかったんだろう。

 どうして私は他の女と同じで決めつけたがりなんだろう。


 どうして私はもう生きたくないとSNSに書き込んだくせに、こんなにも死ぬのが怖いんだろうか。

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