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九話二代目楓一家~狼達のエピローグ~②~

「……なんだかねぇ…急に何かこう…ぽっかりと穴ぁ空いちまった感じだねぇ……」


 彼女、神楽礼子さんが何気なくそう言ったのは、昨日までの騒動があまりにもあっけなく片付いたのと、今まで信じていた、道警本部長の三橋凌矢の裏切り。彼女なりに感慨深い物があったのだろう。


 物憂げな様相で、事務所大広間傍の縁側で、ショートピースを燻らせた。


「礼子…こいでよかったんじゃねぇのか?」


 事務所大広間傍の縁側、一人物憂げにタバコを燻らせる愛娘の彼女に、初代北見白狼会会長であり、彼女の実父でもある、神楽竜二さんが静かに話しかけるのだった。


「……親父ぃ……あたし正直不安になっちまうんだよね…あたしみたいな女としての魅力なんて欠片も無いのにさぁあいつぁいっつも優しくて…夕べも…あたしの傷だらけのこの身体…何度も何度も抱きしめて目いっぱい愛してくれた……ねえ…父さん……あたし…あんな真っ直ぐで良い子旦那にしちゃっていいのかな?」


 俺との祝言を一週間後に控えたある日の昼下がり、彼女はぽつりと自分の胸の内を父親の神楽竜二さんにもらしていた。


「何も心配はいらねぇよ……あいつが隼人の叔父貴の自慢の息子ならよぉ…おめぇは俺の自慢の娘だぁ……ウジウジ悩んでたって何も前にゃあ進まねぇよ……思いきって彼の胸に飛び込んでみたらどうだ?礼子ぉ」


 さすがは、男手一つで年頃の娘をこの年になるまで育て上げただけはある。


 そう言って、思い悩む愛娘をしっかりと気遣うことの出来る漢、その様子を遠巻きに眺め、改めて俺は、神楽竜二という漢の中の漢を見たように思った。


「……海人ぉ…そんなとこにいねぇで娘の傍に…礼子の傍に居てやってくれねぇか?」


 親子二人の会話に、他人の俺が立ち入れる訳もなく、遠巻きに二人の会話を眺めていたつもりが、竜二さんには、しっかり気付かれていたようで、俺は彼に呼ばれるがまま、これからは、夫婦として生きて行く彼女、神楽礼子さんの傍にそっと寄りそった。


「おやっさん!改めて言わせてもらいます!娘さんを…礼子さんを俺の嫁にいただきます!」


 俺が傍に寄りそった事で、少しだけ安堵の色を見せた礼子さん。


 彼女のその様子を、優しい眼差しで見る竜二さんに俺は、再びそう言って、彼の前に傅いた。


「……改めてそんな野暮は言いっこ無しだぜぇ海人君……娘を…礼子をよろしくな……」


 竜二さんは、優しい父親の眼差しのまま、傅く俺を優しく立たせ、ニヒルに笑うと、本家事務所奥にある、自分の父親達、古参幹部達の集まる部屋へと姿を消した。


「先代…事務所に戻って以降…二代目に元気がねぇようにお見受けいたしますが…内の倅が何かまたやらかしましたかな?」


 俺と礼子さんを、事務所大広間傍の縁側に残して、事務所奥の八畳ほどの部屋へと姿を見せた、北見白狼会初代の竜二さんに、俺の親父が話しかけた。


「そんなんじゃねぇよ…隼人の兄弟……ま…あいつも礼子の奴も人並みに恋する乙女って事だぁ……けど兄弟…おめぇとこの倅…どんな育て方したんだい?あの若さであそこまで義侠心に溢れた漢ぉ…俺ぁ初めて見たぜぇ……」


 竜二さんはそういうと、親父の隣に座り、空になっていた親父の湯呑みに一升瓶の冷や酒を並々と注ぎ、自分の湯呑みも注ぎ、親父と湯呑みを重ねると、互いにそれを固めの杯代わりにキュッと飲み干すのだった。


「あっしぁ別にあえてあいつにゃあ何一つ極道の心得ってものぁ教えちゃおりません……ただ一つ…何があろうと女を泣かせる男にだけぁなるなと…あっしがあいつに教えたなぁそいだけです……」


 俺の親父と竜二さんは、さほど年齢が離れていないこともあり、親同志がうちとけるのも早かったのだろう。


 親父はいつもと変わらず、物腰柔らかく、竜二さんの質問に応えていた。


「……そうかい…内ぁ恥ずかしながら父親の俺がバツイチの甲斐性無しなもんだからよぉ……娘の方が

 しっかりしてやがって今のこの年になるまであいつにゃあ苦労のかけどうしだったんだけどよぉ……最初ぁ俺もおどれぇたぜぇ……ある日突然…てめぇよか一廻りも年下の海人君連れて来てよぉあたし…この子とだったら一緒になりてぇっていうじねぇかぁ俺の方がめんくらっちまってなぁ…けど…今日こうしておめぇさんと話しが出来て…納得したぜぇ……これからは…他人じゃねぇ……本当の身内としてよろしく頼むぜぇ…なぁ兄弟……」


 竜二さんはそういうと、着物の袂からショートピースを出して、親父にも進めるのだった。


「……先代…そんな事ぁ言われるまでもありませんやぁ……あっしの方こそ…不調法な倅ですがよろしくお願いいたしやす……」


 もう、かれこれ一時間近くは酒を飲んでいるのだが、俺の親父は顔色一つ変えず、竜二さんの問いに二度三度頷きながら、物腰柔らかに応えて、もらったタバコを燻らせ笑った。


「……ちょっと父さん…呑みすぎよぉ……海人のお父さんはねぇ父さんなんかよりはるかに酒豪なんだからねぇ……つまんないことで張り合ったってつぶれるのは父さんの方なんだからぁそのへんにしときなってぇ……祝言を間近に控えた娘にまで恥ぃかかせるつもり?」


 真っ赤な顔で、上機嫌な様子で俺の親父と酒を酌み交わす竜二さん。


 俺から見ても、明らかに酔いつぶれる寸前の竜二さんに、俺の許嫁で彼の娘の礼子さんが苦言を呈していた。


「……二代目ぇ…親父さんをそんなに攻めないでやってくださいましなぁ……こんなになるまで…よほど酒がうまかったんでしょうなぁ……それだけ嬉しかったという事ですよ……内の倅とお嬢さんのご成婚が……二代目ぇ…倅共々…これから以降…よろしく頼んます……」


 親父はそう言うと、自分より肩一つ大柄な竜二さんを意図も簡単に背負い上げて、礼子さんの案内の元、竜二さんを寝床へと連れて行くのだった。


「……隼人の叔父貴ぃ…そんな野暮言うなぁ…もうよしてくれませんか?今回のこの祝言に至るまでの道のり…あたし等ぁ親子にゃあ棘の道でした……父一人…娘一人で今日まで生きてきて…どちらかといえば…わがままに育ったあたしですが…此度の祝言が終わりましたら!それからぁ楓海人の妻として!よろしくお願い申し上げます……」


 そして迎えた祝言当日、白無垢に身を包み、祝い化粧に赤い紅を引いたあたしは、この時ばかりは北見の女狼ではなく、旧姓神楽から、楓に苗字が変わり、愛する夫、楓海人を影から支える覚悟を決めた一人の女として、つましく、彼の横に座っていた。


 そして、祝いの宴も終わり、迎えた二人の祝言初夜。


 場所はあの日と同じあたしのプライベートルーム。


 その夜あたし達は、互いの愛を育むように、幾度となく抱き合い、そして寝乱れた。


 そして迎えた翌朝、あたし達はいま、北見白狼会本家事務所大広間の上座に二人並んで座っている。


 その、本家事務所大広間では現二代目のあたしから、あたしの右隣に座る、昨日祝言を挙げたばかりの夫、楓海人に次代を継承するための式典が、厳選な空気感の中、厳かに始まっていた。


「ただ今…ご紹介にあずかりました!楓一家二代目ぇ!楓海人と申します!まだ…若干二十歳過ぎの若輩者ではございますが……この…北見白狼会先代会長でもあられますぅ神楽竜二最高顧問の名に恥じぬよう!二代目会長にして我が妻礼子と二人ぃ精進する所存でおりますれば御列席の皆々様におかれましては変わらぬ御指導御鞭撻のほどぉ…よろしくお願い申し上げます!」


 俺はそういうと、上座から一段下におり、列席者一同の前、姿勢を正し、深く頭を下げるのだった。


 そしてこの後、現最高顧問の神楽竜二さんから、第三代北見白狼会の人事が発表された。


 三代目会長には、俺、楓海人がなり、三代目の最高顧問として、妻、礼子。


 そして、三代目若頭には、二代目北見黒狼会の朝倉良治さんが、俺の相談役も兼ねて就任し、三代目北見白狼会はまずまずの門出となるはずだった。


 しかしこの一連の騒動、完全解決とはいかず、この一件の影の首謀者と目され、道警本部長の座を追われ今は東京拘置所に収監中の、元道警本部長で、元警視の三橋凌矢が一貫してこの事案への関与を否定していたのだが、逮捕、送検、拘置所収監の流れの中、彼にも色々思うところがあったのだろう。徐々にではあったが、自身の事案への関与をほのめかす供述を始めた矢先に彼は、警視庁内部の何者かによって謀殺されてしまい、この事案はさらなる暗礁に乗り上げていた。


「……なんてこったぁ…俺等ぁとんでもねぇ犯罪者を担ぎ上げちまったわけだぁ……しかも…二人もなぁ……」


 三代目の人事配置も終わり、例の一件以来乱れる一方の道北情勢。それにくさびを打ち込むべく、北見はいうに及ばず、道北全土の情勢立て直しにと、本家事務所大広間に集まった三代目北見白狼会の首脳陣。大広間中央に置かれた液晶テレビから流れるニュース番組にふと耳を傾けた俺は、その内容に愕然とするしかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  殺伐としたシーンの連続のこの作品の中で、この回はとても穏やかで味のあるお話でしたあ。  美味しいお酒のシーン、本当にいいシーンですね❗❗ヾ(≧∀≦*)ノ〃  結婚式もステキでした❗(人´▽…
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