八話二代目楓一家~狼達のエピローグ~①~
かくして、あの現場から各自それぞれの場所に帰った血戦前夜。
そして、この騒動に決着がついたら祝言の運びとなる、俺と礼子さんは、この夜、ひっそりとそして激しく結ばれた。
「……海人ぉ…必ず生きて帰ろうね……」
あたしはそう言うと、同じ寝床の隣、一糸纏わぬ姿の彼と、ともに、傷だらけの裸体を激しく何度も重ねた。
「……そんなのぁあたりめぇだろ?こんな些細な一件ですらまともに切り抜けられねぇでよぉ…あんたの男にゃなれねぇし…ましてや白狼会次期三代目なんてなぁ夢物語になっちまう……それに…俺みてぇなガキを本物の漢として認めてくれた……あんたと…あんたの親父さんに顔向けできねぇよ……」
彼もまた、そう言ってあたしの傷だらけの裸体を愛おしそうに、何度も何度も抱きしめてくれた。
そして、明けた翌日。ここ北見白狼会本家事務所に倒れ込んできた、一人の女性警察官。
彼女の来訪により、事態は思わぬ展開を見せた。
「……あんたぁ…美奈子ちゃんのお姉さんじゃないかえ?いったい誰にやられたんだい?海人ぉ…平蔵さんに繫ぎだぁ!」
あたしはそう言うと、自分の横にいる許婚に自分の携帯を渡して、この北見界隈を根城にする、闇医者の北見支部長を務める八坂平蔵という人物に繫ぎの連絡を入れるように頼んだのだが、彼女はそれを拒絶した。
「……身勝手な言い分に聞こえるかもしれないけど……彼女を…妹を…助けてほしいの……殺人欲に駆られてしまった…妹を……」
妹の美奈子ちゃんよりは幾分ガッチリとした体格だけど、それでもあたしに比べたら全然華奢な体格の彼女。
その華奢な躰数カ所に六発近くの9ミリの弾丸を受けて、虫の息の彼女は、ただ一言、妹を助けてくれとだけ言い残し、そして、事切れた。
「……あの…葛城美奈子とかいう女…とんだ食わせ者だったのかもね……」
あたしがそう言った時、事務所周囲がにわかに騒がしくなり始めた頃。
不意にあたしの携帯が鳴った。電話の主は、なんと、この騒ぎの張本人で、東京にいるであろう、警視庁組織犯罪対策部捜査四課警部の露木浩行であり、やはり電話の内容は、先ほどあたし達の眼前で絶命した、葛城恵梨香同様で、葛城美奈子を助けてくれと言う事と、もう一つは、本当の敵は道警本部にありと言う物で、自分達も今、北見に向かっている旨と、もう一つはあの時から、海人達が北見にたどり着いたあの日から、自分達四課の人間と里中孝治率いる第四代関東龍神会も、彼女、葛城美奈子の息がかかった広域捜査班の刑事達に目をつけられており、その結果、自分達の上官である葛城恵梨香と、友好関係にあった関東龍神会四代目里中孝治の死に繋がった旨を合わせて、口早に伝えていた。
そして、彼女が彼からの言付けに二度三度頷き、電話を切った直後だった。
親父達大幹部連が集まっているであろう、事務所大広間に五発の銃声が響いたのは。
「姐さん!大広間に急ぎましょう!最悪な事態にならねぇうちに!」
こちらの世界では、死に装束を意味する純白の着流しに着替え、互いにその帯に段平を携えて、俺達二人は銃声の聞こえた事務所大広間に急いだ。
そこはまさに、地獄絵図その物だった。
突如として踏み入った道警本部の捜査官達、歯向かう組員達は容赦なく射殺され、ほとんどの白狼会関係者が捜査官達に取り押さえられていたのである。
さらに、俺達二人の怒りを爆発させたのは、朝倉良治こと海原良治さんと彼の義父の朝倉源治親子、さらには、俺の父親と母親。そして、礼子さんの父親、神楽竜二さんだけは、問答無用で射殺されていたことだった。
「葛城美奈子ぉ!あの時てめぇの流した涙は嘘だったのかよ!ぶった斬ってやっからぁ!コソコソ隠れてねぇで!姿見せろやぁ!バカヤローがよぉ!!」
現状に怒り心頭の俺は、狼の遠吠えの如き雄叫びを上げると、あらかじめ目星をつけていた一本の木立を一刀両断に斬り倒すのだった。
案の定、俺の予測どおり、最後の仕上げにおれと礼子さんを射殺して引き上げる魂胆だったのだろう。斬り倒した木立が倒れる寸前で、一人の全身黒皮のツナギに黒のキャップ姿の女が地上に降り立った。
「……まったく…イラつくくらいに感の冴える坊やね!あたしは痩せても枯れても警視庁の警察官よ!あんた達反社会勢力に情けをかけられるゆわれはないわ!!」
彼女は先ほどとはまるで別人格に変わったかのような、激しく殺気を帯びた瞳で俺を睨むと、背中に背負っていたライフルを放り投げ、腰に付けたホルスターも取り外すと、俺の前でファイティングポーズを取るのだった。
「ちょいとお待ちよぉ……あたしの許婚ぁ女相手に拳振り上げるようなゲスな漢じゃないんだぁ……その喧嘩ぁあたしが受けてたとうじゃないかぁ……遠慮はいらないよ!」
奴、葛城美奈子と対峙して膠着状態の俺の前、そう言って出たのは、着流しを諸肌脱いだ礼子さんだった。
「あの時あんたぁあたしにゆったよねぇ……姉さんに言われるがままに間違った強さを手に入れたって……ありゃ嘘だったんだねぇ……けどそんなこたぁ今はどうだっていいよ……ただ一つあたし等ぁが知りたいなぁあんたのその間違った強さ利用してぇあんたの裏で意図ひいてんのが誰かってこと……」
あたしはそう言うと、彼女との距離を一気に縮めて、彼女のその綺麗な顔に傷をつけるのは、いささか躊躇われたが、遠慮なく、彼女のその綺麗な顔に真正面から拳を叩き込んだ。
グシュっと鈍い音ともに、彼女の鼻の骨が折れた感触があたしの手に伝わり、あたしの拳には、彼女の鼻血がべっとりとついた。
「……ああ…とうとうやってしまいましたか?礼子さん…こればっかりはさすがの私も庇いだて出来ないんですよぉ……神楽礼子!公務執行妨害の現行犯で逮捕する!!」
あたしのヨミどおり、あたしが彼女に手を挙げた後に現れる奴。それがこの、一連の騒動の真の黒幕。
最初からそうにらんでいたあたしは、彼の出現に驚きもせず、逆に彼を激しく睨みつけた。
「……凌矢ぁあんたぁ何企んでんだえ?」
あたしは傍らに置いていた段平を抜刀すると、自らの瞳に凍てつく殺気をのせて、再度彼を激しく睨むのだった。
「そんなのは決まってるじゃないですか?私は道警の本部長なんかで警察官人生を終わらせたくないんですよ……彼女の間違った強さでも構わない……利用出来るものは何だって利用してやるさ!最後の仕上げに…あなた方を壊滅に追い込めば…それで万事休すって寸法ですよ!」
彼はそう言と、冷めた視線をあたしに返して、美奈子の放り出した大型拳銃のホルスターを拾い上げ、それをホルスターから抜きあたしに銃口を向けた。
そして彼がその、トリガーを引こうとした刹那だった。
拳銃を握る彼の両手は、左右両側から飛んできたスローイングナイフによって縫い合わされていた。
「……その拳銃は…あたし達重大犯罪を専門に扱う刑事にのみ所持の許されている物……それにもし今…貴方がそのトリガーを引いていたら間違いなく貴方の両手首は折れていた……この勝負…貴方の負けよ!三橋凌矢管理官!」
ナイフを投げたのは葛城美奈子で、彼女はそう言と、あたし達がてっきり彼女達に殺されてしまったものだとばかり思っていた、あたし達の父親達の生存を彼にアピールするのだった。
「礼子さん…いろいろとごめんなさいね……あたし…貴女に鼻を折られてやっと気づいたのよ…改めてあたしの間違った強さに!貴女にも…いいえあなた方にあたしを引き合せてくれた…貴女の許婚の彼にも感謝よね……それから…あたしが直接手を下しちゃった姉にもね……」
彼女、葛城美奈子は寂しく笑ってそう言うと、東京から北見に到着した、彼、露木浩行に道警本部長の三橋凌矢を引き渡すと、自分も彼の前に手を出すのだった。
「極秘任務…お疲れ様でした!葛城美奈子警視!それからこれは…貴女のお姉さまよりの最後の言付けです!葛城美奈子警視を本日付けにて道警本部長に任命すると!」
そういう彼、露木浩行さんは、俺と良治さんが東京で会った無精ヒゲ顔の彼では無く、しっかりと身なりを整えた一人のベテラン刑事として、この北見に駆けつけてくれていた。
「……海人くん…礼子さん…良治くん…それから…北見白狼会並びに北見黒狼会の皆様におかれましては多大なるご迷惑をおかけしました事…合わせてお詫び申し上げます!と同時に…我々の極秘任務への協力!合わせて!感謝申し上げます!」
身なりを整え、皺一つ無いスーツに身を包んだ彼、露木浩行警部はそう言うと、俺達全員に頭を下げた後、再び姿勢を正して、敬礼するのだった。
「浩行さん…一つだけ教えてもらえねぇかな?三年前のあの日…俺の本当の親父が殉職した日のことをよぉ……」
用件を伝え、俺達全員に詫びを入れ、今回の騒動の本ボシと目される彼、元道警本部長の三橋凌矢を連行して、東京に戻ろうとする彼に、良治さんが質問を投げた。
「……これは私達警察機関内部の極秘事項……民間の人間に話す訳にはいかないと言いたいところだが…君には話しておかねばなるまいな……三年前のあの日…君のお父さんから私に…極秘のメッセージをもらったんだ……道警本部長だったこの男と君等が東京で対面した里中孝治が癒着関係にあるとな……しかし事は警察機関内部の問題…表だった捜査も進められないでいるうちに残念ながらこいつ等に先手を打たれてしまったんだ……今さら謝ったとこでどうこうなるものじゃないことは私も充分理解している……だが…本当に申し訳なかった……君のお父さんを助けられなかった事…今でも後悔の念に苛まれる実に痛ましい事案だった……」
浩行さんは、奴、三橋凌矢を連れて来ていた他の捜査官に預けると、再び俺達二人の前まで戻り、深く頭を下げるのだった。
「……頭ぁ上げてくれよ浩行さん……そこまでわかれば充分だ…俺とおふくろにゃあ何の愛情も注いでくれねぇクソ親父だったけどよぉ警察官としちゃあ中々ヤリ手だったんだな…あの人もよぉ……」
事の顛末を知り、かなりのショックを受けただろうが、良治さんは寂しく笑ってそう言うと、頭を下げ続ける浩行さんをそっと立たせるのだった。