七話 二代目楓一家~狼達の帰還~③~
「礼子さん…そこまでだ……その小太刀を抜いたらだめだ……これは紛れも無く…この二人の策略……後の事は私に任せてもらえませんか?この二人に聴きたい事が山ほどあるのは私も同じ……この二人の処遇はまた…後日改めてお伝えに参ります…必ず……とにかく貴女は一刻も早く…二人を連れてお父様達に無事帰還の報告を!警察機関のゴミ掃除は我々の領分……それから…貴女と海人君の御成婚…我々道警一同も心より祝福を!」
彼、三橋凌矢さんは語気強めにそういうと、何人もの道警捜査官を俺達のガードに付けてくれたまま一人、奴等二人に向き直ると、自身の持つ拳銃で奴等二人の両足を撃ち抜き、二人の体の自由を奪うと、さらに三人ほどの捜査官を呼び寄せ、道警本部への連行と、東京警視庁への護送を指示、そしてその捜査官に、自身の進退を賭けた文言をしたためた封書を手渡すのだった。
「……良治君…これで少しは私も…君の親父さんの恩義に報いれたかな?」
彼は寂しく笑うと、警察手帳と拳銃を渡し、自らの手に手錠をかけようとした刹那だった。
「凌矢さんよぉ…今さら親父がどうとか言われてもよぉ……親父たぁ全く真逆の世界に入っちまった俺だぁ親父の事に関しちゃあ全くピンともこねぇがよぉ……ただ一つ言わせてもらうならよぉ…あんたが責任感じて道警の本部長辞める謂われはねぇんじゃねぇのかい?」
そう言って、彼が自らの手にかけようとしていた
手錠を自らの拳銃で弾き飛ばしたのは、良治さんで、その後、奴等二人が少々ごねただけで事は片付くはずだった。
五人ほどの道警捜査官達に、前後左右を固められ、護送車に乗せられようとした二人だったが、奴等二人は、正面を向いたところを奴等の前方から飛んできたライフルの銃弾によって、確実に眉間を撃ち抜かれ絶命していたのである。
道警捜査官達を誰一人傷つける事無く、標的だけを確実に仕留める。
この精密過ぎるくらい鮮やかな弾道に俺は、見覚えがあったと同時に、この喧嘩の活路を見いだすのだった。
「良治さん…この喧嘩ぁわざわざ俺等や凌矢さん達がこいつら連れて東京出向く必要がなくなったぜぇ……俺等の窮地を見てあの人が動いてくれたんだ……元警視庁狙撃班のエーススナイパーで現在は道警狙撃班訓練士の葛城美奈子さんがよぉ!俺等ぁはこっちにで張ってくるだろう例の曲者二人!正々堂々ぉ迎え伐ってやりゃあいい!」
基本単純バカな俺は、彼女、葛城美奈子さんの参戦を単純に喜んじまったけど、礼子さんを始めとするみんなの反応はかなり渋いものだった。
「……ちょいと海人ぉ事ぁそんな単純なもんじゃ無いよぉ……彼女が警視庁狙撃班からこの道警狙撃訓練士に左遷…降格された意味を知っても…あんたぁ手放しに喜べるのかえ?」
そう言って、勝利確信にはしゃぐ俺に苦言を呈したのは、俺の婚約者でもある、神楽礼子さんだった。
「……それってまさか…確か彼女がこの道北に左遷されたなぁ四年前……あの噂は本当だったんすね…?この法治国家の日本であまりにも多くの罪人を殺めた冷酷非情な女刑事の話し……」
彼女にそう問われた時俺は、親父から二代目を継承される以前に聴いた、ある噂ばなしを思い出していた。
けれどそのうわさ話には、俺がこの世界に踏みいる前、些細な傷害事件を起こして、当時道警に左遷直後の少年課勤務だった彼女、葛城美奈子さん本人から聴いた話しとは、少し食い違っていた。
彼女には、四歳年上の姉がいた。
けれど、姉の恵梨香さんと妹の美奈子さんでは、性格が全く逆で至極好戦的な姉に対して妹の彼女は警察官などには到底不向きな優しく温厚な性格の持ち主だったと、ありし日の俺は、記憶の片隅にあった。
「……姐さん…その噂俺が聴いたのとちっと違うんすよねぇ……彼女を冷酷非情の刑事にしたなぁ彼女の四歳年上の姉なんすよ……四年前のあの日俺は…北見市内のど真ん中で派手に踊っちまって……そんときに俺をパクったのが彼女でした……けどそんときの彼女からは優しさしか感じられなくてとてもあんな大ごとを起こす女性にゃあ見えなかったっす……」
あの日あの時俺は、彼女に逮捕され、家裁送致からの少年院送致になるものだとばかり考え、長時間の事情聴取を覚悟していた。
けれど結果は、全く逆で年もさほど違わなかったこともあり、俺と彼女は事情聴取の名を借りて二人、それぞれの過去話に華を咲かせていた。
だからこそなのかも知れない。あの日あの時あんなに楽しく会話を交わした彼女が、罪人をあまりにも多く殺めて、この道警に左遷降格させられた人間には到底思えなかったのである。
「……礼子さん…海人君を責めないであげて……姉に言われるまま…はき違えた強さを身につけてしまったあたしが全部悪いのよ……けどね…本当の犯罪者はね…ワッパ掛けたって刑務所放り込んだって改心なんてしないのよ……この二人だってそう…司法取り引きで過去の犯罪を免除になった…元殺人犯……あたしの姉が総指揮をとる警視庁組織犯罪対策部捜査四課にはこんな外道以下の人間が堂々とデカい顔して刑事のバッジ付けて公務に当たってるのよ!バカげてると思わない?優しすぎて警察官にはそぐわないってあたしが最初に飛ばされたのはロス市警の殺人課だった……アメリカは銃社会の国よだから…どんな些細な事件でもすぐ殺人事件になるの……あたしが滞在したのはわずか2カ月足らずだったけどその時にあたし悟ったの……犯罪者は頭ぶち抜いてやらないと改心なんてしないってねぇ……」
彼女は時折昂ぶる感情を抑えつつ、哀しげに、そしてまた寂しく笑ってそう言うと、礼子さんと俺、そして、道警本部長の凌矢さん、俺の同朋の良治さんの前に座り込むと、自身の腰に付けたホルスターからアメリカ製の四五口径の大型拳銃を抜き、スライドをコッキングしたそれを自身のこめかみにあてがい、そのトリガーを引こうとした。
「葛城美奈子元警視!私達の前での自決は許さない!日本全国の警察の中枢機関である警視庁にそのような深い闇があるのが事実ならそれは正しく由々しき事態!今日!ただ今この時から!私達道警捜査本部と礼子さんが率いる北見白狼会の有志達は貴女の極秘捜査に全面的に協力する!以上!」
彼、道警本部長の三橋凌矢管理官は声高々にそう宣言すると、自決を試みようとした、葛城美奈子さんを優しく立たせるのだった。
「……ったくぅ…道北の漢ってやつぁ何でこうも東京美人に弱いかねぇ……しゃあない…あたしも一肌脱がせてもらうよ!あたしの婚約者が関わってんなら尚さらだぁ……今回ばっかしぁいくらあんたが置いてくたって…あたし意地にでもついてくからね……」
彼女、第二代北見白狼会会長。神楽礼子さんは、やれやれと言う感情半分と、彼女にも、同じ女性として、美奈子さんが赤裸々に語り自決まで試みようとした思いの威に何か感じる物があったのだろう。
彼女はそう言うと、俺の右頬にそっとキスをした。
「……同じ…日本国内なのに……どうして?何でそんなにも他人に優しくできるの?……」
俺達のやり取りを見た直後、彼女、葛城美奈子さんは、恥も外聞もかきすてて、俺達の前、まるで子供のように泣き蛇食った。
「美奈子ちゃん…これが…これこそが道北の漢ってやつだよぉ……打算なんてあたし等にゃあありゃしないよ……あるなぁ底抜けの優しさだけだぁ……それに対してあんたがそいだけ泣けるってこたぁあんたの肌にゃあ都会のコンクリートジャングルぁ合わなかったってことさぁ……美奈子ちゃん…道北へよぉこそ!」
俺達の前で泣き崩れる美奈子さん、そんな彼女を見て、礼子さんも黙ってはいられなかったのだろう。
自身も流れ落ちる涙を拭いもせず、彼女の細身ながら、かなり筋肉質な体を抱きしめて、優しく微笑むのだった。