六話 二代目楓一家~狼達の帰還~②~
「楓海人に朝倉良治だな?お前等をこのまま北海道に帰す訳にはいかなくなってなぁ……関東龍神会…四代目里中浩二会長から被害届が出ててなぁ……おとなしく…同行してもらおうか?」
その捜査官はそう言うと、俺等二人に拳銃を突きつけるのだった。
しかしこのとき既に俺等は、晴海埠頭近くまで迎えに来てくれていた、初代楓一家晴海支部の組員達と一緒に車事フェリーに乗っており、海の上だったのである。
更にいうなら、東京湾を遥かに離れ、警視庁の管轄外へと出ていたのである。
「……さっきの捜査官達が言ってた事って…どういう事だよ……何で浩二さんが俺等に対して被害届出してんだよぉ!!」
俺がそう、語気荒くまくしたてたのは、東京湾を出てかなり北寄りに来た時だった。
「……自分も奴に一つのコマとしか見られてねぇって事に気づいてねぇあいつがバカなだけだぁ……別におめぇが気にする事じゃねぇ……ただ…あんな奴の事ぉ…ずーっと兄弟分だと信じてた…康太の事考えると正直…奴に対する怒りは否めねぇがなぁ……」
良治さんと康太さんは、同い年だ。俺が物心ついた時から良治さんも、康太さんも、俺を末っ子の弟みたいに可愛がってくれた。正直、そう言って顔を顰める良治さんを見るのが、つらかった。
「……海人よぉ…おめぇは相変わらず優しいんだなぁ……俺や康太の事ぉんなに心配してくれてよぉ……」
良治さんがそう言って、タバコを俺にすすめてくれたのは、晴海埠頭近くから乗船したフェリーが、函館のターミナルにかなり近くなった時だった。
「けどよぉ…良治さん……奴ぁ浩二さんまで手ゴマにして俺等追ってくるような野心家だぁ……このまま道北帰ってもよぉ…手配書回ってんじゃねぇのか?俺…そんな気がしてならねぇんだけどなぁ……」
フェリーのデッキにある喫煙スペース。
俺と良治さんは、北見に戻ってからというよりは、北海道に上陸した時点で、警察の手配書が出回っいるのではないか。
俺は正直、不安でしかなかった。
「仮に回ってたとしてもよぉ……おめぇは何にも心配すんなぁ…おめぇだきゃあよぉ何が何んでも…姐さんとこ連れて帰るからよぉ……」
良治さんはそう言うと、根元まで吸ったタバコを灰皿でもみ消して笑った。
「そんなこと…できる訳ねぇだろ?俺があんたと同じ立場なら…俺だってそうは言わねぇよ……けど…今の俺の立場ぁ二代目北見白狼会系二代目楓一家総長兼若頭だぁ……あんたを守る義務がある……それに今回の件ぁ…俺の言いだした事……あんたを見捨てて自分だけなんてできねぇ……」
俺がそう言ったのは、フェリーが釧路港に着いた時だった。
案の定、俺の予測どおり、俺達の乗ったフェリーが釧路港に着いた時その港周辺には多くの道警捜査官達により、規制線がはられており、いつもなら観光客だったり、漁協関係者で賑わうはずの釧路港は、閑散としていた。
「……さすが…姐さんが次期三代目に選んだだけぁあるな?海人よぉ……」
彼、朝倉良治さんがそう言ったのは、フェリーが釧路港に着く間際、俺達二人をここまで連れて来てくれた、北見黒狼会系晴海支部の組員の指示の元、漁協関係者に変装して規制線通過を試みよう時だった。
無論車も途中燃料補給に立ち寄った港で、漁協関係の車に乗り換え、その港町でここまで二人を連れて来てくれた組員に乗って来た車を陸路で先回りさせて、俺と良治さんは、漁協関係者として規制線を難なく通過するのだった。
規制線を難なく通過した俺と良治さんは、その車のまま今度は陸路で、北見漁港を目指し、そこで先ほど先回りして漁港に着いているはずの晴海支部組員と合流する手はずになっていたのだが、東京警視庁と北海道警察の連携は早くというよりは、奴、露木浩行と里中浩二の行動は早く、北見漁港に先回りさせていた晴海支部組員は、奴、里中浩二の差し向けたヒットマンの手にかかり、俺達二人が北見漁港に着いた時にはもう、既に抹殺されており、漁協の車を降りた俺達は、北見漁港に緊急配備されていた道警捜査官達によって、その身柄を拘束されてしまうのだった。
「楓海人に朝倉良治だな?おまえらにその男の殺人容疑がかかってる……おとなしく同行してもらおうか?」
ヒットマンに殺害されたであろう晴海支部の組員。その車内を覗き込む俺達に話しかけてきた捜査官は、何故か問答無用で拳銃を突きつけてきた。
「……あんたらが…本物の道警捜査四課の刑事ならの話しだがなぁ……わりぃけどよぉ…道警四課の捜査官にこんな野暮なまねする刑事…見た事ねぇんだけどなぁ!」
俺はそう言うと、着ていたロングコートの裾に縫いつけた小太刀を抜き身構えた。
「……ちっ…ばれちゃあしかたねぇなぁ……けど…どのみちてめぇらにゃあ命の保証なんてねぇよ……それに…俺達は警視庁の本職の警察官だ……」
その男達はそう言うと、スーツの内ポケットから自分達の身分証明書代わりの警察手帳を提示するのだった。
「……それなら尚のこと……あんたらの管轄外なんじゃねぇのか?どうしても俺達パクりてぇっていうんなら…道警本部長の三橋凌矢管理官にナシぃとおしてからにしてもらおうか」
奴等の無粋なやり方に、怒り心頭な俺を抑えて、奴等を鋭く睨んだのは、朝倉良治さんだった。
「……突っ込みかけるしか脳のねぇ……ただのバカだと思ってたがよぉ……以外に物知りなんだなぁ?
けど…残念だったなぁ……そりゃあ俺達が普通のデカだったらの話しだ……」
二人いる捜査官の内、壮年の捜査官はそう言うと、再度俺達に警察手帳を提示して見せるのだった。
そしてその、再度提示された警察手帳には、奴等二人が本職の警視庁の刑事であると同時に、奴等二人が管轄内外関係無く捜査に立ち入れる。
広域捜査班の刑事である事を意味していたのである。
「……やっぱりな…そう言うことかよぉ……相変わらず…汚ぇやり口だぜぇ……けどよぉ…さっきの言葉……あんたらにそっくり返させてもらうぜぇ……あんたら二人に関しちゃあこっちとらとっくに調査済みだぁ!差し詰め…あいつに金でも掴まされたんだろぅ?警視庁広域捜査班、班長の相沢京一さんよぉ……それとも何かぁ?目先の欲に目が眩んで俺の事ぉ忘れちまったか?俺だよ?四年前…あんたに謀殺された海原敬三と海原竜子の息子……海原良治だよぉ!!」
彼は一瞬だけ、俺に優しい兄のような視線を向けると、寂しく笑って、後は修羅の様相で、目の前にいる二人の刑事に襲いかかろうとした刹那だった。
営業時間外という事もあり、人気は無く、静まり返った北見漁港。
対峙して一触即発状態の、良治さんと警視庁広域捜査班の刑事二人。
突然闇夜を切り裂き飛んできた銃弾に、二人と一人が手にした拳銃が撃ち払われていた。
「はやまんじゃないよ!良治ぃ!!その二人ぁあの腐れ外道が放った咬ませ犬だぁ!」
そういう女性の声と共に、闇が支配していた北見漁港が、真昼の如く明るくなった。
「姐さん!!なんでここに?」
まばゆいほどの光の向こうの女性に、彼がそう言った時、このチャンスを逃したら、彼を助けるチャンスは二度と無いと踏んだ俺は、呆然とする彼を抱きすくめ、安全圏に彼を避難させるのだった。
「良治さん!姐さんが助け船出してくれたんだよぉ!凌矢さん達に連絡してよぉ!!」
安全圏に避難させても、未だ呆然とする彼に俺は、彼の肩を掴み揺さぶった。
それと同時に、放たれる投光器の光の中から何人もの道警本部の捜査官達が現れ、俺と良治さんをガードするように、奴等二人と対峙した。
「三橋凌矢管理官…その二人の身柄…こちらに引き渡してもらおうか?その二人は我々が東京から追って来た重要参考人……それに…道警本部長の貴方なんかより我々警視庁広域捜査班は立場が我々の方が上だ……そちらに引き渡しを拒否する権限はない!」
再びそう口火を切ったのは、先ほどの壮年の刑事、相沢京一だった。
「……ここまで無粋な手法を取られて…私達に拒否権が無いとは…はっきり言って笑止!貴方方が警視庁捜査四課警部…露木浩行氏の咬ませで無いのならば話しは別だが…残念ながら貴方方が彼に金銭で回収されたクズ以下の人間だと言うのは調査済みでしてね……よって…楓海人ならびに朝倉良治の両名の身柄…そちらにお引き渡しする事は出来ませんね……警察関係者以前に貴方方には人としての道理すら感じられない!顔を洗って出直されよ!」
彼、三橋凌矢管理官は、毅然とした態度で二人の刑事と接していた。
「……貴方方は正気ですか?たかが道警の本部長如き階級で警視庁の刑事である我々に対してそこまで楯突いて……この警察組織内で生きて行けるとお思いか?」
彼の毅然とした態度に対して、壮年の刑事、相沢京一は、呆れて肩をすくめ苦笑するだけだったのだが、もう一人の若手刑事、村田康彦はそういうと、さらに凌矢さん達に詰め寄った。
「……あんた達に関しちゃあ呆れて物も言えないねぇ……あんた達があのバカ二人にどいだけ金ぇ掴まされたか知らないけどさぁ…あの男にしたらあんた達二人はおろか…あの男だってただの捨てゴマ……まぁ…せいぜい気ぃつけるこったねぇ……」
彼女、神楽礼子さんはそういうと、先ほど撃ち払った拳銃を再び拾い、自分達の失態を隠蔽するために自決を試みようとした二人の拳銃を再び弾き飛ばし、なおかつ、二度と使えないように、二人の拳銃を完全に破壊するのだった。
「あんた達二人…そうやすやすとは死なせないよ!あたし等のシマ内でこいだけ派手に踊ってくれたんだぁいくらあんた達が警視庁広域捜査班の刑事だからってさぁ……やって良いことと悪いことがあんだろぅ?警察関係者があたし等極道者のシマ荒らしを擁護するってぇのは…どう言う了見なんだえ?」
この期に及んでもまだ、何か口答えしたそうな素振りを見せる二人。
彼女、第二代北見白狼会会長の神楽礼子さんはそういうと、着物の帯に携えた小太刀の柄に手を添えて二人の刑事を威嚇した。