五話 二代目楓一家~狼達の帰還~①~
撃ち止まぬ銃声と、時折聞こえる怒声。今現状に至るまでに俺は、いったい何人の組員達を斬り伏せたのだろう。
銃器に頼りすぎる近代のヤクザ者達よりは、幾分かは徒手空拳の喧嘩に慣れている俺と良治さんでも、数で伐って出てくる奴等に対して無傷とはいかず、体各所に出来た斬り傷だったり弾痕だったりが増え、徐々にではあるが、俺等二人の体力を蝕んでいた。
「海人君!良治君!君等は少し下がって休め!俺の義兄弟皆上康太が本物の漢と認めた二人だぁ!俺等の事はいい!自分達が無事に道北へ帰る事だけ考えろ!」
いくら若くとも、二人の故郷北海道からの長旅に加えての続く連戦、体の動きに徐々に疲れが見え始めていたのだろう。
彼、里中浩二さんはそう言うと、自分付きの組員を何人か、俺等二人の援護に回してくれ、俺と良治さんに下がるように指示を出してくれた。
しかし、俺等の間に出来た一瞬の隙を、奴等が好機とばかりに逃すはずも無く、一斉攻撃を仕掛けてくるのだった。
そして、一時間後、里中派の組員達は、反里中派の組員達の集中砲火の餌食になり倒れ、いつしか残ったのは、俺と良治さん。浩二さんの三人だけになっていたのだが、それは対する奴等も同じ事で、俺等に集中砲火を浴びせた反里中派の組員達は、たった三人だけになっても尚、臨戦態勢を崩さぬ俺等に恐れをなしたのか、拳銃を投げ捨てて散り散りに逃げ出す者が続出した。
「待てやぁこらぁ!まだ終わってねぇぞぉ!てめぇだきゃあ生かしちゃおかねぇ……てめぇと皆上康太の二人ぁどいだけ俺の計画狂わせりゃあ気が済むんだぁ!」
自分を守る組員達が、次々に逃げ出す中、奴だけは、先ほど俺に斬り落とされた両腕をジタバタとみっともなく強がるのだった。
「……ったくぅ…みっともねぇ強がりしやがってよぉ……計画狂わされたなぁ俺と康太の方だぁ!道北のヤクザ者たぁ互いにシマは荒さねぇって契り交わしてたんだよぉ!それをてめぇがめちゃくちゃにしたんじゃねぇかよ?川島よぉ!!」
奴の、極道者とはほど遠く、みっともないことこの上無しの発言に、俺達三人は、それぞれに怒り心頭だったのだが、彼だけは、特別に複雑な思いがあったのだろう。
彼はそう言うと、奴の手放した拳銃を拾い上げて、それを奴の眉間に押し当て、そのまま何の躊躇いも無く、その拳銃を発砲するのだった。
至近距離から眉間を撃ち抜かれ、奴、川島良悟が血の海にその身を投げ出した時だった。
この一連の騒ぎを聞きつけて、近隣住民が通報したのだろう。俄に騒がしくなった屋外から、十数人の警視庁捜査四課の捜査官達が一気に屋内へとなだれ込んできた。
「……浩二よぉ…こりゃまたずいぶん派手に踊りやがったなぁ?けどまぁ…この現状から見るにおめぇらに非はなさそうだな?けど…まぁ…なんだぁ……このままお構いなしともいかねぇのが俺等宮仕えのつれぇとこでよぉ……形式だけ…近くの警察署まで同行してくれねぇか?」
そう言って、並み居る警官達を押し分けて姿を現したのは、ぼさぼさの頭髪に、伸び放題の無精ひげ。おおよそ刑事とは思えない風体の男だった。
「……わかったよぉヒロさん……」
浩二さんと彼もまた、ずいぶんと付き合いは古いようで、浩二さんは、彼のその刑事らしからぬ格好に破顔した。
「……あぁあ…やっぱ提示しねぇとまずいわなぁ……露木浩行警部だぁ…そちらの若い二人もこれで少しは納得してくれたかぁ?」
彼は何とも間の抜けた事を言いながら、これまた、ヨレヨレのスーツの内ポケットから、警察手帳を提示して見せてくれたのだが、そのだらしない格好とは裏腹に、目つきはやはり、現場たたき上げのベテラン刑事だなというのが、俺等二人の彼から受けた第一印象だった。
そしてその後、彼に促された俺等三人は、近くの警察署に行ったのだが、最初に彼の言ったとおり、本当に形式ばかりの調書を取られただけで、あっさり処分保留の証拠不充分で、これまたあっさり帰されたのだが、俺と良治さんからすれば、何ともすっきりしなかった。
「……あの人の事ぉ印象悪く思わねぇでやってくれねぇかな?あの人ぁよぉ……数年前までは四課きっての敏腕デカだったんだ……ただ…被疑者逮捕には手段を選ばねぇ人だったからよぉ……知らずの内に多方面から恨みを買っちまってたんだろうな……仕事以外じゃあよ愛妻家で子煩悩パパだったあの人だけどよぉ……家族旅行中に…てめぇの目の前で奥さんと娘さん…殺されちまったんだ……それも…川島派の内の組員になぁ……あの人いわく…撃たれそうになった自分を奥さんと娘さんが庇うように撃たれたらしくってな……」
浩二さんがそう言ったのは、最寄りの警察署を出て、成田空港に向かう彼の運転する車中だっ
た。
「……やっぱりな…あの人見た目は全く刑事らしくねぇけどよぉ…目ぇ見て直ぐにわかったよ……あんときのあの人の目ぇは間違い無く本物の刑事の視線だった……」
浩二さんの言葉を黙って聞いていた、俺達二人。
何か思案にくれる様相で、良治さんがぽつりと言った。
「……良治さん…あんたぁさっきから変だぜぇ……さっきの刑事と何か因縁でもあんのかよ?」
空港に着き、札幌行きの飛行機の搭乗ゲートへと二人して歩いている時俺は、今まで疑問に感じていた事を、彼、朝倉良治さんに聞いてみた。
「……ふ…ガキの頃からの五分義兄弟のおめぇにゃあ隠し事はできねぇなぁ……あの露木って刑事の事だ……さっき浩二さんが言ってた事と…俺の知る露木浩行は全くの別人だって事だ……あいつは確かに…現場たたき上げの刑事……ただ…あいつは家庭を持てるほどまともな男じゃねぇよ……」
俺の問いに対して、彼がそう言った時、俺自身もあの時感じたあの男の野心が見え隠れしていた視線を思い出していた。
「……道北帰んのは…もう少し後になりそうだな?あんたの今言ってた事…当たってたとしたら…奴が次に命を狙うのは自分の過去を知りすぎてる浩二さんだぁ……」
俺がそう言ったのは、飛行機の搭乗ゲートで、飛行機への搭乗を二人分、キャンセルしようとした時、彼がそれを止めた。
「慌てんじゃねぇよ海人よぉ……奴があの男を殺す訳ねぇよ……何故なら…奴と里中浩二は一蓮托生…同じ穴のムジナって事だぁ……それから…さっきあの男が俺等二人に話した事ぁ全部奴の作り話し……
奴等二人の狙いは…龍神会を解散に追い込み…更には俺等道北ヤクザも排除したいらしい……それにだ…今妙な動きをするなぁ得策とは思えねぇ……さっきからここに着くまで…ずーっと四課の刑事が二人俺等を尾行してやがる……ここで一騒動起こしゃああっという間にそこら中から捜査官達出てきて大捕物の始まりだぁ……それだきゃあ何としても回避しねぇとなぁ……数多くの一般人巻き込む事んなっちまうからなぁ」
良治さんは、小声で俺にそう耳打ちすると、粛々と俺等二人を尾行してくる警視庁捜査四課の刑事達をチラ見して、俺等二人は、何食わぬ顔で搭乗手続きを済ませると、札幌行きの飛行機に乗り込もうとした刹那だった。
管轄内、管轄外の問題が生じるからだろう。今まで付きつ離れつ俺等を尾行してきていた捜査官二人が急に俺等二人の間を縮めるように、尾行距離を詰めてくるのだった。