三話~二代目楓一家激闘~②~
「……康太さん…今までのご苦労…痛み入ります……まだまだ若輩者の俺ですがよろしく頼んます!」
俺は語尾に力を込めてそういうと、彼の差し出したタバコを一本もらうのだった。
「二人とも!さっさとズラかるよ!最近の他所者騒ぎに道警本部も躍起になってる……こんなとこでパクられたら…それこそ全て水の泡んなっちまうそんなんだけは意地にでも避けたいからねぇ……」
そう言って、惨憺たる現場で感傷に浸る俺達二人を急かしたのは、自らがハンドルを握り、康太の運転し来た車を俺達二人の真横に停めた、神楽礼子会長だった。
「……これは明らかに奴等の策略です……現…関東龍神会三代目の座を射止めた…川島良悟という男の……奴が初代を勤める川島一家ぁ俺達龍神会の中でも俺と義兄弟の間柄にあったかつての盟友…里中浩二…裕司兄弟が起こした龍神一家と肩を並べる筆頭組織だったんです……奴ぁ…自身が龍神会でてっぺん上り詰めるのに俺達龍神一家が目の上のコブだった……けど…手勢じゃ勝るが実力は明らかに俺達が上だった……だから奴ぁ…俺達の突き崩しを図ったんすよ……手始めに…里中の兄弟をシャブ漬けにして……」
あの惨憺たる現場から、半分ほどの道のりを北見白狼会本家事務所に戻る車中。彼、皆上康太は哀しみ半分、怒り半分の複雑な心境で、これまでの経緯を語るのだった。
「……康太?いつも言ってんでしょ……あんたはもう龍神会の人間じゃないって…それからぁ!今後二度とあたしの居るときにぃ!自分の事ぉ外様ヤクザなんて言ってみなぁ!そんときゃあ!あたしぃあんたをぶった斬るからねぇ!覚悟しときなぁ!」
車の後部座席に同乗する俺でさえ、今の康太さんの心情は推し量れなかった。
それなのに、やはり彼女はすごい。この道北任侠界を見わたしても、彼女程義侠心に真っ直ぐ過ぎるくらいに向き合う人間、生まれてこの方見た事が無い程に、彼女の気迫は凄かった。
「……若輩者の俺がわかったふうに言うなってあんたぁ想うかもしれねぇけどよぉ……姐さんの言うとおりだと俺も想う……あんたぁもう関東龍神会の人間じゃなくぅまだまだ駆け出しの二代目若頭の俺の補佐役兼相談役としてぇ…御指導御鞭撻の程ぉ!よろしく頼みます!」
かなり古くからの知り合いな感じの二人、礼子さんの心情も、康太さんのどうにもやるせない心情も、第三者の俺には二人の心情がまるで鋭利な刃物のように心に突き刺さった。
「……すんません…姐さん……ちっとまた…俺の悪い癖が出ちまったぁ……けど姐さん…いざとなりゃあ構うこたぁねぇ……遠慮無く俺の事ぉぶった斬ってくださいやぁ……」
彼、皆上康太さんが静かにそう言ったのは、あれからは道中何事も無く、三人無事に北見白狼会本家事務所に戻った時だった。
「バァカ…そんなことマジに受けんなってぇ……何でもそうやって…全部てめぇの腹ぁおさめちまう……それ…あんたの長所であり短所だよ……あんたと里緖ちゃんとリーファンはあんたの義兄弟だった里中浩二さんから預かった大事な彼の忘れ形見なんだからさぁ……」
今は自分の主でもある、北見白狼会二代目会長、神楽礼子さんの言葉の跡、何かの決意を固めた素振りを見せた康太さんに、今度はまるで、意固地になった弟をなだめるかのように、彼女は優しく彼の肩をポンと叩くのだった。
しかしこの時、俺達三人が決起にはやるよりも先に、奴等関東龍神会の動きは速く、奴等の魔の手は既に北見白狼会本家事務所にも伸びており、俺達三人が、白狼会本家事務所に立ち入った時、そこには惨憺たる光景が展開されていたのだが、戦況は明らかに、数では劣るが実力者揃いの白狼会有利に展開されていた。
白狼会側の組員達も、幾人かの負傷者はいたものの、誰一人として、命に関わる重傷を負った者はおらず、むしろ敵方の襲撃部隊の方が、死者、重傷者の数は歴然としていた。
今尚続く襲撃部隊の攻撃にも、誰一人として倒れる事無く善戦していたのである。
俺の父親、楓隼人と先代北見白狼会会長の神楽竜二さんと、長年康太さんのボディーガードとしてその名を馳せた、一ノ瀬里緖、リーリーファンの四名と、俺の父親が率いる初代楓一家が先陣を切り、数では勝る敵襲撃部隊をほぼ、殲滅状態に追い込んでいたのだが、俺の父親に至っては、かなりの深手を受けており、最早戦闘不能に近かったのだが、かつては東京の西新宿の裏町で闇医者を取り仕切っていたリーレイファンを父にもつ娘、リーリーファンの迅速かつ手早い看護のおかげでどうにか一命を取り留めており、朝倉源治北見黒狼会会長とその二代目を継承した彼の実子、朝倉良治親子も無事で敵方の銃弾に屈する事無く善戦していた。
「……てめぇ等ぁ…随分と派手に踊ってくれたなぁ!俺等ぁ親子がぁ!そんなに目障りかぁ!」
惨憺たるその現場に踏み込んだ刹那俺は、自身のこめかみの血管が音を立てて切れたのを感じ、その修羅の様相のまま、段平片手に、十数名の襲撃部隊の本丸めがけ、一直線に斬りかかっていくのだった。
「里緖!リーファン!カシラを援護しろ!今のカシラぁ怒りに我を忘れてる!めちゃくちゃ危険な心情だぁ!」
ふと我に返れば、この時の俺の心情は、酷く危険だったのかもしれない。他の者には目もくれず、襲撃部隊の本丸に一人斬りかかって行った俺を心配して、康太さんが二人に激を飛ばしてくれた事で、突っ込みかける俺の両サイドを、一ノ瀬里緖とリーリーファンの二人がしっかりとガードしてくれたおかげで俺は、危うく命拾いをして尚、思う存分に段平の白刃を振るう事が出来、敵、襲撃部隊をほぼ全員殲滅させる事が出来たのである。
「お話しは姐さんからも康太からも伺っております……やぶさかではないでしょうがリーファンと二人…援護させていただきました……」
俺が敵方をほぼ全員殲滅させた時、彼女一ノ瀬里緖はその容姿とは裏腹に、かなりのハスキーボイスでそう言うと、ともに俺の援護にまわってくれたもう一人の長身の女性、リーリーファンとともに俺の前に傅いた。
「…頭を上げてください……まだまだ駆け出しの若輩者…これから以降もまたお二人の力を借りなくてはならないこと…多々あると思います……それからリーファンさん…親父を助けてくださり感謝します……」
俺はそう言うと、自身の前に傅く、一ノ瀬里緖、リーリーファンの両名に立つように促した。
「ちょいと里緖ぉ…あたしの旦那になってくれるっていう彼をそんなに困らせないでやっとくれ?
彼はめちゃくちゃウブな男でね……けどそこがまた…可愛いくって仕方ないんだけどね……」
そう言って、女性二人に傅かれ、赤面してしまっていた俺を見かねてなのか、礼子さんがフォローになっていないフォローをしてくれたのだが、その場に居合わせる誰もがまだ、臨戦態勢を緩めた訳ではなく、襲撃部隊本丸にて、様子をうかがうであろう黒幕が姿を現すのを待つかのように、改めて、それぞれが持つ手持ちの武器を持つ手にも力が込められた。
「……二代目北見白狼会系楓一家二代目…楓海人だぁ!いい加減出てこいよぉ……腐れ外道の親玉さんよぉ!!」
俺は全ての殺気を片手下段に構える段平の刃にのせて、襲撃部隊の本陣に改めて宣戦布告するのだった。
「はぁあ?だぁれが腐れ外道の親玉じゃあ!こっちこそがっかりだぜ!俺等の道北侵攻を阻止しようとしてたのがぁ十八を少し過ぎただけのガキだったたぁなぁ!ったくウチの親父もヤキがまわったもんだぜぇ!」
俺の挑発行為にそう言って左ハンドルの外車の後部座席から降りて来たのは、二十歳を少し過ぎたくらいの若い男だった。
「……あんただったんだな…実の親の決め事ですら聞かなかった人間…外道と呼ばなきゃよぉなんて呼びゃあいいんだぁ?それにだぁ黒狼会が無くなかった今…俺等親子がそちらさんに義理立てする必要も無いんでねぇ……悪いが…道外からの侵略者になるあんた等を生かして道外返す訳いかねぇからよぉ全力でつぶさせてもらうぜぇ!」
「勘違いすんなよ小僧ぉ俺等ぁもともとてめぇ等なんて眼中にねぇよ!ウチからの裏切りモンを始末したらさっさと帰らせてもらうぜぇだだっぴろいだけでぇ何の旨味も見込めねぇ道北にゃあ俺等都会モンにゃあ肌があわねぇからよぉ……」
奴のその暴言は、その場に居合わせた全ての人間の逆鱗に触れており、奴に生きて東京に帰れる望みを自身の一言で無くしてしまった事、奴は全く理解していない素振りを見せるのだった。
「……洋平よぉ…おめぇバカじゃねぇのかぁ?おめぇはよぉてめぇでつぶしちまったんだぜ……生きて東京帰れるチャンスをよぉ……それからもう一つ…こいつぁ俺からの最後通告だと思ってよぉく聞けよ…今ならまだウチのカシラの衝動ぉなんとか止めれるかもしれねぇ……けど…そいつぁてめぇ次第だぁ!もしてめぇがこれ以上俺等を逆上させんならぁ…おめぇのオヤジにゃあ申し訳ねぇがてめぇにゃあここで死んでもらう!」
そう言って、怒り心頭で今にも斬りかからんばかりの俺と礼子さんを制して奴の前に出たのは、奴が裏切り者と名指す、皆上康太、一ノ瀬里緖、リーリーファンの三名だった。
「はぁあ?龍神会の裏切りモンがぁ!ねむてぇことほざいてんなよぉ!今回てめぇ等がやったなぁよぉ…龍神会の組員のほんの一部よぉ……電話一本でぇこの場に駆けつける命知らずぁまだまだ居るんだよぉ!」
彼のかけた情けも知らず、奴はただ、人数にかまかけて野放図に強がるだけだった。
「……洋平…おめぇにゃあ何言っても無駄だったみてぇだなぁ……カシラぁ!二代目ぇ!もうお二人の衝動ぉ抑える意味ぁたった今ぁ無くなりましたぁ!存分にぃ心行くまでぇ暴れてやっておくんなさい!」
彼、皆上康太はそう言うと、里緖とリーファンを伴い、先陣切って奴に突っ込みかけるのだった。