二話~二代目楓一家激闘~①~
「二代目ぇ…親父達を頼んます……八人程の手勢ならぁ俺一人で充分だぁ!」
事務所周りを包囲した関東系のヤクザ者達がいつ、銃弾を撃ち込んできてもおかしくはないこの危機的状況下、俺は咄嗟にそう判断を下すと、事務所内に設置されていた、緊急避難用の地下シェルターに、親父達初代楓組の面々と、北見白狼会二代目、神楽礼子会長に、一時的に避難してもらうように幹部連と、神楽礼子会長にそう進言するのだった。
「…海人君…あんたぁ漢だねぇ……けど…あんたがた親子にゃあこれからはあたし等白狼会の中枢を担ってもらわなきゃならない大事な人材だぁ……あたしも行くよ!」
彼女はそう言うと、こういう事態に備えて来ていたのだろう。
着物を脱ぎ、着ながし姿になった彼女の帯には白鞘の小太刀が携えられていた。
「…叔父貴……あたしと御子息とで奴等を引き付けます…叔父貴夫妻はその間に事務所裏に停めてあるあたしの車に乗って白狼会事務所で待っててください!あたし等も時期に戻ります!」
彼女は口早にそう言うと、既に臨戦態勢の俺と一緒に、事務所周りを包囲するヤクザ者達の渦にその身を踊らせた。
この喧嘩、誰がどう見ても多勢に無勢で、手持ちの武器も、二人が振るう白鞘の小太刀二本。対する相手は全員が拳銃で武装、戦況は明らかに俺達の不利ではあったのだが、拳銃に頼り過ぎる近代のヤクザ者達に対して、手持ちの武器の特性をフルに活用して尚かつ、徒手空拳の喧嘩にもたけた俺と礼子さんの敵では無く、物の数分で俺達二人の戦闘能力の前にわらわらと敗走していくのだった。
しかしこの時の俺達二人には、勝機に歓喜するよりも先に、黒龍会本部事務所にいるであろう、朝倉源治、良次親子の安否が気遣われた。
「二代目…俺達みたいな少数派組織の事務所にまで刺客を送り込んでくる連中だぁ……朝倉のおやっさん達の命運が気になります……いくら自分たち親子を絶縁処分にしたたぁいっても…やっぱり朝倉さん親子ぁ俺にとっても親父にとってもやっぱりオヤジなんすよぉ……二代目ぇ!親父達の事…よろしく頼んます!」
俺はそう言うと、黒龍会本部事務所に踵を返し、彼女と反対方向へと歩き出そうとした時だった。
「……ったくぅあんたってぇ子はどこまでも武骨なくらいに真っ直ぐなんだねぇ……けど…朝倉さん親子の安否なら何の問題も無いよ……あたしの父親が動いてくれてる……今ころぁあたし等の事務所に避難して無事なはずだよ……
さ…あたし等も帰ろう……」
あたしはそう言うと、彼の頭を自分のあまり膨らみの無い胸に抱きしめたのだが、その瞬間、彼の想いと、彼を取り巻く人々の感情が流れ交わる川の水のように流れ込み、不覚にもあたしは、彼の頭を抱き寄せたまま涙が止まらなかった。
「……泣かねぇでくださいよぉ二代目ぇ…親父からお話しは色々うかがっております……二代目の事も親父さんの事も……二代目ぇ!不詳ぉ二代目楓一家総長!楓海人!身命をとしてぇ御奉公する所存!何とぞ…よろしくお頼み申します!」
俺はそう言うと、彼女の手を優しくほどき、彼女の前に傅いた。
「頭をお上げよ…ねぇ海人ぉ……女のあたしから告白なんて変に思うかも知んないけど…それに歳だって離れ過ぎてるかもだけど…あたし…あんたとなら夫婦の契りを交わしても絶対うまく行くって思うんだよねぇ……海人ぉあたしの旦那になってくれない?」
純粋過ぎるくらいに純粋な彼だから、顔を耳まで真っ赤に染めるだろう事もあたしには予想が出来たけど、あたしとしてもここで繫ぎ止めておかないと、彼はあたしがこの北見の街で出会った男の誰よりもイケメンに思え、他の女には絶対取られたくなかった。
「……二…二代目ぇ……ありがとうございます……けど今は一刻も早く関東龍神会の侵攻をくい止めるのが先決……それが終わった後…俺にまだ命があれば…その時は今のお話し喜んでお受けいたします……いずれにしろご安心ください……この命尽きるまで二代目のお側を離れるつもりはありませんから……」
俺がそう言ったのは、俺達二人の安否を気遣い、近くまで二人を迎えに来てくれた、元、関東龍神会系龍神一家二代目で今は、彼女、神楽礼子率いる二代目北見白狼会の舎弟頭を勤める皆上康太という男が運転する車の後部座席だった。
「二代目…そんなにカシラぁ揶揄わないでくださいやぁカシラぁ純粋なお人ですからね……」
車の後部座席でイチャつくあたし等二人をルームミラー越しに見て、彼が優しく笑った。
「ところで康太さん…頼んどいた件探り入れてもらえましたか?」
役所は俺が上だが、歳は彼の方が俺より四つ年上になるためか、彼との会話は、いつも俺が敬語で話していた。
「カシラぁ…いい加減その敬語で話すのやめてくれませんか?カシラの年長者を敬ってくれるなぁありがたいんですがね…役所ぁ俺よりあんたのが上なんだぁ……もっとでぇんと構えといてくださいよぉ……それと今回の一連の騒動ぁ俺等元龍神一家にも責任の一端があることだぁ……俺等がこの道北攻め込んだ時ぃ全てを笑って許し下さった二代目のおやっさんや今俺等が御奉公させて頂いてる二代目やらに受けた恩は仇じゃ返せねぇって言うんでそのへんぁしっかりと探り入れときましたよぉ……」
そして彼の話しが、本題に入ろうとした時だった。
「……康太ぁ…本題ぁ事務所着いてから聞くぜ……とりあえずそこの路肩に車停めなぁ……さっきから一台…旧楓組の事務所を出てからずぅっとつけてきやがる車がいんだよなぁ……奴さん何人いるかわかんねぇけどよぉ……俺がおとりになって飛び出すからよぉおめぇは姐さん頼んだぜ!」
俺は口早にそう言うと、小太刀を抜いて、一人車外へと飛び出したはずだったのだが、何故か、康太さんと礼子さんがとなりにいた。
「やっぱ…一人より三人でしょ!カシラが鬼みてぇにつえぇなぁ俺も姐さんも充分わかってます……けど…わかってやちゃもらえませんか?俺の義侠心と姐さんの乙女心を?」
彼はそういうが早いか、俺に襲いかかろとするチンピラを三人瞬殺の勢いで仕留めていた。
「……二人にゃあかなわねぇなぁ!けど…こういう数で伐って出て来る奴ぁよぉ周りを攻めるよりこいつら束ねてる頭つぶしちまった方が早ぇ!康太と姐さんで援護射撃頼んます!」
俺は口早にそう言うと、初代楓組改め、二代目北見白狼会直参。二代目楓一家総長兼二代目北見白狼会若頭襲名と同時に彼女、神楽礼子二代目会長より拝領した、赤鞘の段平を抜刀すると、車内で守備を見守っていたであろう、この一団の頭目格の男に斬りかかっていくのだった。
「二代目北見白狼会若頭!楓海人だぁ!あんたも!関東龍神会の中枢を担う組織の頭ならぁ!兵隊ばっかぶつけて来ねぇで先ずはてめえで先陣切ってみちゃあどうよぉ?三代目龍神一家総長の里中裕司さんよぉ!!」
俺はそう啖呵を切ると、襲い来るチンピラを瞬殺の勢いで殲滅させ、その返り血まみれの刃そのままに、車内に身を潜める男、里中裕司に片手下段の構えから斬りかかっていったのだが、それよりも早く、奴の発砲した銃弾を不覚にも自身の利き手でもある右肩に被弾してしまった。
「裕司ぃてめえ!俺のカシラにぃ何火ぃ吹いてくれてんだぁ!」
彼、皆上康太は烈火の如く怒りを露わにすると、彼に自身の持つ拳銃を弾き飛ばされ、恨めしげに彼を睨む奴の眉間に自身の持つ拳銃を突きつけると、何の躊躇も無く至近距離から、奴の眉間を撃ち抜くのだった。
口から血煙を吹き、下半身と上半身が左右逆方向に折れ曲がる状態で奴は絶命していた。けれど彼の拳銃から発砲される銃弾は止まらず、拳銃のスライドストップがかかるまで放たれ、その結果奴の身体はその原型を留めず、一枚の肉片と化していた。
「……康太…ありがとよぉ…すまなかったな…つれぇ想いさせちまってよぉ……」
龍神一家の次代を担うはずだった、彼が龍神一家二代目時代から自分の補佐役を担ってくれていた。彼の五分義兄弟だった初代龍神一家総長の里中浩二の実弟でもある里中裕司を殺め、血涙に咽ぶ彼に俺は、感謝の念を伝えるのが、せえいっぱいだった。
「……カシラぁ…頭ぁ上げてくださいやぁ……俺が龍神一家の二代目だったなぁもう…遠い昔の話しです…今の俺の主は白狼会の二代目を襲名なさった礼子お嬢と…楓一家二代目総長の楓海人さんだぁ
それに何より…道外から来た外様ヤクザの俺達がこの広い北の大地を駆けめぐって来なさったお嬢親子とカシラ親子の恩義に報いるにゃあこれくれぇの意地ぃ見せねぇとヤクザとしちゃあ生きていけねぇんですよぉ……」
彼は、しみじみと自分達がこの広い北の大地に来た経緯を語り、肉片と化した里中裕司の遺体の傍からたち上がり、着ていたダークスーツのサイドポケットからハイライトを出して、俺にすすめた。