十話 二代目楓一家~狼達のエピローグ~③~
「ちっと落ち着きなせぇよ三代目ぇ……こかぁわし等ぁ年寄り連中に任しときなぁ……あの二人の狙いわぁ間違なくおめぇさんがたぁ若衆の逮捕だぁ……けどそんなこたぁわし等が断じてさせんよ……それからぁ良治ぃ…血の繋がりなんて全くねぇ俺のことぉよぉ本当の親子以上に接してくれてありがとよぉ……三代目ぇ!改めてぇ!内の倅をよろしくお頼み申しやす!」
そう言って、俺等首脳陣の前に傅いたのは、白地にストライプ柄のダブルのスーツを着た、北見黒狼会初代の朝倉源治さんだった。
「なに眠てぇこと言ってんだぁ親父ぃ……誰がなんと言おうが…俺の親父ぁあんただけだ……勝手にくたばりやがったら承知しねぇからなぁ……無事に帰ってきてぇ…また聞かしてくれよ…あんたの過去の武勇伝をよぉ……三代目ぇ!東京方面ぁ親父達古参に任せてぇ!俺等ぁ若衆全員でぇ!この道北全土を守ることに専念させてもらいましょうやぁ!」
義理の父親、朝倉源治さんとの会話を終えた後、彼、朝倉良治さんはそういって俺の前に傅いた。
「ちょいとお待ちよ……そいつぁ得策たぁ思えないねぇ……それに…あの二人がこの騒動で起きた殺しに深く関わってたとしてもだぁ……今回の凌矢殺しぁ全くの無関係……関わってるとすればおそらく…凌矢の義理の姉で前道警本部長の信楽深雪って女だとあたしぁ睨んでんだけどねぇ……」
今回の一連の騒動に終止符を打つため、北見白狼会本家事務所の大広間に集まり、決起にはやる俺達第三代北見白狼会首脳陣。
そう言って苦言を呈したのは、二代目北見白狼会会長で、今は俺の嫁でもある楓礼子さんだった。
「……感の良いあんたならとおに気づいてるはずだよ海人……いや…この場合は三代目って言うべきかねぇ…あたし等ぁ二人が最期を看取った…美奈子の姉さんの殺され方さ…美奈子の姉…葛城恵梨香を手に掛けたなぁ妹の美奈子じゃないよ……いくら警視庁の堕天使なんてあだ名され…いくら多くの罪人を冥府に送り過ぎたからってあの子にゃあ姉を殺すなぁまず無理だね……それにあの時…恵梨香の躰に撃ち込まれた鉛玉ぁ全部で五発…それも全弾全て大型拳銃から発射された九ミリの鉛玉だぁそれもご丁寧に全弾全て確実に人体の急所を撃ち抜いてる……けど…これに関しちゃあ合点のいかない部分もいくつかあるんだ……仮に恵梨香が成り上がりから警視庁の副総監になった人間なら合点がいくんだけど…そうじゃない……なぜなら彼女は警視庁随一を誇る射撃の名手……そんな彼女があんなにもあっさりと撃たれるなんて絶対あり得ないことだし…もし仮に彼女と奴の間にトラブルがあったとしても……奴もまた…命に関わる重傷を負ってるはず……とまぁ…あたしの見解はそうなんだけどねぇ……けど悔しいかなこれは警視庁内部の問題だぁ…あたし等ぁ第三者が踏み込む余地はない……けど…この騒動の渦中の一人…浩行さんの次の強行を止める手助けくらいわできんじゃないかねぇ……」
あたしはそういうと、あたしの右隣に座る自身の夫。楓海人のさらなる意見を求めるように彼を見据えて、紫煙をくゆらせた。
「……そうだな…けどその前にもう一人……美奈子さんにもナシぃ通しとかねぇとな……こいつぁ俺等だけで阻止できる問題じゃねぇ……あの人のやろうとしてる事ぁ美奈子さんの姉さんの仇討ちだぁこれにゃあ一つの不運がある
……姉の愛したあの人を…妹の美奈子も愛しちまったって不運がなぁ……」
彼もまた、思案の末に重い口調でそう言って、あたしと同じショートピースをくゆらせた。
「……極道としての所作ぁ何ひとつ教えちゃいねぇのに…おめぇって奴ぁ……てぇした漢だぁ……それから海人ぉ…いや…三代目ぇ内密にお三方に会いてぇとお客人がおみえです……」
これからの行動指針に思考をめぐらす俺達、三代目北見白狼会首脳陣。
その重苦しい空気感を切り裂くように、俺の父親、楓隼人の低くドスのきいた声が静まりかえる大広間に響き、その後ろに立つ、肩まではあろう黒髪をポニーテールに結び、黒のキャップに、黒革のボディースーツを着て、右手にはライフルケースを携えた長身の女性が一緒に大広間へと姿を見せた。
「……美奈子ちゃん…あたし等に同行してくれようって気持ちはあたし等痛いほど嬉しいよぉ……けど…それをしたら道警本部長としてのあんたの立場が危うくなるだけじゃないのかえ?あの人が…浩行さんがそんなこと…望んでいるたぁあたしぁ思えないんだけどねぇ……あの人のこたぁあたし等に任せてくれないかえ?決してあんたの悪いようにゃしない……」
俺達、三代目北見白狼会首脳陣が話し合いをする、北見白狼会本家事務所大広間、その下座に位置する場所で、俺の父親、楓隼人と共に座る彼女葛城美奈子に対して、先代会長にして俺の嫁でもある楓礼子が、静かに諭すように言った。
「……今朝方…彼本人からあたしの端末に直接電話がありました……彼は…姉の仇と…本当の意味での仇の存在を突き止めたと言ってました……おそらく彼は…全てを自分一人で終わらせて自分も死を選ぶつもりです……その彼からあたしが最後に言われたのはあなた方の完全警護!それと…良次君と海人君にあの時はすまなかったと……それから!竜二さん!隼人さん!源治さん!お三方のご子息はあたしが必ずまた…この北見に無事連れ帰ります!」
彼女、葛城美奈子はそう言って、ライフルケースを自らの右横に置き、俺達に戦意のない所作をすると、背筋を伸ばして姿勢を正すと、親父達古参幹部連の前、畳に額が擦れるほどに深く頭を下げるのだった。
「……ひろさんの意向も…あんたの意向も…よぉくわかったぜぇ……美奈子さん…あんたにゃあこの北見で親父達の警護を頼みてぇんだ……無論俺達だって誰一人無傷たぁいかねぇだろうがよぉ…全員無事に帰るつもりだよぉ……もしもの時に備えて…この北見白狼会本家事務所と親父達を頼みてぇ……それからぁ…ひろさんは死なせねぇ!必ず連れ帰る!この北見になぁ!」
恥も外聞もかき捨てて、本来ならば、俺達を取り締まる立場にありながらも、こうして俺達に深く頭を下げてくれる彼女の覚悟のほどが理解できた俺は、東京に攻めいるのは、俺達三人だけと決めた。
俺のこの決断に、一瞬静まりかえった北見白狼会本家事務所大広間。
しかしそれは、あくまで一瞬の事で、事の展開を心配そうに見守る朝倉源治初代と、美奈子さんをよそに、その沈黙は俺の親父と妻礼子の親父さんの豪快な笑い声に掻き消されていた。
「……兄弟…心配じゃねぇのかい?元はといやぁ俺等親子が龍神会の勢力に尻込みしておめぇら親子を絶縁処分にまで追い詰めちまった事が発端で起こったこの騒ぎだぁ……それをおめぇさん笑い飛ばして許してくれるってのかい?」
その場の沈黙を破るように、北見白狼会初代、神楽竜二さんとふたり、豪快に笑いだした俺の親父に、北見黒狼会初代、朝倉源治さんが質問を投げた。
「おやっさん…そんなのぁもうとっくに時効事ですよぉ……それにだぁ内の倅ぁ成り格好ぁ家内に似て容姿淡麗に育ってくれたんですがねぇ…性格はっていやぁ父親のあっしより頑固一徹でしてね…一旦こうと決めた事ぁてこでも譲らねぇ……こかぁ一つ…倅の感を信じてやっちゃあもらえませんか?朝倉のおやっさん!」
親父は、物静かにそういうと、着流しを両肌脱いで、背中一面に彫られた炎を背負う守り神。不動明王を露わに、源治さんに深く頭を下げた。
「……親父ぃ…俺等の事ぉ心底しんぺぇしてくれるなぁ親父の息子として俺も心底嬉しいぜぇ……けどよぉ…今ぁあの頃たぁ立場が違うんだ……俺や親父が海人達楓組の上部組織だった頃たぁなぁ……今ぁ海人が親父さんから受け継いだ二代目楓一家ぁ白狼会の直参組織だぁ俺等黒狼会はっていやぁ…先の喧嘩で組員のほとんどを失って残ったなぁ俺と親父の二人だけ……なのに俺等親子が黒狼会の看板…降ろさずにすんでるなぁ何故だかわかるか?海人達親子ぁ俺等に絶縁処分を受けながらも…最後の最後まで俺等親子を上部組織として居させてくれたおかげじゃねぇか……今度ぁ親父から二代目任された俺が海人達親子に忠義を尽くす番だと俺ぁ思ってる……」
俺達三人の、身の安全を心配してか、この時の俺の決断を思いとどまらせようとした朝倉源治さんを、彼から二代目を継承した息子の良次さんが、そう言って、説き伏せた。
「……なぁ…朝倉の兄弟……こかぁ一つ…俺達の跡目を継いでくれた若ぇ力に賭けてみちゃあどうだ?老兵はでしゃばらず…若者の帰りを待ってみちゃあどうよ?ここに名乗りを上げてくれた若衆が…生半可な三人だったらそりゃ俺も楓の兄弟も待ったをかけたと思うがよ…そうじゃねぇだろ?礼子ぁ俺の自慢の娘だし海人ぁ俺の自慢の婿殿だぁそれに……良次だってよぉ兄弟の自慢の息子だろ?」
血の繋がりは無くとも、実の父親よりも熱い愛情をもって、源治さんは今日まで、良次さんを育て上げてきたのだろう事は、ここに集まった誰もがよくわかっていた。敢えてそんな父親に巣立ちの時を告げる良次さんに、源治さんは尚も心配そうな素振りを見せたが、それは、俺の叔父貴になった、北見白狼会初代、神楽竜二さんの一言に源治さん自身も心を決めたように、この時の俺には思えた。
「……わかったよぉ…神楽の兄弟……そうだな…おめぇさんの言うとおりかもな……良次ぃ!こいつをおめぇに下げ渡す!これで存分に三代目を護り…そして…存分に暴れてこい!」
竜二さんの説得に覚悟を決めた源治さんはそういうと、俺の親父同様に、着ていたダブルのジャケットを脱ぎ、更に襟シャツを諸肌脱ぐと、背中一面に艶やかに彫られた三つ叉の槍を構える、毘沙門天を露わにすると、艶やかな刀袋に収められた一振りの日本刀を良次さんに託した。