プロローグ
この国の時間が止まったのは、いつ頃だっただろう。
数年か、それとも数十年か。
そんなものは、数えても意味の無い数字だった。
いつだったにしても、この国に時間が戻る事はもう二度と無いのだから。
かつて世界第二位の経済大国と呼ばれたこの国は、既に無惨な屍を大地に晒すのみであった。
大量に建設され、摩天楼と呼ばれた超高層ビル群は長い間に渡り人の手が入らなかったためか、内部は荒廃し、ガラスはことごとく砕け、コンクリートで作られた本体は雨による浸食作用で大きなひび割れをあちこちで起こしていた。しっかりと整備されていた舗装道路もやはりひび割れなどの損傷や劣化が発生している。
しかし、それも当然。
ここに住む人間にはそのようなことをする余裕など微塵も無かったのだから。
彼らに出来るのは、この地に残された僅かな食糧を巡って争うことだけだ。
元々の原因は、数年か数十年前に起こった某国人民軍特殊部隊による原子力発電所へのテロであった。
『隠密に、コンパクトに、かつ効果的に』行われる筈だった日本に所属する全原子力発電所への同時テロは、その全てに於いて原子力発電所にとって最悪の事態である炉心溶融を引き起こした。
メルトダウンにより放出された大量の放射能により福井県、石川県、京都府北部では住民が全滅、関東でも茨城県東部の住民は壊滅的被害を被った。
数時間で破滅的な放射能は大都市の東京、名古屋、大阪に到達、致死量の放射線により住民の八十五パーセントが死亡した。
その後、地方の都市にも壊滅的打撃を与え、最終的には一億二千七百万人いた日本の人口は千六百万人前後まで減少した。
この状況にアメリカやNATO(北大西洋条約機構)、ASEAN(東南アジア諸国連合)などは連合軍を結成し某国に対して集団的自衛権の発動を宣言し総攻撃を行い、これを壊滅させた。
しかし、日本への救援だけはしようが無かった。
日本沿岸は致死レベルの放射線が渦巻き、上空さえ相当量の放射線が滞留していたのだ。
そこへ何かを送り届けるなど不可能だった。
日本に残された住民たちは放射線に汚染されていない僅かな食糧を求めてさまよった。
しかし、あまりにもそれは少なかった。
密閉された地下倉庫の食物や缶詰などしか全く汚染されていない食糧は無かったのだ。
その状況は少ない食べ物を巡っての争いとなり、自衛隊の駐屯地などで一部の人間が銃を手に入れてからさらに状況は悪化、殺人が横行し、治安レベルは最悪となった。
数ヶ月後、対放射能の特殊加工が施されたアメリカ軍の輸送機が生活用品や食べ物を投下して治安は一時回復の様相を見せたが、絶対量の不足により抗争はさらに加熱した。
荒廃の日本を再興する手だてなど、もう残されてはいなかったのだ……