目の見えない少女の死に方
「この頬を撫でる風っていうのは、どういう形をしているの?」
車椅子に乗った少女が柔らかな声で問いかける。
少女の瞳は閉じられたまま。
開くことは可能だったが、開けたとしてもどうせ何も見えない。真っ暗で焦点の合ってない瞳が薄気味悪い、何を考えているのかわからないと、キツイ言葉を投げつけられたこともある。
それから、ずっと瞼を閉じるようになった。
世界と自分を遮断するように。
「そうね……風って言うのはね、目に見えないんだよ」
車椅子を押すもう一人の少女が教えてあげると、
「えっ? 見えないの?」
素直に驚いた声を上げる。
「どういうこと? だって、肌にたくさん触れられてる感触があるのに」
「それはね。目には見えないけど、空気が移動しているの」
「空気? 空気ってそこら中にあるもの? それも見えないの?」
「そうよ。見えないけど、肌感触があることだってあるのよ」
「私には、どちらも同じことなの。いったい、どういうことなの?」
「そうだったわね。そうね、なんて説明したらいいかしら」
どう教えようかと首を傾げて、考える。
「なんていうのかな、ワサビを食べると鼻の奥を突かれたような感触になるでしょ」
「えぇ、そうね」
目の見えない少女が頷く。
「それと似たようなものよ」
「それって合ってるの?」
「合ってないかも」
二人は笑い合う。
目が見えようと、見えまいと二人は友達だった。
これまでもたくさん話をしてきたが、風の話をするのは初めてだった。
「ほら、ついたわよ」
柔らかな明るい陽射しが降り注ぐ、病院の中庭は色とりどりの美しい花々が咲いていた。
初めて見て世界は綺麗な景色であって欲しいという思いがあった。
これから薬を飲むのだ。
生まれつき目の見えない病気が治るという、夢の新薬。
「これで目が見えるようになるのよね」
車椅子の少女は小瓶を受け取る。
「そうよ。目が見えたら、何が見たい?」
「なんでもいいわ。とにかく、世界を見てみたい」
意を決して、車椅子の少女は薬をゆっくりと何度も嚥下する。
「……苦いわ」
「いいから、目を開いてみて」
「えぇ」
少女の瞼がゆっくりと上がっていく。
初めて世界としっかりと焦点が合った。
「どう? この世界は?」
「殺してよ」
「……えっ? ……なんて言ったの?」
友人は言われた理由がわからなかった。
「……殺して」
「どうして? どうしてそんなこというの? せっかく、目が見えるようになったのに」
「こんな醜い世界で生きていたくないから」




