防音結界魔法
捕らわれてから気付いたことが一つ。防音結界魔法の仕組みを理解した。こいつらは、下級収納魔法を応用して防音結界のようにしている。
どういうことかと言うと、下級収納魔法の中は真空だ。中級収納魔法や上級収納魔法は空気がある。中級収納魔法は空気があるが狭く、上級収納魔法は空気があって広い。下級収納魔法は、空気はないが広い。物の持ち運びに便利だ。
しかし、下級収納魔法には他の使い道が存在したことを、金貨を削っていた奴らは発見した。真空内だと、空気がないから音が周りに伝わらない。つまり、防音結界と同義だということだ。
俺とスミスは、下級収納魔法の中にいたから、酸素を取り込めずに気を失った。一方奴らは、酸素ボンベ的なものを装着していたのだろう。
で、今に至るのだ。
「国王に依頼されたのかって聞いてんだよ! 言わないなら、また周囲を真空にさせるぞ」
そうして、また下級収納魔法の範囲を拡げられた。苦しい。息が出来ない。魔法で倒そうにも、今は下級の魔法、とりわけ水系統の下級魔法しか使えない。体がどんどん弱っていっている。毒か何かを飲ませられたのか?
早くしないとスミスが死んでしまう。何か方法は──真空か! 真空なら、水魔法を噴射すればあいつらを倒せる。
水系統の魔法は、総じて魔力消費量が少ない。何とか倒せそうだ。
指先を奴らに向けて、水を放った。
「うわっ! 何すんだ、テメェ!」
水をもろに食らった奴らは、最初は普通だったが体が凍っていっていることを悟る。
「「何じゃこりゃー!」」
下級収納魔法は解けて、スミスは身動きが取れるようになった。そして、俺を縛っている縄をほどいてくれた。
「大丈夫かよ、勇者」
「ええ、毒を盛られていますが、何とか」
「毒を盛られた体で、魔力消費量の高い氷系統の魔法を使えたとはな」
「いえ、水系統の魔法なので魔力消費量は少ないです」
「は? なら何でこいつらは凍ったんだ?」
「下級収納魔法の中は真空だったからです。真空内だと、水は凍りますから」
そう、真空だと水は凍る。気圧を下げると水の沸点が下がるのは有名だが、真空にすると常温なのに水は沸騰する。蒸発した水が気化熱で水を冷やすことにより、真空内で水は凍るんだ。中学生の頃に習っていたことが、異世界に来てから役に立つとは。義務教育の大切さを思い知る。
下級収納魔法を利用せずとも、工夫すれば真空の結界を生み出せそうだ。あとでやってみよう。
「まずは、こいつらを縛ろうぜ」
「そうですね」
拘束魔法で拘束し、スミスの中級収納魔法に詰める。で、二人で急ぎ冒険者ギルドに駆け込んだ。悪人の引き渡し諸々は、スミスに任せて、俺はギルド内にある椅子に腰を下ろした。あと、俺の仕事は硬貨を削らせないための根本的な解決だ。大体の考えはまとまっている。最後の仕上げを残すのみ。
自分の頭をコツンコツン叩いていると、スミスが戻ってきた。
「どうでした?」
「これから国王の元へ行け、だってさ」
「冒険者ギルドから王城までは距離も近いですよね? スミスさんの転移結界魔法で行きましょう」
「そりゃ、転移結界で転移して、それからまた転移結界で転移してを繰り返せばすぐだが、魔力消費量が半端ないぞ」
「なら、俺の魔力を分けます。手を出してください」
スミスは右手を出してきたから、俺も右手で握って魔力を分けた。
「あ、ありがとよ」
「ええ。では、王城まで行きましょう」
「肩に手を置け」
「はい」
スミスの肩に手を置くと、転移結界が展開されて転移を繰り返していった。五回目にして王城に着くと、中に足を踏み入れていった。
奥へ奥へ進んでいくと、国王が鎮座する間に辿り着く。あんな国王でも、スミスよりは強いことに驚く。
「勇者タツヤよ。またオルタファイズ帝国を救ってくれた。助かる」
「いえ、それほど褒めるようなことはしていません」
「サラ・スミスよ。貴女も貢献してくれたな。礼を言おう」
「はっ! ありがたき幸せです!」
「して、勇者タツヤ。金貨を削っていた奴らは、どうやって高位魔法ドリルの爆音を防いでいたのだ?」
「下級収納魔法を利用していました。下級収納魔法内は空気がありませんが、空気がないところだと音が外に漏れないのです」
「なんと、そんな方法があったのか。それを応用すれば、直に防音結界魔法が出来るではないか」
「研究者がするまでもなく、防音結界魔法を完成させてみました」
「誠なのか!? 勇者タツヤ!」
「はい。魔法陣と詠唱をお渡しします。これで防音結界魔法という、新たな魔法が増えました」
「さすが、オルタファイズ帝国の英雄だ! 褒美は何でも用意しよう! 申してみろ」
「では」俺は初めて、国王に目を向ける。「彼女サラ・スミスを、正式に私の仲間としていただけないでしょうか?」
スミスは冒険者ギルドが誇る冒険者ランクAの凄腕冒険者。国王に頼まない限り、俺の正式な仲間にはならない。
スミスは優秀だ。防御魔法に特化しているし、仲間がいるのも心強い。冒険者ランクAなら申し分ない。
「よかろう。スミスを正式に、勇者タツヤの仲間として認める。冒険者ギルドには、事後報告で構わないだろう」
「ありがとうございます」
スミスは唖然としていた。当然だ。なぜなら、このことはスミスには言っていなかったからだ。あとで殴られるの覚悟だ。
「国王。私からは防音結界魔法以外に、もう一つ献上したいものがございます」
「何だ?」
「硬貨を削られないための、根本的な解決案です」