硬貨
思ったより早く書き始めます。
史上最恐の魔王として恐れられた魔王ガルドを倒した翌日、オルタファイズ帝国の首都であるオルタルを散策することになった。
俺とスナイダーさんの二人で、人混みを抜けていく。
「ここはオルタファイズ帝国の首都の中でも中心地だよ」
「人が多いですね」
「ここは活気があるから、商人も商いで足を運んでいるんだ」
オルタファイズ帝国オルタルの町並みは、本やテレビで見たことのある中世ヨーロッパと似ている。異世界の町並みが中世ヨーロッパの町並みと酷似しているのは、まあ一般的。
魔王ガルドを倒す準備をしていた一年間はまともに町を見なかったけど、案外楽しそうだ。
「あの、スナイダーさん。オルタファイズ帝国には、俺の他に現在生きている勇者はいるんですか?」
「世界共通の法律なんだけど、一国一勇者なんだ。オルタファイズ帝国が次の勇者を召喚する時は、タツヤ君が死んでからだよ」
「では、この世界にある国の数と比例した人数しか勇者はいないんですか?」
「そういうこと。この世界には168カ国あるから、勇者はタツヤ君を含めて168人いる」
「なるほど」
俺の他に167人の勇者がいるなら、一度会ってみたいな。
「明日か明後日には、多分国王から討伐依頼か何かが届くから、今日中に体を休めたり好きなことをすると良いよ」
「そうします」
また討伐依頼......。異世界でスローライフとか憧れるが、勇者だから仕方ない。今日中に異世界を堪能しよう。
それにしても、何から何まで中世ヨーロッパだ。魔法以外の技術は、元の世界より遅れている。まあ、魔法があれば全て完結するから、科学を発達させる意味はないもんな。
「スナイダーさん、あれ食べたい」
「ああ、あれね。銅貨三枚か」
補足しよう。この世界では銅貨五枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。金貨一枚は一万円程度。
つまり、銅貨一枚二百円、銀貨一枚千円、金貨一枚一万円ということになる。俺がスナイダーさんに欲しいと言ったのは、六百円ということになっているわけだ。これはちゃんと覚えておかないと、後々ぼったくられる。気をつけよう。
「ほら、タツヤ君」
「ありがとうございます」
二人で食べ歩きながら、散策を楽しんだ。技術が発達していないのが、異世界では強みだ。
うまい。うまいぞ。六百円でこの味。俺なら千円で売りに出すけどなぁ。
散策を終えてすぐ、同日夜七時頃。俺一人がオルタファイズ帝国の国王に呼び出された。まさか今日の内に討伐依頼かなんかが来たのか。
「タツヤ、参りました」
「勇者タツヤ。待っていたぞ。魔王ガルドを倒して早々の依頼だが、討伐依頼ではない」
「どのような依頼ですか?」
「金貨を削って金粉にし、金の価値が高い国へと金粉を売りつける悪行がオルタファイズ帝国内で跋扈している。そこで勇者タツヤには、硬貨を削る輩の確保を願いたい。オルタファイズ帝国の金貨が近年減少していて、これが問題となっている」
「なぜ今まで金貨を削られないような対策をしなかったのですか?」
「オルタファイズ帝国の硬貨には、上級の妨害魔法が掛けられている。この妨害魔法のお陰で、硬貨を削るには高位魔法のドリルを使わなければいけなくなる」
「それだと、高位魔法ドリルを使える人間は硬貨を削れるので、根本的な解決になっていないのでは?」
「それがな、高位魔法ドリルを使う際には爆音が出る。その爆音は、半径三百キロメートルまで届く。そして現在、オルタファイズ帝国内では三百キロメートル以上も、町の間隔があいていない。つまり、高位魔法ドリルを発動すれば、すぐに気付くことが出来るのだ」
「結界を使用して、音漏れを防いだとは考えられませんか?」
「防音結界は今のところ存在していない。研究者達が総力を挙げて防音結界の研究に取り組んでいるが、なかなか成功していない」
「ということは、硬貨をバレずに削ることは不可能に近いわけですか?」
「そうだ。不可解な事件だから、勇者タツヤに解決を依頼したんだ」
防音結界が存在していない!?
「なぜ防音結界魔法は存在していないのですか?」
「新たな魔法を生み出すには、魔法陣を作成してから詠唱の工夫が必要だ。魔法陣を作成する方が困難だが、現在は防音結界魔法の詠唱を作るに至っていない。つまり、研究者の中に詠唱や魔法陣を作り出すことに特化している奴がいない」
「依頼解決には、何日くらいが期日ですか?」
「半年と設定しよう」
「わかりました。オルタファイズ帝国の悪人を一掃しましょう」
悪人を一掃したところで根本的な解決にはならない。悪人を一掃した上で、根本的解決となる方法を提案してみよう。
それより、防音結界が存在していないのに硬貨をどうやって削ったんだ? 防音結界魔法を生み出すにしても、国王いわく数千年の時間を要するらしい。防音結界魔法を生み出したとは考えられないな。となると、他の魔法を応用したとするのが妥当か。
「勇者タツヤよ。行くのだ!」
「国王の望む、見事な解決をして見せましょう」
「待っている」
面倒な依頼を受けた俺は、ひとまずスナイダーさんのいる我が家に帰宅した。