狂ってしまった絶対的な法則 前編
翌朝。昨日のうちに準備は整えていたから、今日の夜には出発出来る。俺は首を回しながら階段を下った。
「スナイダーさん、朝食はなんですか?」
「エッグ料理だよ」
「卵ですか。嫌いじゃないですよ」
もうすでに卵の良い香りがしていた。鳴りそうな腹を抑え、料理が食卓に並ぶのを待った。
スナイダーさんは料理がうまい。だから、より食事が楽しい。俺は並んだ皿に色鮮やかに盛り付けられた料理をフォークで突き刺し、口に運んだ。卵が口の中でホロホロにとけた。絶品だ!
「う、うまい! うまいですよ、スナイダーさん!」
「喜んでもらえて嬉しいよ。いっぱい食べて良いからね」
「はい!」
俺がパクパク食べていると、眠そうな声をしたサラがやって来た。
「腹減った」
「サラ君はタツヤ君の隣りの席に座っといて!」
「うぃ! りょーかい......」
サラは椅子に座った途端に、飯を口に放っていった。
「サラ、そんな一気に頬張るなよ」
「私はこういうスタンスなんだよ。この方が大量に食えるし」
「ゆっくり食わないと喉に詰まらせるぞ」
「気をつけよう」
そうやって、そろそろ食べ終わるといった時だった。鐘が鳴り響いてきた。
「スナイダーさん! これは何時の鐘の音ですか!?」
「午前八時の鐘だね」
「早く準備しないと、ロックドラゴンが眠る時間になってしまいます!」
ここ、オルタファイズ帝国では、時計は王城にしかない。その王城の時計を基準に、一時間ごとに鐘を鳴らす。これは午前八時の鐘であるらしい。
サラが食事を終わらせると同時に、俺は準備を終わらせた。
「サラは準備、終わったか?」
「あとちょっとだ」
「何時間かかる?」
「一時間もあれば、いける!」
一時間か。仕方ない。俺は次に鐘が鳴るまで待つことにした。本でも読むか。
この世界の本は非常に面白い。読んでいて楽しくなる、という方の面白いではない。形や内容がユニークで、面白いのだ。
また、漫画がない。つまらない。小説は読めるが、この世界の小説は糞しかない。というのも、ファンタジー系の小説が大半を占める。まあ、この世界がファンタジーなのだからしょうがないのだが、勇者の英雄譚が多すぎる。
俺が読みたい小説は、ファンタジーではない。どちらかと言えば推理小説が読みたい。が、この世界には推理という概念がない。よって、推理小説は皆無。
しかも、この世界の本は長方形ではない。円形が多く、長方形で俺が親しんできた形の本は少ない。
円形の本が流通している理由を、スナイダーさんに尋ねてみたことがある。すると、驚くべきことがわかった。魔法での裁断だと、円形が一番やりやすいかららしい。
読みたくなるような小説はなかなか存在しない。おまけにテレビもスマートフォンもパソコンもない。こう考えると、案外不便だ。
もしロックドラゴンの横を通る前に時間があれば、本屋さんで再度推理小説を探してみよう。
それで、俺は今何をして時間を潰せば良いのだろうか? ゲームをするにしても......おっ!?
「スナイダーさん! ここに置いてあるのって?」
「それは将棋と呼ばれるもので、オルタファイズ帝国が召喚した勇者がこの国に伝えたゲームの一つです。前王がいたく気に入って、一部貴族に将棋は浸透していますよ」
「スナイダーさんは、将棋出来ますか?」
「もちろん。前王に鍛えられたよ」
よし、将棋で一時間潰すか。俺は将棋が得意な方ではないけど、負けたって暇つぶしになれば良いんだ。
スナイダーさんはかなり強かった。ボロ負けした。それでも、暇つぶしにはなった。午前九時の鐘が鳴り響くときには、サラは準備を終わらせていた。
「じゃ、行くぞ」
「早いぞ、タツヤ! ちょっ!」
こうして、俺達二人は家を出た。だが、まず向かうのは本屋だ。なぜなら、ロックドラゴンが眠るまで少し手前の場所で、ロックドラゴンが眠るまで待ってなくてはいけないからである。あわよくば、面白い小説を見つけたい。そう願った。
サラは本が好きではないが、仕方なく着いてきている様子だ。俺が勇者なんだから、逆らえないとでも考えているのだろうか?
本屋は近かった。その本屋さんの中で、タイトルと内容を確認して、吟味していく。そしてついに、推理要素をふんだんに含んでいる小説を発見するに至った!
「タイトルは『地獄の殺人』。まさかとは思ったが、フハハハハ! 見つけたぞ!」
これを即購入。カバンに詰めてから、本屋を出た。
「本なんて読んで楽しいのか?」
「暇つぶしになるんだ。小説も楽しいもんだぞ」
「タツヤの元住んでいた世界では、それが常識だったのか?」
「本を嫌いな人もいたけど、本を好きな人も一定数はいたな。魅せられたら、もう本は手放せないよ」
「そーかよ」
「あとで貸してやる」
ロックドラゴンが住処とするイーガ山脈の手前に到着すると、岩に腰を下ろして、午後六時を知らせる鐘が鳴るまで待機だ。
サラはどうやって暇つぶしをするのか、本を読んでいる途中にサラに目をやる。結界魔法を展開して、魔法練習に勤しんでいた。サラらしい。