召喚
俺は安全なる日本で、いわゆるニートという奴をしていた。ニートになった理由は、単純に社会に出たくないからだ。
親から賜った名前は三浦竜哉。特別な力など俺にはないと悟っているから安心してほしい。俺は世に言う中二病ではない。
ニートは悪くはない。ずっと好きなことをやっているからだ。最近ハマっているものは、ファンタジー系のゲームだ。今さらながら、のめり込んでしまった。
一度魔法というものを使いたい。それは世界人口の大半が考えていることだ。俺もそれを望んだ。その望みが叶った時は、少々驚いた。けど、数年もする頃には慣れてしまった。
気がついた時には見知らぬ場所にいた。周囲を見回すと、おかしな服装をした集団が俺を囲っている。何か怖い!
変な集団で一番偉そうにしている野郎が、一歩前に出てきた。「異界から召喚されし者よ! 我々はオルタファイズ帝国の国教・五勇教。私は教皇。国王からの命で、次なる勇者召喚の儀式を行った」
「は? 勇者だぁ?」
俺は教皇から説明を受けた。俺は日本から、この世界に勇者として召喚されたようだ。
俺を召喚したのはオルタファイズ帝国。この世界の中で五本の指に入る強さを誇る国らしい。しかし、オルタファイズ帝国は今、危機にさらされている。
この世界の諸国には魔王が散らばっていて、散らばった魔王はある場所からずっと動かず、近づいてきた生物は一瞬で潰すらしい。
現在、オルタファイズ帝国のオルタファイズ山脈に史上最恐の魔王が鎮座しているとのこと。史上最恐と言われる由縁は、今まで召喚されてきた勇者も敗北を喫しているからだ。今までオルタファイズ山脈の魔王に敗北した勇者の中には、龍聖勇者もいた。龍聖勇者とは、龍の力に匹敵する力を持っている勇者のことだ。
この世界の龍は、魔王と互角に戦う戦闘力を保有。その龍と同等の力を持つ龍聖勇者ですら、オルタファイズ山脈の魔王は倒せていない。これがオルタファイズ帝国の危機、だそうだ。
俺はオルタファイズ山脈の魔王を倒すことを命じられた。まさかの異世界召喚からの魔王討伐命令。予想外だ。
俺はいたって普通のLV1の勇者だが、この状態でもLV999の冒険者を余裕で倒せると言われた。チートじゃねぇか。
「あの」俺は教皇に顔を向けた。「そのオルタファイズ山脈の魔王には名前はないんですか?」
「魔王は普通、名前を持ちません。しかし、強い個体の魔王には、名前が付けられます。オルタファイズ山脈の魔王は『ガルド』と名付けられました」
「他の勇者も魔王ガルドを倒しに行ったのに、負けたんですよね?」
「ええ。魔王ガルド討伐のためにオルタファイズ山脈に向かった勇者は、誰一人として帰ってきていません」
「死んだってことですか!?」
「はい」
「俺は一人でオルタファイズ山脈に行くんですか?」
「魔王の半径百キロメートルには、異世界から召喚された者しか近づけないんです」
それからも情報収集をした。日本人を召喚出来るのは、オルタファイズ帝国だけのようだ。アメリカ人を召喚出来るのは隣国イズン帝国、みたいに国ごとに召喚出来る人種が異なるようだ。
魔王ガルドが現れたのは数百年前。それからずっと勇者召喚を繰り返し、召喚された勇者を急いで魔王ガルドの元へと送り出すらしい。
俺は召喚された翌日から、詠唱の練習やLV上げを頑張った。俺の教育係は、ガル・スナイダーという腕に覚えのある冒険者が勤めた。
「スナイダーさん。魔王ガルドって強いんですか?」
俺の質問に、スナイダーさんは笑顔で応じる。「オルタファイズ帝国からの千里眼によると、魔王ガルドの戦闘力は他の魔王と同じくらい。なのに龍聖勇者も敗れた。何か裏があるはずだ。気をつけろよ」
「わかりました」
俺には粗方見当は付いた。何故、龍聖勇者は魔王ガルドを倒せなかったのか。今まで俺が得ることが出来た情報を元にすれば、何となく答えは導き出せる。魔王ガルドを倒して、この世界で英雄となってやるんだ。
「では、これなら詠唱の勉強を始める」
「はい!」
スナイダーさんが言うには、詠唱は俺が元住んでいた世界の言語である英語で行うらしい。それからは、詠唱の発音練習を頑張った。
「いいかい、タツヤ君。魔王には超スピードの攻撃しか効かない。威力とスピードを重視するんだ」
「わかりました!」
それからの半年間、俺はスナイダーさんからこの世界の知識をたたき込まれた。
その後、一ヶ月間の体力強化、二ヶ月に及ぶLV上げ。召喚されて一年も経過する頃には、立派な勇者へと成長することが出来た。
支度を整えて、首都を出た。スナイダーさんは優しく見送ってくれた。お守りもくれた。魔王ガルドを倒す自信はある。何故龍聖勇者が魔王ガルドを倒せなかったのか、一年の間に明確な答えも出すことが出来た。
この世界で生きて行くには、諸国の人々の耳にも入るような大きな功績を残す必要がある。史上最恐の魔王として知られる魔王ガルドを倒し、俺の華々しい功績の一ページ目に刻んでやる。