1話 相手には手を差し伸べるものらしい
場所を移って。
星乃シソとミケダマ根古はミケダマ根古の自宅に来ていた。
互いに自己紹介は終えつつ。
「じゃあ、私のことは普段、星乃でお願いします。ホシノという発音名字はこの国にはたくさんいますからそれで貴方のことは、ミケでいいんですよね?」
「そだね! ダチたちにはいつもミケって呼ばれてるんで! ほら、髪の毛遊ばせているからさ」
すでに人間の擬態へと戻ったふたりはアキバから離れ都会のハズレまで来ていた。
猫の姿だと人社会の倫理に反する移動方法もとれるわけだ。
猫がお金を払い出したらそれこそが恐ろしい。
郊外と下町ということもあり都会の一部なのに住宅が立ち並ぶ。
しかも新しい雰囲気は泣くいかにも古めかしい。
そんなうちの1つ……やはり全体が茶色みがかっている古びた家に星乃シソは案内された。
「すごい……こう、家ですね」
「アハハ、ボロいよね!」
「いやー、都会で持ち家ってだけで十分凄いとは思いますよ」
星乃シソの心からの称賛だった。
何せ家を得るまで誰も気づかないのだから。
マンションのように全ての中に紛れ込むのではなくここまで目立って平気なのだから。
……もしかしたら私よりも社会に溶け込むのはうまいかもしれない。
星乃シソは36億年の自身が崩れ去る音を心のなかで聞きながら中へと誘導される。
「おじゃまします」
「入って入ってー」
「あ、代わりに鍵しときますね」
ドタドタと足音をたてながらミケダマ根古は奥へと消えていく。
星乃シソは自身の体内に特定の力を走らせ導き出し指を振るう。
……次元超技、鍵。
これによりこの部屋は隔離された。
中でどのようなゲル状物質がゲームやりながら暴れまわっていてもバレるかとはない。
ただ平穏な時が流れるのみだ。
星乃シソはだからといって身体を崩すつもりはなかった。
あくまで普段の作業したにすぎない。
星乃シソは家に上がると同時に靴の擬態を解く。
この国ではないところではずっと履いたままだったけれど逆にこの国では脱がなくてはならない。
外に出かけるときこれが億劫だった。
一時的に自身と切り離さなくてはならないからだ。
「配信開始時間までは少しまだ余裕がありますね」
「普段こんなに余裕があることないから、逆に時間持て余しちゃうなー」
「それは一体普段どんな生活を……を……」
星乃シソは笑顔をつくり雑談して話題作りでもしようかと思って。
固まる。
星乃シソは想像していたが現実に見ると面を喰らうものに出くわした。
第一に星乃シソは比較的清潔好きである。
ただそれは『モノを増やす欲』と『モノを消費する欲』がないゆえに結果的な事で。
他者から見られた比較的綺麗好きという評価を大事にしている。
それを踏まえてミケダマ根古の部屋を見てみよう。
明らかに急場で場所を開けた雑然とした部屋。
まとめるだけまとめてゴミ出し待ちになったゴミ袋の山。
清掃の拭い取りや掃除機をやったことのなさそうなホコリやチリのつもり方。
そして山になる隅に寄せてある物の数々。
星乃シソはこういう時、人ならば深いため息をつくのだろうと思う。
もちろんどのような汚泥まみれのところでも暮らせるものの快適という点に置いては人間に擬態している以上ラインが存在する。
「清掃をしましょうか」
「へ?」
ミケダマ根古は間の抜けた声を上げた。
清掃道具すらまともにないと気づいた星乃シソはミケダマ根古と共に近場のコンビニへ行く。
「そ、そこまでしてくれなくていいのに……」
「いやまあ、さすがに私の気分問題というか……私情に巻き込んでごめんなさい」
宇宙ウイルス同士星乃シソは気にしないという方向を選ぶことも出来た。
しかし36億年『遊んだ』事によりその時その生物になり切るには心から演じる事が必要だと信じている。
星乃シソを演じている以上、星乃シソのデータはなるべく体の中に染み込ませている。
星乃シソはそれを宇宙ウイルス同士の相手にまで強要したことを恥じた。
宇宙ウイルス同士は過干渉をしないようにしている。
群れないということは相手と手を組むのは危険ということ。
人との手の組み方に慣れすぎていて人ではない相手との組み方を忘れていた。
「いいっていいって星乃さん、片付けなきゃなとは思っていたからちょうど良かったし、何よりその、不手際だったしねオレの、アハハ、あ、これ良さそうな洗剤!」
宇宙ウイルスたちも目的が合致すれば隣に立つことはある。
コラボ前から既に心配になることが多すぎて星乃シソは話の持ちかけは失敗だったかもしれないと悩む。
というより今現在で悩んでいる。
今星乃シソの隣で選んでいるミケダマ根古。
手にとっているのは食器用洗剤である。
星乃シソな平穏に寂しさという概念を押し付けられずただ暮らしたいだけである。
36億年『遊んで』いてなんだが擬態は最後までバレなかったのはない。
彼の動きはまさしく初期の自分でありいつバレて炎上……ならぬ追放されてもおかしくない。
フツフツと星乃シソの内側に湧く考えにこの時はまだ気づくことはなかった。
「必要な洗剤はこっちだよ、床用洗剤、木製品洗剤、金属製品洗剤……ああ、このマルチタイプの方が良いね」
「え、全部同じじゃない?」
「違うよー!?」
ただただこの時は不安だという感情のみが感じられた。
「よし、これだけ買いこめば大丈夫」
「あ、お金ならオレが出すよ……ん? あれ、お金……?」
「……ICカードのやつでお願いします」
ミケダマ根古は服のポッケを翻しているが中身はない。
家にバックを置いてあり財布はその中だろう。
家では大清掃が始まった。
「ほんとお金大丈夫ー?」
「平気ですよー、私のほうが先輩ですし、清掃をやりたいと言ったのは私からなんで」
「ゴチになりやす!」
「それよりガンガン手を動かしてくださいね!」
きれいになるようガンガンとごみを上から落としていく。
その後に洗剤や雑巾を使って丁寧に磨き上げていく。
正直星乃シソもミケダマ根古とも慣れていないため手間がかかる。
「あれ? さっき使っていた私の雑巾って……」
「ああ! バケツ水ひっくり返した!」
「あいたっ! 物が落ちてきました……」
「ごめん、上に物が多くて……うわあっ!?」
ドタバタと物が落ちて来てミケダマ根古が下敷きになった。
目を回し「ぐえー」と言っている。
星乃シソは人ならば深い溜め息をつくだろうと思いながら掃除を続ける。
……
…………
「って助けないんかい!」
「え? 平気そうだったので」
「いやあ、こう心情的には助けてもらえると……」
「うん? ああっ、まあ確かに人同士なら大事ですよね」
「ううーん……っと!」
もはやミケダマ根古のことを星乃シソは人間として見ていない。
ただミケダマ根古の言うことはすぐに理解できた。
普段の扱いを宇宙ウイルス同士としてやると配信でも出てしまうということだ。
星乃シソは考えを改める。
ミケダマ根古はミケダマ根古で考えてはいるのだ。
今胴をうすっぺらく伸ばして小さくし山から抜ける。
星乃シソは手元の作業を止めてからミケダマ根古に手を差し向ける。
ミケダマ根古はニッと笑顔をみせて手を取った。
星乃シソが引っ張り上げれば身体の長さを元に戻して立つ。
「さあ、この山も整理しちゃいましょう!」
「その、あんまり箱の中身は見ないでね……?」
星乃シソは特に気にせず箱の整理をしだした。