1話 コーヒーは熱いらしい
Vtuberとしての日々を過ごす中ハンマーの新人がデビューした。
既にたくさんの人数がいるハンマーにとって新人たちがデビューすることは珍しいことではない。
今回も新人たちに自身が人間ではないとバレぬように星乃シソは彼らの放送を学び……
またたくまに1月経過。
それはほぼ直感に近いものだった。
新人のうち1人が合計数百人所属するハンマーメンバーのなかで唯一すごくピンと来たのだ。
性格は違うし男性でなおかつこれまたレアな猫の獣人姿をしていた。
実は猫そのもののハンマー所属Vtuberはいたものの猫の獣人はいままでいない。
若々しく危うっかしくどこか軽々しいのに。
……何か自分と似たものを感じる。
36億年『遊んだ』経験から導き出した直感だった。
これは絶対愉快なことが起こるとマネージャーにも言わず直接ダイレクトメッセージ……つまりDMを送った。
「はじめまして、ではなかったですね。先日ぶりです。お疲れ様。突然ですが、今度私もオフコラボ企画をしたく、第一弾として誘いたいのですが、よろしかったら返事をお願いします、ミケダマ根古さん」
返事はものの数分で返ってきた。
感覚ではなく現実時間で。
「いつでも良いですよ星乃先輩! どこにします? アキバ駅に集まっすしょうか?」
「わかりました、日程は追々、あと私の事はノシって読んで大丈夫ですよ。みんなからそう呼ばれているので」
「お、ほし のし そ なんですね! わかりました!! ノシ先輩!!」
36億年の中でもっとも遅い時感覚を今星乃シソは過ごしていた。
会う直前の日付になり緊張してきたのだ。
ミケダマ根古はシンプルに忌憚なく表現するとポンと言われる感じのVtuberだ。
明るくどこか抜けていてバカっぽいが愛されている。
そんなキャラだ。
何度もチェックしたが正直見抜かれる可能性は万が一にもない。
「大丈夫……面接はバレなかった……大丈夫……」
36億年『遊んで』来たがどうしても擬態はバレがちだった。
昔魔女狩りとして追われた時の事を思い出させる。
その時の偽装は男だったが。
今星乃シソが女としてデビューしているのは当時Vtuberといえば女だったからだけにすぎない。
宇宙ウイルスは性別というものをちゃんと理解することはこれまでもここからもないだろう。
何せ知識は身についても精神構造が生物と違い自身のガワにしか性別がなく心の性を得られなかったからだ。
そして配信業をやっていて大きなミスが1つあった。
とにかく外に出ない。
今の時代ポチと押せばお金と引き替えに家にいて多くのものが手に入る。
極端に人と会う機会がないため久々のマジ擬態にミスがないか緊張していた。
何せ本来はただのゲル状物質に似たウイルス体。
せめてそこらを歩く人たちにバレるわけにはいかなかった。
前マネージャーと会った時の格好で考える。
まず身体は星乃シソをベースにして加齢させる。
「ええとたしか……登録年齢は27だっけ」
……調整調整っと。
星乃シソは考えつつ鏡に向かってグジュグジュと音をたてながら自身の姿を微調整していく。
人が用意した人のデータベースを元に年相応に老けさせる。
……デリケートゾーンは別にいいか。
そこまで作り込まなくても服のガワを被せれば良いかと星乃シソは思う。
そしてメイク画像を参考にして星乃シソっぽくメイクをしたという擬態していく。
なかなかよくできたなと自負し鏡の前でポーズをとる。
……そこでおかしな点に気づく。
何かこの格好に違和感があるなと。
そこで人の全身像を想像しなおしてはたと気づいた。
「星乃シソに寄せすぎた! 翼はいらない!」
そういえば人には翼が生えていなかった気がする。
そう星乃シソは思い返して背中からちらついていた立派な6枚の翼を指鳴らして消す。
純白の翼はドロリとゲル物質になり足元に飲まれた。
「えーっと、服は……」
宇宙ウイルスは今立体の星乃シソに擬態する……
当日。
星乃シソは2本の足で歩む。
前回全身運動をさせられるソフトを遊んだきりなような気はしているが案外なんとか歩けた。
固唾をのんで扉に手をかける。
ない心臓が脈打つのを感じそうだった。
宇宙ウイルスにも緊張はあるらしい。
その扉をギリと開ける。
日差しが差し込んできて……
マンションの角部屋であるここが照らし出された。
「……よし」
きっとこういう時生物なら息を思いっきり吸い込むのだろうと星乃シソは思う。
扉から出ればそこは。
まったくもって都会の只中だった。
島暮らしは体のいい嘘である。
それを知っているのはマネージャーや会社のみ。
同期にすら知られていない。
扉から出て鍵をかけてひとこと。
「次元超技、封」
ニンゲンには不可視の光によって部屋が擬態される。
あるけれどない。
見えるけれど見えない。
この部屋はこの次元にいる存在からは認知できなくなった。
まだ人間たちが気づいていない技術だが3次元より上の高次元に干渉し特殊な力を引き出す技術だ。
簡単に言えば3次元の人間が紙に書かれた部屋に白塗りしたようなことに近い。
これは長生きの技だ。
人間が使えるようになるまであと3億年くらいだろうかと想像しつつ星乃シソはその場を後にした。
アキバ駅にはすぐついた。
道中久々の電車もあったが星乃シソが自分で驚くくらいスムーズにいった。
どうやらココ100年くらい転々と人間の世界で暮らしていた時に培われた技術は間違っていなかったらしい。
アキバ駅のコーヒー屋に合流を約束したふたり。
星乃シソは中に入って座る。
なぜ探さないのかは理由がある。
Vtuberが時間より前に来るわけがないからだ。
ミケダマ根古の配信も実は1時間くらいずらしている回が多い。
コラボの時に指定時間にくるVtuberのほうが珍しい。
指定時間後、本命時間の2分前くらいに来るのが常習的なのだ。
つまり来たとして30分は後だ。
星乃シソも早い方ではないが今日は時間ピッタリ。
なかなかレアな行動の速さは今回のことが本当に慎重な心持ちが必要だったからだ。
少し普段より声を低めにしてコーヒーを頼み待つ。
声バレは別の方向でこわい。
聞いていた特徴は。
まず男だ。身長はまあまあ高いが高すぎない。
明るそうなやつ。
そして何よりも非売品ミケダマ根古キーホルダーを持っていると写真を見せてもらった。
3Dプリンターなるもので作ってもらったらしい。
ずるいと思うと同時にそういえば自身は既にある程度グッズは有るんだったと思い直す。
ミケダマ根古は新人なため公式グッズはひとつもないのだ。
届いたコーヒーを啜りながら待つ。
ただこの身体は無生物のため自己複製ができない。
つまり食事を取り入れる必要はなく本来なら細胞に自身を感染させる必要がある。
宇宙ウイルスは変質した時点でもうその機能すら失っているが。
そのため感覚のなかで味の再現はすごく苦手。
この読み上げるだけで舌を噛みそうなくらい長ったらしい名前の生クリームの乗ったコーヒーは果たしてニンゲンたちはどんな味わいをしているのか。
後で身体の外にどう出すか……
そんなことを考えつつ星乃シソはホットのそれをちまちまと飲む。
コーヒーは確かに苦く甘いのだがそれ以上に熱い。
そのことに星乃シソだけがまともに気づかずに周囲だけは気づく。
熱いコーヒーを楽々と口に運ぶその姿は奇異にうつりショートブログやSNSでまことしやかに存在を噂されだすがそれはまた別の話。




