03賢者と選民王国
勇者が急いで城を出た。
兎に角、早く城を出たかったのは、姫に対する申し訳なさと、命の危険を避ける為だ。
勇者に命の危険を告げた人物は二人居る。
まず一人は、賢者と呼ばれる人物だ。
勇者は胸にぶら下げたペンダントを触って、その時の事を思い出す。
それは二年近く昔の話。
魔王討伐の為に登城した勇者に、最初に決まった同行者は剣士だった。
他の同行者が決まるまで暇だったので、許可を得て国外にて連携攻撃の訓練に出た時だった。
勇者の力を国内で振るうのは、被害面で芳しくないと思われたのだ。
それに比べて、国外の亜人の領域ならば、いくら破壊されても問題にならないからだ。
王国に近い山岳地帯で地形を変える程の連携攻撃の練習をしていた勇者は、とある音を耳にして、一人走り出した。
その音は、教会や王城の法具が発する音だったが、なぜか勇者にしか聞こえないらしい。
「こんな国外の山奥に、貴族か教会の関係者か?」
勇者が一人で走り出した理由は、もし教会の施設だった時、教会と関係の無い剣士に知られるのはマズイ場合があると考えたからだ。
勇者は、一応だが守秘義務の教育をされていた。
窪地に隠されたその建物は、荒削りだが、教会に似ていた。
そこに、一人で住んでいたのが【賢者】と呼ばれる人物だった。
彼は、先の魔王討伐に参加した人物で、当時の次期法皇候補の一人だった。
次期法皇選抜戦の直前に出奔し、姿を眩ましたと聞いていたが、勇者は肖像画を見た事があった。
年齢は重ねて白髪になっているが、間違いない。
「お前が今回の勇者か?魔王討伐など辞めろと言いたいが聞く耳持たぬだろうし、辞められぬだろうな」
「賢者様ともあろう御方が、後輩にアドバイスするなら兎も角、なぜ、その様な事を仰有るのです?」
「勇者は魔王を倒さねばならないのだろう?ならば知らぬ方が良い。知れば魔王は討てなくなる」
「それは、どういう意味ですか?」
「知らぬ方が良いと申しておるだろう?それより、魔王を倒した後に生き残りたければ、王家と教会から身を隠せ」
「なぜ、その様な事を?」
「この薬をやるから、この場を去れ」
賢者は、勇者に無理矢理に薬瓶のついたネックレスを持たせると、扉を閉めて取り付く島もなかった。
この事は剣士は勿論、誰にも話してはいない。
薬瓶の中身は、後日に勇者の母の友人である薬剤師に調べさせたところ、急激な成長を抑制する薬で、害のあるものではなかった。
「でも、何かの役にはたつのだろう」
そうして勇者は、この薬瓶を秘かに身に付けていたのだった。
城から出て城下町を下っていきながら、勇者は魔王討伐の為に暫く見る事のできなかった王都の街並みを眺めていた。
人は大きな体験をすると、その前後で物の見方が変わる事がある。
勇者も魔王討伐で、王国を離れていたので、外界を見て考えが変わった事がある。
それは、国内で奴隷として使われている亜人達の事だ。
亜人とは、人間に似てはいるが猫の様な耳があったり、尻尾が付いていたりする存在だ。
全身に毛が生えていて、四足歩行に近い者も居る。
口はきけないが、人語を理解して、人間より体力がある者も居る。
亜人は、古の大戦で生まれた呪われた存在だと言われ、国の外には大量に存在している。
外国には獣人を人間扱いする国もあると言うが、勇者の居る聖王国では【清らかな人類】【選ばれた人間】を重視して、獣人の排斥をし、家畜としてあつかっていた。
そんな獣人達に対する意識が変わったのは、魔王討伐の為に王国から離れた奥地で獣人の村を見つけた時だった。
彼等は、人間の農民同様に会話をし、家を建てて畑を耕していた。
そんな村々を見ていて遭遇したのが奴隷商人達だ。
奴隷商人は兵と武器を使い、村を焼き、獣人を拐っていた。
「彼等を救わなくては!」
「辞めろ、勇者」
勇者を止めたのは同行していた法師だ。
「なぜ、止める?」
「奴隷商人は、我々と同様に国の許可を得て国外に出ている。国の重要な労働力である奴隷の確保を邪魔する事は、国を敵にまわす事になるぞ」
確かに、法師の言う事も理解はできる。
だが、
「だが、彼等は人間の農民と何処も変わりない。そんな者を奴隷にするなんて」
「奴隷なんて、大抵はそんなものだ。獣人が生まれながらに呪われているのは、見れば判るだろう?貧しい人間を奴隷として使うよりはマシじゃあないか?」
「だけど、だけど!」
剣士の方を見ると、彼も事情を理解しているらしく、首を横に振っている。
中世以前の侵略戦争は、領土獲得よりも、奴隷獲得の戦争と言うのが正解だろう。
戦で踏み荒らされた畑よりも、戦争により獲得した奴隷の方が価値がある。
戦争勝利国の国民は、奴隷を使って畑を耕したり作業をさせて、楽で豊かな生活を謳歌していた。
近代戦争でも、捕虜や戦争犯罪人を耕地開拓の強制労働に使ったりしている。
それに呪われていると言うのも否定できない。
母親と、抱かれている赤子の形状が違うものが多い。
明らかに奇形と見られる者も少なくはない。
元が人間だとしても、幾つかの呪いが混ざりあって遺伝しているとしか思えない者達だ。
国内では珍しい奴隷狩りを覗きに行った忍者が帰ってきた。
「亜人って、水銀で喉を潰されていたから話せなかったんだねぇ。去勢や避妊手術で半分も生き残こっちゃあいない」
「心配する事はないよ忍者。亜人なんてたくさん居るし、すぐに増える」
「そうだね法師。毎年、五匹くらい産むんだっけ?間引いてやらなきゃ殺し会うんだよね?」
忍者の認識は誇張されてはいるが、亜人は多産系で数が増えすぎる傾向にある。
加えて、人間との交配も可能な為に、しっかりと別けておかないと、【人間と言う種】が亜人に呑み込まれて消滅してしまうだろう。
更には普通の獣と違い、生態系の上部に位置して技術力もある為に飢え死ぬ事も少ない。
結果的に少ない農地を奪い合い、国を作って戦争をしているのが、諸外国の姿だ。
奴隷の喉を潰すのも、実は合理的だ。
農民は、通常は文字を読み書きできない。
喉を潰せば、奴隷同士の結託や協力が難しくなるので反乱が難しくなるし、元より奴隷には【YES】しか許されない。
本当は、亜人を下等生物たらしめているのは人間なのだろうが、殺し合いを放任するのが【善】なのか、奴隷として間引いてやるのが【善】なのかすら、勇者には分からなかった。
だが亜人に対して、以前には持たなかったモヤモヤが、それ以後も残っている。
見事な街並みと、そこで目にする奴隷が、勇者に、その事を思い出させるのだ。
勇者の生まれ育った教会では、自由と平等、博愛と献身を唱っていた。
普通の農民と違いない亜人の生活を見たあとでは、その教えすらウソっぽく見えてくるが、以前の勇者は、確かに真理だと確信していた。
「魔王が軍を率いて、聖王国を滅ぼそうとしたのも、こんな矛盾に満ちた国を壊して、自由を取り戻したかったのかもなぁ」
その魔王こそが、勇者に命の危険を知らせた二人目だった。
魔王を打ち倒し、その命が尽きる寸前に、勇者が聞いた最後の言葉。
「お前も、前の勇者みたいに毒を盛られないように注意しろよ!」
その言葉は勇者の心に響いていた。
「姿も心も醜い魔王め!そんな戯れ言に惑わされはしない」
反発したのは法師だった。
「勇者は、我々人間の英雄!教会の宝。皆が褒め讃える存在だ。誰に怨みを買うものか!」
確かに、魔王を倒して国を守った勇者は、褒め讃えられるだろう。
だが勇者は、自らの胸を押さえて、眉間にシワを寄せる。
「(毒?【毒】だと?賢者様がくれたのは【薬】。これは無関係なのか?魔王が言っている事は、ウソなのか?)」
全く違う所から出た違う言葉の持つ共通点が、あの言葉を呼び覚ます。
【死にたくなければ、教会と王家から身を隠せ】
帰国するまでの間に、この疑問が確信へと変わるのに、さほどの無理はなかった。
魔王戦を思い出して立ち止まった勇者は、考えて、足の向きを変えた。
「教会へ帰る前に、旅の仕度をしておかなくてはな・・・」
彼は脇道へと逸れて、商社のある区画へと入っていった。
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王城のバルコニーでは、国王と法皇が人払いをし、テーブルで茶を飲みながら城下を眺めていた。
「今回の勇者は大丈夫なのだろうな?」
「はい、陛下。毒耐性を落とした上に、他のメンバーともバラバラにして御座いますゆえに、御心配には及びませぬ」
落ち着いた様子で法皇が菓子に手を伸ばす。
「しかしなぁ、御主と共に法皇候補だった彼の者が、前の勇者を救った上に、いまだに行く方不明なのだろう?関わっては来ぬか?」
「あの下賎の者ですか?確かに心配ですな。ならば勇者の周辺を見張る為に、陛下が召し抱えた、あの【忍者】をお貸し頂けないでしょうか?」
お茶を飲みながら、国王の眉毛がピクリと動く。
「存じておったか?あの者ならば、既に勇者を見張らせておるよ」
「さすが陛下は御慧眼に御座いますな!」
「こんな事を、何十回もやっておれば、身に付く配慮じゃよ」
二人の口元が、醜く歪む。
「「全ては人類の未来の為に」」