19反逆者
教会での事件は隠密により、起きたその日のうちに国王の元へ報告された。
「何だと?法皇が魔王に殺され、枢機卿の大半が一斉に病死しただと?そもそも、なぜ魔王が教会に居たのだ?」
「はい。魔王とおぼしき者は、法師と【賢者】と呼ばれた者が手引きした様子でして・・・」
国王には【賢者】と言う名前に聞き覚えがあった。
「賢者が今さらか?法師には【剣の枢機卿】とかが同行していたと聞いているが?」
「教会の【剣の枢機卿】殿も、国外で急死された様です。これは国境で確認されています」
偶然にしては出来過ぎている。
「法皇は兎も角、なぜ枢機卿ばかりが一斉に死んだのだ?」
「わたくし共には、判りかねます。遺体は教会から持ち出せませんでしたので」
「・・・・・・」
教会には幾分かは王家寄りの枢機卿も居たので、国王は何人かと連絡を取ろうとしたが応答が無い。
「(【高貴な存在】特有の伝染病が発生でもしたと言うのか?)」
教会にも、教会に雇われた隠密が存在する。教会での調査資料を奪えと言うのは酷な話だ。
また、隠密達が【高貴な存在】の特徴について知る筈もない。
国王には枢機卿の死に見当がつかなかったが、それも仕方の無い話だ。
【不死者】との戦い方を探し、検討していた賢者とは違い、国王達がE兵器の存在を失念していたのは仕方の無い話でもあった。
E兵器など大戦後に使われた事など無い。
【不死者】達が生まれたのは、大戦後にシェルター生活をしてからであり、当初の知識としてE兵器の存在を学んでいても、その後の十数世代の記憶に埋もれてしまい、すぐに出てくる物でも無かったのだ。
「死亡原因が何にせよ、法皇殺しに法師と賢者が関わっている事には変わりない。至急、兵を集めよ!教会を占拠した反逆者共に鉄鎚を食らわしてやらねばならない!」
「御意に」
命令を終え、人払いをして隠密も側仕えも居なくなった部屋で、国王と皇太子は顔を見合わせた。
「こんな事は、かつて無かったな」
「陛下。兵だけに任せておいてよろしいのでしょうか?誰か【高貴な存在】も同行させなければ、充分な情報収集ができないと思いますが?」
「報告によると、教会側の者は殆んどが変死したらしいではないか?万が一にも再生できない状況だった場合、制圧後に王家側から補充するにしても、数を減らしたくはない。それとも、皇太子が行ってくれるのか?」
「ははは、まさか!」
誰かがやれ!誰かが何とかしろ!と口にはするが、自分自身がやろうとしない人間は、いつの世にも何処にでも居る。
「そもそも、教会に現れた魔王と言うのは何なのだ?今回の勇者を含め、死んだのではないのか?」
「陛下。そんな事は私に言われても分かりませんよ。幾つも可能性がある。それ以前に、なぜ法師と、その【賢者】とかが法皇達を殺したのか、根本的な所がハッキリしない」
生前の法皇から聞いた話では、その【賢者】と言う者とは、十年以上前に法皇選抜で争った間柄らしい。
今さらの報復か?
こんな事をして【人を呪わば穴二つ】ではないのか?
「クソッ!教会側からの情報が少なすぎる。今回の勇者も死体を確認できていないので、何ともいえぬ。あの再生力はナパームくらいでなければ倒せないし、ナパームを使えば跡形も無くなる恐れはあるし・・・先代勇者の様に逃げられても後々が厄介だったからな」
先代勇者が毒殺から生き延びた理由は、薬学にも精通した賢者が近くに居た為だと思われている。
だからこそ、今回は武器にのみ精通した法師を当てたのだ。
そして、毒殺に加えてナパームを多用した攻撃も加えている。
国王は考える。
根本的に、今回の魔王/先代勇者討伐が嘘かも知れぬ。
先代勇者に縁のある賢者に唆された勇者達四人が口裏を合わせており、教会制圧の為に戦力を温存していて、今期の勇者はナパームで死んだのかも知れない。
先代勇者は討伐したが、今期の勇者がナパームから生残り、法師と賢者を巻き込んで教会に復讐したのかも知れない。
先代勇者も今期の勇者も死んだが、法師と賢者が自然発生の魔王を使って教会制圧をしたのかも知れない。
事が一日の内に起きていて、早すぎるので情報が足りない。
どの可能性もある。
「王都から手練れの兵を集めて進軍できるのは、早くても明日になるでしょう。陛下の名で【高貴な存在】にも召集をかけて、情報の収集と共有をしておくべきでは?」
「そうだな。誰かが掴んでいるかも知れぬ。兎に角、情報が足りぬ」
国王達は、苛立ちを隠せなかった。
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『先代の法皇と枢機卿の多くの事は、前に話した通りじゃが、悲しいかな、国王陛下を含む多くの貴族も、既に機械人形とされている様だ。教会と同様に、王城の人工知能も暴走し、人間支配をしていたらしい』
「なんて事だ!」
教会内に流れる映像に、教会の皆が驚愕する。
生まれたばかりの新生児に機械を埋め込まれ、成長して皇太子や貴族の御曹司として出ていく様が、ビデオ編集されて流れていく。
特に皇太子の顔など、国民の誰もが知っている。
『彼等は教会にも、再び機械人形を送り込もうとするだろう。そして、その次は皆の子供が機械人形とされるのだ。我々は、人間を、子供達を守らねばならない』
「おいおい、なんか大変な事になったな!王城と戦争か?」
『門を閉ざせ!何びとも入れるな!壁の上に武器を並べて邪な力に抗うのだ!』
教会では、新法皇と法師達が先頭に立ち、教会防衛の準備を進めていた。
彼等は、勇者に毒が盛られた直後からの一ヶ月以上をかけて、策を練り準備してきたのだ。
やるべき事、注意すべき事は箇条書きにして書き出していた程だった。
遺跡調査隊だった者の一部は、早々と国境を抜けて、追加のE兵器を取りに行っている。
教会内では、新たに【枢機卿にされてしまった】法師が、現場の指揮を取っていた。
「火器は非電子機器を主軸にしてください。装甲車を外部に準備しましょう。通信機器等には、対E兵器用のシールドシートを巻く様にお願いします」
法師の指示が飛ぶ。
教会の外壁の上では、命令のままに準備する修道士達が、通信機を配布されたシートで巻いている。
「シールドシートって、電子レンジのガラス面に貼ってる網の流用だろ?」
「こんな物も、実は軍事用品だったなんて驚きだな」
「何を言ってるんだ。通信設備も、コンピューターも、元々は軍事利用を目的に開発された物だろ!平和な社会の便利さは、戦争によって支えられているのさ」
現在日本の学生服に流用されている男子用のツメ入り制服は陸軍軍服。女子用のセーラー服が海軍水兵の軍服が元ネタである事も、多くの者が知っている常識である。
コンピューターの発展型であるスマホも、ミサイルの弾道計算用に開発された物の成れの果てと言える。
登山用品として有名なカラビナなどは騎兵隊銃の専用金具として開発された。
「法皇猊下。本当に城の隠密は侵入阻止だけで良いのですか?」
「はい。命を奪ったり、逆に城に侵入する必要はありません。仕事とは言え、同郷の者同士で殺し合うのは辛いでしょう。できれば、城の隠密と談合して戦っている振りをして下さっても構いませんよ」
法皇の執務室では、教会に雇われている隠密の頭が、法皇からの命令に驚いていた。
城の隠密も、教会の隠密も、両者とは独立した【忍の郷】からの別契約で働いている。
今までは、教会と王家が対立する事が無かったので、争う事も無く御互いに見逃しあっていたのだが、イザとなれば親子で戦う事も覚悟していた。
実際には、忍の郷の異なる分家が派遣されているので、親子は無いが親戚同士の戦いにはなる。
「我々としては、ありがたい限りです。共に勝ちも無く、死者も無ければ、郷での関係が悪くなる事も無いので」
隠密の頭は、忍の郷の実家経由で、城の隠密とのコンタクトをとる算段をしはじめている。
「教会の方で籠城していれば、別動隊が勝利に導いてくれます。手練れは城の方が多いでしょうが、装備や武器弾薬は教会で作っていますし、食料も自給しています」
兵法でも、籠城した相手を倒すには、その三倍の戦力が必要と言われている。
「法皇猊下。地下通路は全て塞ぎました。指示通りトラップも設置済みです」
「ご苦労様でした。人工知能のプロテクトが解除出来たので、教会創設以前の地形データまで読み出せて助かりましたね」
修道士からの報告を、新法皇は笑顔で労う。
城で教会攻めの人員が集まった頃には、教会は既に鉄壁の要塞と化していたのである。
※【人を呪わば穴二つ】
他者を呪った末路は、共倒れしかないと言うコトワザ。
穴二つとは、墓穴が相手と自分の二つ/両者共に死ぬ/と言う意味。