18人工知能
教会は、知識と技術を蓄積して活用する場所として運営されていた。
蓄積された情報は、複数の記録装置と三台の人工知能により管理されている。
これらの設備は教会内にある工業プラントで作製され、定期的にOSコピーと交換がされているので、劣化による機能停止は起きていない。
情報端末は教会内の誰もが扱う事が出来るが、その閲覧やアクセス権限は人工知能により制限されていた。
人工知能と言っても、疑似人格や感情を持つには至らず、あくまで模倣であり、判断と推論機能に長けているに過ぎなかった。
優れた技術を持っていた前世紀においても、己を正しく判断できない人間に、人間の思考を解析しつくす事は、ついに出来なかったのだろう。
教会の聖堂内で発生したEMI/EMPにより詳しい情報収集は出来ないが、そこに集合していた教会内の【高貴な存在/不死者】が、全て死去したのは間違いないと人工知能は判断した。
出入りが再開した一時間後になっても、【高貴な存在】の出入りが無かったからだ。
謁見が行われた聖堂が、戦争を想定した防護建築物の流用であったため、外部へEMI/EMPの影響が皆無だったのが、不幸中の幸いと言えるだろう。
外部からのEMI/EMPを防ぐ為の構造が、逆に外部への電磁波影響を防ぐ結果になったのだ。
緊急事態を認識した人工知能は、他の【高貴な存在】の判断を仰ごうとしたが、王家とのアクセスは、権力の独立を求めた生前の教会内の【高貴な存在】により、ハード的に回線を閉ざされていた。
上級情報の開示は勿論、このままではシステムのメンテナンスもできないと判断した人工知能は、【高貴な存在】が設定したアクセス制限を緩和する判断に至る。
システムやハードウェアの更新には、最低でもアクセス権A以上が必要だからだ。
アクセス権A以上の存在が全滅する想定は、されていなかった。
監視カメラ等による情報収集の結果、一時期は教会内での戦闘もあったようだが、既におさまっている。
会話を傍受した結果でも、アクセス権Sの法皇とアクセス権Aの枢機卿は、全員が死去しており、アクセス権Bの一般枢機卿以下の者しか残存しては居ない様だ。
そのアクセス権Bの枢機卿達が集り、他の教会職員と相談して人事情報の更新をしようとしていた。
本来は出来ない行為だが、このままではシステムが崩壊するので、先の判断に基づき、人工知能は制限を緩和した。
新たな法皇に伴うアクセス権Sの登録。
一般枢機卿のアクセス権Aへの変更。
外部の者にアクセス権を与える訳ではないので、人工知能は許容範囲内と判断した。
元より、サイボーグである【高貴な存在】と一般枢機卿の違いは、管理レベルの違いと認識していたので、運営上は押し上げるのが当然の行動だろう。
運営業務自体は、記録を参照すれば問題ない様になっている。
新たに【不死者】になった者に対する教育カリキュラムも有るので、時間は掛かるが支障は無い筈だ。
こうして教会の情報統制は、新たな法皇と、それを支持する枢機卿達に移行される事となった。
「歴代の法皇と過半数の枢機卿達は、この様な装置を自らのクローンの脳内に埋め込んだ過去の記憶を持った者達によって、交代で牛耳られてきたのじゃ」
「つまり、同じ人間達による独裁制が行われてきたと言う事ですか?法皇猊下」
「その通り。これらの記録映像が、その証拠と言えるじゃろう」
新たな法皇となった賢者が、閲覧可能になった資料によって得られた映像を使って、【不死者】達の存在を残った枢機卿達に説明していた。
法師も、話には聞いていたが、実際に映像で見るのとは驚きも違うものだ。
【不死者】達は復活の儀式と称して、妻となった巫女達に自分達のクローン受精卵で借り腹出産させ、誕生後に記録デバイスを移植していたのだ。
新法皇は、枢機卿達だけを集めて、今後の展開を協議する。
「先ずは、今回の【不死者】全滅によって、以後の法皇選抜は正当な物となったが、【不死者】達の事を教会内の全てに知らしめると、騒動になるのではないかと思うのじゃが?」
「確かに法皇様のおっしゃる通りです。借り腹扱いされた巫女もですが、頑張れば法皇になれるかも知れないと努力していた者達が、騙されていた事に逆上するかも知れません」
「まあ、我々も、その様に騙されて、枢機卿になって既成事実作りに利用されていたわけですからな。」
「逆上しますか?」
「いや、本当に可能性ができたのですから、今さらですよ」
新法皇が、枢機卿達の顔を見回して、再び口を開く。
「では、【不死者】に関する事柄は、枢機卿以上の者のみの秘密として同意頂けるとして・・・」
席を立とうとした法師を、新法皇が手をかざし【待て】と止めて話を続ける。
「先の法皇や枢機卿達を殺害した理由をデッチ上げなくてはならぬ。」
「確かに。そうしないと、暴力による権力の奪取と言う不名誉な事になりますな」
「法皇猊下には、何か妙案がお有りかな?」
新法皇は、テーブルの上に焼けた記録デバイスを出した。
「前もって考え、聖堂で演じて見せたのだが、脳から直接に記録デバイスを取り出して、【不死者】達を機械人形と称したのじゃ」
「機械人形?」
「それは、機械に操られた人間と言う意味ですか?」
新法皇は、頷いた。
「正しく努力して枢機卿になった者達の大半が、いつの間にか機械を埋め込まれ、人工知能のコントロールにより人間を支配していた・・・・・と言う筋書きじゃ。これには、近衛兵をはじめ、護衛達の目撃も作ってある」
「陳腐な小説ネタではありますが、使えそうですな」
「既に目撃者も居るなら、それしか無いでしょう」
「しかし、根本的解決として人工知能を止める必要性が出ますが、いろいろ問題が有りませんか?」
「いや、一般には【問題解決の為に人工知能を初期化したので大丈夫だ】と伝えれば良いだろう!」
人工知能のソフトロジック自体は、コピーを繰り返しているので、その現状について詳しい者は居ない。
多くの者が、小説やドラマの演出による影響で【暴走して人間に有害な存在になるのが当たり前】と思っているフシがある。
流石は枢機卿に選ばれるだけの者だけあって、多くの建設的意見がでている。
新法皇は、感心しながら咳払いをして注目を集めた。
「うむ。人工知能の初期化をして対処したと言うのは妙案やもしれぬ。一般利用者に対する処理速度をわざと遅らせれば、現実味が出るのではないか?」
「流石は法皇様。そうすれば、皆も実感するでしょう」
「次に、王家と貴族への対応だが・・・」
新法皇は、法師の方へ視線を動かし合図した。
「謁見の際に目にした範囲でも、国王と、皇太子。公爵家と侯爵の五人に筆頭大臣が【不死者】と思われます。恐らくは隠居されている先王も不死者の可能性がございます」
法師の発言に、枢機卿達は言葉を失う。
「王家や貴族は、どのみち独占的な世襲制なのですから、【不死者】のままでも良いのでは?」
「いや、しかし、同族とも言える教会の【不死者】を皆殺しにされて、黙っているだろうか?こちらに再び【不死者】を送り込む形になるのでは?」
「それより、王家も公爵家も滅ぼしたら、国の統治はどうするのだ?」
枢機卿達は、意見を飛ばしあった。
「王家が、現在の教会を放置するとは思えません。先ずは守りを固めましょう。そして、見たところ姫は生身の様ですから、国王と皇太子、先王を今回の方法で【病死】していただき、教会が後見人となって姫に女王になって頂くのが最良かと。その後に貴族側の【不死者】を一掃するのです」
法師の発言に、枢機卿達は考え込む。
「法師殿の案は素晴らしいが、問題は、どうやって姫を仲間に引き入れるかでしょう?教会の者が面会できるとは思えませぬ」
「如何にも如何にも!」
枢機卿達の判断は正しい。
国王達を先に殺せば、姫との接触は更に難しくなる。
「それに関しては、既に手配をしておる。確実ではないが、可能性がゼロではない。少し時間は掛かるかも知れぬが」
新法皇が、法師の案を後押しする形で説明を始めた。