17クーデター
クーデターと内乱や反乱の違いは、成功したか失敗したかの一点に他ならない。
正当性や方法に意味はない。
勝った者が、事実関係や歴史的記述を書き換えるなど、神代の時代から行われている。
勝者にとっての【侵略】は【討伐】に書き変わり、子供に対する惨殺や強姦なども闇に葬られる。
さて、枢機卿の急死により検問をほぽ素通りした遺跡調査隊の五台の馬車は、そのまま王都の教会へと直行し、法師は法皇に直接の報告をした。
検問から先触れが走ったので、謁見は直ぐに行われたのだ。
「遺物の発見報告の際に、急に倒れられ、某が駆け付けると痙攣を繰り返して、そのまま亡くなられました。皆と同じものを飲み食いし、一緒に行動していたのですが、枢機卿には何か御病気があったのでょうか?」
「いや、特に病気などは聞いておらぬが・・・」
既に隠密から報告が来ているかも知れないが、法師は嘘を言ってはいない。
隠密ごときに、あの状況が理解できる筈がないので正確な報告などできない。
法師は謁見室を見回す。
法皇は勿論、殆どの襟付き枢機卿などが集まっている。
その左右を倍以上の数の衛兵に守られて。
同じ不死者の死亡が気にならない筈はない。
検死の結果では外傷も毒の痕跡も反応も無く、頭部の記録デバイスが焼ききれていたとなると、他人事ではない。
報告では、同席した法師達には何もなく、いきなり倒れたと言う話だった。
「で、その際の遺物とは、どの様な物なのだ?」
「はい。遺跡で発見した古代の遺物は二つございます。一つは・・・」
法師の合図と共に、部屋の隅から一辺が1メートル以上ある箱が法皇の前に押し出される。
押し出してきたのは、調査隊の者達だ。
その一人が、法皇の前に立ち、フードを外した。
「そ、ソナタは・・・」
「お久しぶりでございます。【書の枢機卿】殿。いや、今は【法皇】様と御呼びせねばなりませぬな」
「やはり賢者か?何をしに帰ってきた?」
調査隊の馬車が増えていたのは、賢者の馬車が加わっていたのだ。
「ですから、報告通りに遺物を御持ちしたのですよ」
そう言って賢者は、箱の蓋を開けた。
箱の中で布に覆われた何かが動いたと思った途端に、飛び出す物があった。
「うぐっ!ぐぐっ!」
次の瞬間、全身を真っ赤に染め角を突きだした魔王/勇者が、法皇の首を絞めていた。
法皇が横に居るので、護衛も手出しできないで居る。
「よくも巫女である母を殺したな!勇者も魔王も自分達で産み出しておいて、邪魔になれば周りごと処分しようなんて、けっこう我が儘な法皇様だ!」
護衛達にも、その衣装としゃべり方には記憶があった。
勇者の衣装は、この時の為に法師が準備しておいた物だ。
勇者を知る教会の者なら、誰でも勇者が魔王に豹変したのが想像できる様に。
ゴキッ!
異音と共に、法皇の首が変な方向に垂れ下がり、枢機卿達からは、悲鳴が上がる。
護衛の者達は、勇者の衣装を着た魔王に混乱して手をこまねいている。
「枢機卿の皆様にも、御見せしたい物がございます」
法師が懐からE兵器を取り出すと、迷わずスイッチを押した。
「「「「「ぐあっ!ひっ、ひっ!」」」」」
全ての枢機卿達が、一斉に痙攣して倒れる。
判断の速い護衛が法師や勇者に銃を向けるが、護衛用に使われているレーザー銃とバッテリーは、発熱して火花が散り、使い物にならなかった。
初めて見る魔王。
それも勇者の衣装を着ている。
次々と謎の死を迎える枢機卿。
いきなり使えなくなる武器。
これだけ想定外の事が重なると、訓練された者でも動揺する。
殆どの護衛が実質、動けなかった。
そして勇者は、その腕力で法皇の頭蓋骨を握り潰し、小さな機械片を取り出す。
「見ろ!これが我々を偽ってきた機械人形達の正体だ!人間は機械に操られてはならない」
勇者の叫びに、賢者が続く。
「機械人形達は勇者を作り、魔王を作り、全ての人間を偽って操ってきた。我々は人間を機械人形から解放する為に帰ってきたのだ。お前達は、機械の道具になりたいのか?自由意思を奪われたいのか?」
護衛の一人が、息絶えた枢機卿の頭をレーザー銃のグリップエンドで叩き割って脳味噌を掻き回すと、確かに小さな電子機器の様な物が出てきた。
「おい!こっちの枢機卿にも入っていたぞ!」
「こっちもだ!」
事の異常さに行動した護衛は、一人や二人では無かった様だ。
何せ、彼等は一部始終を見ていたのだから。
教会の各所では、残った調査隊の者達が、法師からの電波発信途絶と同時に、各所で銃撃戦を始めていた。
全てが賢者のシナリオ通りに進んでいる。
「法皇様が崩御されたので、ここは候補次席だった賢者様に代理をお願いしたいのですが?」
「今さら何を言う。代理なら、法師の方が適任であろうが!」
「いやいや、某は立候補もしておりませんので」
「・・・・・・・・」
法師に任せようとしたが、論破されて黙る賢者に、隊員だけではなく、護衛や近衛隊の多くが視線を向ける。
「もはや、出世など眼中に無いのだがな」
賢者が、嫌々ながら床に落ちた法皇の冠を頭に乗せると、周りから拍手と声援があがった。
「新法皇様万歳!人間に自由と平和を!」
法師の言葉に続き、鳴り止まぬ拍手が続く。
そんな中で床に座り込んで法皇のデバイスを見ていた勇者に、法師が歩み寄って肩に手を掛けた。。
「少しは気が晴れたか?」
「ああ、お陰でな」
勇者は首から下げていた薬瓶を手に取った。
「おいおい!まだ王家が残っているだろうが?」
「そうなんだが、姫に、この姿を見せるのは、死ぬほど辛いんだ。後は任せるよ」
そう言い残すと、勇者は薬を口にして、静かに永遠の眠りについた。
「忘れたのか勇者よ。自殺は地獄行きだぞ」
教会の教えを口にした法師の視界が滲み、頬に温かい物が流れていた。