16軍事基地
軍事基地には、そう遠くない所に兵士達の居住区と、生活基盤を支える商業施設が必要となる。
賢者が古地図からチョイスしたのは、そういった遺跡だった。
勇者騒ぎの時も、王家などが隠密を放っていた事を法師から聞いていた賢者は、尾行がつくと判断して、法師には商業区画の調査で囮を演じてもらう事にしたのだ。
その間に、賢者率いる【本隊】が、近くの軍事基地を捜索する予定になっている。
無論、法師と行動を別にする【本隊】にも隠密の尾行はつくだろうが、数が少なく末端の者が割り当てられてくるだろうと予測した。
案の定、法師には【不死者】が張り付いているらしい。
「賢者様。こちらの尾行は問題ないのですか?」
「【支配者】でない隠密に、古地図の情報など渡るわけもないし、詳細を聞かせている筈もない。法師の居ない【分隊が、たまたま軍事基地を発見した】くらいにしか認識できないだろう」
賢者は隊員に対して、【不死者】ではなく【支配者】と言う言葉を使った。
そうしないと、また多くの説明が必要になるからだ。
とりあえず賢者は、隊員を安心させる事にした。
今回の様に枢機卿が現場に出る事すら異常なのだ。
これ以上に【不死者】が出てくる可能性は低い。
隠密の最優先行動は【有事の際は枢機卿の頭部だけでも持ち帰れ】であり、次点で法師の行動調査の筈だ。
敵側には【本隊の指揮者である賢者の存在】を確定されてはいない。
今回、この様な計画を立てたのは、教会と戦う武器を手にいれる為に基地などの調査をしていた賢者には、発掘の為の資材や道具、人手が圧倒的に不足していたからだ。
既に指名手配されているであろう賢者には国境を越える事は困難で、教会内の協力者と連絡をつける事も難しかった。
そんな折に勇者と共に飛び込んできた法師は、渡りに船だったのだ。
「壁を破壊する爆薬、鉄扉を焼ききるガスバーナー、酸素マスク、セキュリティキャンセラーなど、必要と思われる物は用意してございます」
「すまぬな。単身で教会を出たものだから、持ち出せる物に限りがあってな」
禁書庫への侵入がバレるのも時間の問題であった賢者には、時間的余裕が無かったのが真実だが、禁書庫の事まで教える必要は無いと法師と共に判断した。
航空機に関与しない軍事基地の大半は、攻撃に備えて地下や半地下の環境に建設される。
長年使用されないと空調も停止するので酸欠となり、侵入が困難となる。
20世紀以前の遺跡調査は、窒息や感染症で死ぬ者が多かったが、潜水用に開発された空気ボンベにより、幾分は改善された。
20世紀後半には、海洋探検家により泡の出ないボンベの開発が求められ、結果的に数時間も使用できるボンベが開発されている。
排気から炭酸ガスを除去して再利用する事により、従来のボンベサイズで六時間越えの使用も可能となっている。
賢者達は、その様な前世紀の遺産を再生使用する事で、今回の発掘を成功させようとしていた。
シェルター時代を経てきた聖王国では、地下で作業する為の道具が多数存在する。
施設情報を得る為に、コンピューターの一部をバッテリーに繋いでみたが、既に情報媒体であるハードウェアが錆び付いているのか、メモリー保持電力が尽きているのか全く作動せず、結果的にフロア案内パネルや紙媒体の情報を漁るしかなかった。
モーター類も錆び付いており、電力供給しても動かない為に、ガスバーナーで焼き切る場面が多発した。
調査開始から四日目に、賢者達は目的である武器庫にたどり着いた。
資材的にも限界だったと言えるだろう。
重火器の入手もだが、賢者には探している武器があり、当時の軍事基地には必ずしも有ると予想されていた物だった。
賢者は持ち込んだ資料と、保管庫のリストを確認して、それを発見した。
「電源を交換して、使えるかどうか試すか。幸いにもサンプルが来ているらしいしな」
十個以上のソレをカバンに詰め込んで、酸素マスクの下の賢者の顔は、不気味に笑っていた。
王国出発から一週間。
調査開始から五日が経った。
法師の元に分隊B班から無線が入る。
『法師様。【お宝】を発見しました。御持ちしますので発振器を作動させて下さい』
「了解した」
【お宝】とは賢者が探していた武器を示す隠語だ。
法師はビルの残骸から出て。発振器のスイッチを入れた。
「【お宝】とは、どんな遺物が見つかったのでしょうな?」
「それは、見てのお楽しみと言うところでしょう」
ついてきた枢機卿の問いに、法師は笑顔で答える。
夕方近くになって、法師達の元に来たのはB班の一人だった。
「見付けた物が精密機械なので、無線機をはじめとした電気機器類を、ここに置いていってください。向こうの広場まで歩きます」
周辺調査の報告により、法師達の位置から五百メールほど先に 、公園の様な場所がある事は知っていた。
法師達は馬車に機材を置いて、B班隊員の後に従う。
「発見したのは、どの様な遺物なのかね?」
「私も知らないのですが、詳しい者によると、とても貴重な物らしく、是非に枢機卿にも御覧いただきたいと申しております」
「私に?それは興味深い」
枢機卿と隊員のヤリトリを理解していたのは、法師だけだろう。
五人が広場に着くと、そこには六人の隊員が待っていた。
しばらくして、その異状に驚いたのは枢機卿ひとりだけだった。
いや、他はニヤケていたと言うべきだろう。
「おい!一人多くはないか?全員で・・・・・十一人居るじゃないか?」
待っていた六人は、ほぼ同じ格好をしていたし、枢機卿は個々の顔を覚えようとはしなかったので、誰が増えたのか判らない。
「何を言っているんですか枢機卿様。調査隊の隊長が来たんですよ」
「隊長?隊長は法師殿、そなたであろう?」
枢機卿と法師の会話に、一人の隊員が歩み寄り、語りだした。
「枢機卿職にある貴方なら御存知かも知れませんが、前世紀の戦で使われた大規模兵器には、原子力を使ったA兵器/Atomic Bomと細菌などを使ったB兵器/Bio Bom、毒ガスなどの科学物質を使ったC兵器/Chemical Bom等の他に、E兵器と呼ばれる電子機器を破壊する物があったのです」
枢機卿は、大きく目を見開いて、歩んでくる老人を見た。
「まさか、賢者か?」
賢者は懐から、手のひらサイズの器具を取り出し、枢機卿に見せた。
「そんな、そんな物を何処から・・・」
ソレが何か判ったのだろう。
枢機卿は拳銃を取り出し、賢者に向けようとした瞬間、痙攣して地に伏したのだった。
同時に、隊員達全員の毛が逆立って、身震いをした。
「賢者様。どうなったのです?ソレは何なのです?」
法師は枢機卿に駆け寄り、その脈を確認している。
法師以外の隊員が、驚きに騒ぎだした。
「これが、前世紀に使われたE兵器と言う物で、周辺にある電子機器を狂わせる力を持っておる。こやつら【支配者】は、脳内に電子機器を組み込んでおるので、致命傷となるのだよ」
賢者の説明に、一同が驚嘆する。
「サイボーグなのですか?【支配者】は?」
ある意味で、脳に機械を埋め込んでいる者は機械に支配されていると言う風評が飛びやすい。
スマホを手離せない現代人を【機械に支配された人間】と予言した者も実在する。
隊員達の認識も、それに近かったのだろう。
倒れた枢機卿を異端者を見る様に睨んだ。
「兎も角、必要な物は手に入り、幸いにも実験も成功した。後は【支配者ども】を駆逐して、人間の手に自由を取り戻すのだ」
「「「はい!賢者様」」」
法師が枢機卿の遺体を抱き抱え、賢者に問う。
「枢機卿は急病で倒れられた。と言う筋書きでよろしいですな?賢者様」
「ああ。そうすれば、隠密の目撃通りになるし、荷物もろくに調べられずに国境を越えられるじゃろう」
国の重鎮たる枢機卿の遺体を、国境検問の為に足止めなどできないだろう。
足枷だった枢機卿が、帰りには免罪符になるとは、予想だにしなかった事だった。
*ABC兵器はNBC兵器と表現する場合もある。
核/Nuclear