14法師の動向
法師が教会へ戻ったのは、国外へ出掛けて一ヶ月後だった。
「いやぁ、困った困った。忍者とはぐれるし、馬車は紛失するは、装備は無いわで、奴隷商人と出会わなければ、某も迷ってしまい、戻ってこれないところであった」
国外は治安が悪いと周知されている所だったので、この言い訳に異議を唱える者は居ない。
実際には情報操作であるが、国外に出る事のできない大多数は鵜呑みにするしかないだろう。
法師から国へ忍者の捜索依頼も出されたが、隠密からの死亡報告がされていたので、王家としては形ばかりの捜索隊を出したに過ぎなかった。
勇者の所在に関しては、大規模な山火事があったので、会いに行った所から移動したのではないかと、教会には報告しておいた。
忍者と勇者の消息不明も、法師としては嘘を言ってはいない。
報告しなかった事と、表現の違いがあるだけだ。
迷っていたとする一ヶ月も、実際には賢者の所で資料の写しなどを見せてもらい、今後の行動を【迷っていた】のだ。
このまま、法師の筋書き通りにいくと思っていたが、教会からの横槍が入ってきた。
「大変な目にあわれた様ですな?法師殿」
「これは、剣の枢機卿様。帰還と報告が遅れまして、皆様には御心配をお掛け致しました」
教会内で【剣の枢機卿】とよばれる30代男性が、法師に声を掛けてきたのだ。
「しかし法師殿は、また国外へ出られるとか?次回の法皇選出まで間がないと言うのに、どうなさるのだ?法皇選抜に助力が必要と言うならば、私が後援になろうか?」
枢機卿とは法皇の次の位で、通常は枢機卿の中から次期法皇を選出する。
魔王討伐した教会関係者には、例外的に法皇への立候補が許されるのだ。
この剣の枢機卿と呼ばれる男は、法具を使いこなせば勇者に次ぐ戦闘力と言われているが、今回は各方面からの反対があって討伐には参加出来なかったと法師は聞いてる。
「いえいえ。討伐参加したとは言え、某は技術畑の者ゆえ、人の上に立つなど、分不相応でございます。次期法皇には、むしろ剣の枢機卿様の方が・・・」
法師は、枢機卿の法衣を見た。
枢機卿の法衣は、基本型に個人の変更を加える事が許されているが、彼の法衣は後頭部を覆い隠す様な装飾が施されている。
「(コイツらが不死者か!)」
不死者の共通的な特徴については賢者から聞いていた。
感情の揺らぎに、法師の笑顔が少し歪むが、それは法皇選抜に対するものと受け止められたらしい。
剣の枢機卿の対応は、ネガティブには働かなかった。
「いや、【剣の枢機卿】などと呼ばれているだけあって、私も戦場の方が性に合っているのでな。法皇など滅相もない。むしろ、国外へと出たいくらいだ」
「「ハハハハ・・・・」」
どこか似た者同士な法師と枢機卿は、二人して笑いあった。
「で、法師殿は、次回は何をなさりに国外へ?」
「はい。国外で亜人から古代遺跡の話を聞きまして、実際に調査に向かいたいと思っているのです。前回は機材などを無くして、帰るのもやっとでしたから」
「ほう?古代遺跡ですか?それは、どの辺りなのですか?」
「はい。亜人どもの話では、この山合いらしいのです」
法師は地図を広げて、その地点を指差した。
「ほほう?その様な場所に遺跡が?」
「はい。墓地なのか工業施設なのか、遺跡の種類が不明なのと距離が有るのが難点ですが、私好みの、強い破壊力を持つ法具とかが見つかると、うれしいのですね」
地図を見た枢機卿の口角が、わずかに上がるのを法師は横目で確認していた。
その場所は、賢者から聞いた大戦前の繁華街の場所で、禁書庫にあった地図の写しから得た情報だ。
武器になる様な法具が無いだろう事は、実は法師も知っている。
法師にとって、この目的地はブラフで、本当の目的地は別にあるのだ。
上手に嘘をつくには、八割から九割の事実と、一割前後の嘘か沈黙を混ぜる事だ。
あと、多少のデメリットを混ぜておく。
法師から見た枢機卿の反応は、予定の範囲内だった。
調査隊も法師に親しい者と、賢者に紹介された者で構成し、これで上手く行くと、法師は思ったのだった。
出発の時までは・・・・
「剣の枢機卿様。その装いは、何なのです?」
「面白そうなので、私も同行させてもらおうと思ってね。国外は物騒だと聞く。護衛は多い方が良いだろう?」
剣と楯を含んだ旅支度をして現れた剣の枢機卿に、調査隊の一同は動揺せすにはいられなかった。
しっかりと、自分の分の食料などを積んだ馬車まで用意している。
「枢機卿職にある御方を護衛扱いなど出来ませぬ。何より大切な御身を国外などには出せませぬよ」
「いや、法皇様の許可も頂いておる故に、何の問題もない」
あっけらかんとした顔で、既に根回しを終えている枢機卿に、法師は何も言えなくなった。
「おい、どうする?このままでは例の目的地とやらには行けないぞ」
「法皇の手回しか?見事に足枷を付けられたな・・・」
既に概要を話してある者達は思案にくれて、小声でひそひそ話をした。
だが、賢者の関係者に、知恵者が居たようだ。
彼は、枢機卿にも聞こえる様に話し出した。
「これから行く遺跡は、情報だけで実在の根拠が無い。調査隊が直接行くよりは、早馬で先行して確認する者を送るべきでは?行ったが遺跡が無かったでは、無駄足になってしまう」
この者の意図は、調査隊全員に伝わった。
この先発隊に賢者との連絡係をやらせるつもりなのだ。
「そうだな。他の遺跡の噂も聞いているから、全くの無駄足になるとは限らない。先発隊からの報告によっては、途中から第二候補地へと進路を変えれば、効率良く調査ができる」
法師が、更に先発隊の優位性を追加する。
勿論、調査隊が所属している教会には無線機があるので、こう言った事は可能だ。
一同の同意を得たので、法師によって選抜された二名が、馬に乗って先行していった。
枢機卿も『疑わなくても市街地があるから』などとは言えないからだ。
選ばれたのは、調査に長けた賢者の知人と、武器に長けた法師の知人が一人づつだが、人間関係を説明されなければ、技能的には妥当な人選でしかない。
こうして、法師率いる遺跡調査隊は、軽装の先発隊と、馬車数台からなる本隊の二手に別れて王都を出発したのだった。