13魔王の卵
「全体を理解するには、長い話しになる。先ずは、昔語りからになるがのう」
そう言って、賢者の話しは始まる。
「昔、高度に発達した文明が有って、戦争で滅んだと言う話しは聞いた事があるじゃろう」
「はい。教会でも、そう教わります」
「民間にも御伽噺として伝わっています」
「教会や王家で使われている法具は古代文明の遺産で、魔王や亜人は戦争の時の呪いだと言われておる」
法師はGPSや銃を見て、勇者は魔王と化した自らの腕を見入った。
「本当のところ、亜人は呪いなどではなく、昔の人間が戦争の為に作り出した兵器らしいのじゃ」
「人間が作ったのですか?生き物を?」
「そんな事ができるのですか?」
「野性動物には、人間に無い優れた能力もある。鳥の視覚、コウモリの聴覚、犬の嗅覚、馬の脚力、熊などの腕力等、その一部だけをあげれば人間を凌駕する能力を持っている。昔の人間は、動物と人間を掛け合わせる技術で、それらの能力を持つ亜人を作り出して、戦争に使った様じゃ」
「邪悪な・・・・」
「呪われているのは、昔の人間の魂じゃないですか!」
「確かにな。じゃが、昔の戦争には必要だったのじゃろう」
「でも、賢者様。魔王は兎も角、大半の亜人は法具で倒せます。当時の亜人は魔王ばかりだったのですか?」
「いや、魔王クラスは一部だったのだろう。昔には、周辺の法具を使用不能にする法具もあったらしく、法具が使えない状況で優位に戦う為に作られたのが亜人らしい」
「素手や剣で、虎などの亜人と戦うのは、流石に・・」
勇者は実感がわかない様だが、法師は、あからさまに嫌な顔をした。
「で、大戦は激化し、世界を滅ぼす程の兵器が使われた時に、人間は地下に籠って生き延び、亜人は野に放たれて旧世界は終わりを告げたと言う訳じゃ」
「その地下に籠って生き延びたのが、今の聖王国と言う訳ですね?」
「他の人間は、滅びてしまったのですか?」
「いや、他にも地下に籠った人や、地上で生き残った人間は居たのだろうが、長い年月の末に、亜人との混血だらけになったのだろうな。しかし、無理矢理作られた生命は、不完全だったのだろう。亜人の中には奇形や死産になる者が大変多い。聖王国で亜人排斥をしているのも、純粋な人間を守る為と言えば仕方の無い事やも知れん」
勇者の脳裏に、亜人村で見た奇形の子供や、亜人奴隷の避妊手術の光景が浮かんだ。
「そんな亜人の中でも、特に技術を駆使して戦闘特化して作られたのが【魔王】らしい。だが、その特殊性は子に遺伝する事が難しいらしく、一部の子孫に先祖返りとして発現する程度と言う話しじゃ」
「それが不定期に発生する【魔王討伐】?」
勇者は自分の身体を見て、考え込む。
「そうじゃ。強大な能力を持つ魔王を倒す為には、魔王で対抗するしかない。兵器として作られた亜人は、元より動物としての姿を持つ者と、人間の姿で敵国に侵入し、戦う時に獣と化す者とが居たらしい。【魔王】は後者だったのかも知れぬ」
「亜人や魔王を作り出した人間なら、その技術を伝承している教会や王家なら、魔王を作り出す事も可能と言う訳ですか?」
勇者の問いに、賢者は沈黙するしかない。
彼もまた、教会の一員だったからだ。
「しかし、賢者様。お話は理解できますが、にわかに信じがたい事でもあります。私達、教会に属する者でも耳にした事はございません」
「そうであろう。教会の隠し書庫を見つける迄は、儂も知らぬ知識じゃった」
「「隠し書庫?」」
賢者は、椅子から立ち上り、棚から一枚の紙を取り出して広げた。
「知っての通り、教会や王城は、建国以来の古い建物が多い。その見取り図は代々引き継がれているが、儂は、そこに数値的な誤差を見付けた」
「誤差?見取り図に間違いがあると?」
「間違いと言うより、あえて誤魔化していたと言うべきじゃろう。その誤差を調べるうちに、見取り図には無い、隠された部屋を見つけ、壁を打ち抜いて中に入ったのじゃ」
「そこが隠し書庫?」
「一種の禁書庫じゃな。教会の上層部しか入れないソノ部屋には、知らない方が良い真実が記録された物が多数納められていた」
「それが、賢者様が出奔された理由ですか?」
賢者は小さく頷いた。
「あんな呪われた所には、もう居たくない。そう感じる内容ばかりじゃ。それに、共に戦った、当時の勇者も心配だったからな」
「ちょっと待って下さい。魔王を倒す為に魔王をぶつけるって事は、当時の勇者も命を狙われて?」
「権力の独占うんぬんが無かったとは言えぬが、亜人である勇者に国内で自由にさせる事に問題があったし、勇者が自分の正体を知った時に、反旗を翻すのも困るからな」
「勇者の子孫が居ない理由。いや、残してはならない理由。反逆の予防という訳ですか・・」
「まさか、勇者を去勢手術する訳にもいきませんしね」
去勢は戦闘力低下に繋がる。
恐らく賢者は、勇者毒殺の時に毒の性質等を知ったのだろう。
「奴等は、勇者に献上した酒に毒を盛りよった。彼が酒盛りの為に、儂の研究施設に来ていなければ、命を救う事は出来なかっただろう」
「では、前の勇者も助かったのですか?」
「ああ。その時はな」
その言葉に、法師が気かつく。
「まさか、我々が倒した魔王は?」
「王命じゃ。仕方が無いじゃろう?その時にコノ事を話したとしても信じられないだろうし、信じても辞められはしない。先の【忍者】とかと同じ様にな」
勇者と法師が首を項垂れる。
「しかし、勇者に毒が効くとは!」
「確かに勇者は、毒物は効きにくい。だが、道具として作られた亜人は、製品化を早める為に、成長促進剤は使える様になっている」
「成長促進剤で、なぜ死をむかえるのです?」
賢者は、花瓶に生けられた花の落ちかけた花弁を摘まんだ。
「成長を促進し過ぎれば、それは死に繋がる。どこかで止めない限りはな・・・」
「老化?」
勇者は母親の死の状況を思い出した。
急に元気になり、一気に老衰していたのだ。
「勇者よ!いや、新たなる魔王よ。お前は、これからどうする?先代の様に人間に復讐するか?亜人として身を沈めるか?それとも・・・」
賢者は、新たなる薬瓶を取り出した。
勇者は薬瓶を握り締め、沈黙していたが。
「すみません。もう少し考えたいと思います」
そう言って勇者は席を立ち、賢者の家を出ていった。
※禁書庫は、自殺や事故でメディアが壊れ、不死者が足りなくなった時に、新たにゼロから作った不死者を教育する為の資料庫です。
動体センサーなども有りましたが、運良く賢者は配線を切断して入ったと言う事です。