10忍者の抜け道
僕は忍者だ。
王城を出た時から、僕に尾行がついているのは分かっている。
国境を出た辺りで人数は六人だと判明した。
隠形が上手い者も居るが、祖父直伝の僕と比べるのは可哀相だろう。
半数は、隠形も行動も雑な者が含まれているので、熟練者と捨て駒の新人がセットになって三組といったところだろうか。
商人や奴隷商に化けてはいるので、法師にはバレていないようだが。
「まさか、勇者が国外へ移住しておったとは・・・・」
国境を出た所で、急に呼び出した法師が、話し掛けてきた。
まさか、命を狙われているからとも、これから毒を盛りに行くとも言えないので、適当な話を作る。
「まぁ、教会や王城の様に関係者以外は入れない場所でも、面会を求める人がやって来るからねぇ。役目を終えて、ゆっくりするには、国外に出るしかなかったんじゃない?」
このネタは、法師を呼び出している間に、教会の門番から法師の近況について聞いた話から作り上げている。
だから、法師も納得しやすいだろう。
タイムスケジュールを考えて、あからさまにはおかしくないコースを選択し、時間調整をする。
勇者の家の近くで、あまり彼が立ち寄らない方の村へと向かっている。
馬の休憩時間や、進む速度を調整して、ちょうど夕方に着くように出来るのは、物資調達の為に何度も国境との往復を行った賜物だ。
法師の法衣を着替えさせ、途中では、近況や無駄話で時間を潰した。
剣士のオッサンは、変な所で勘が働くから呼べなくて幸いだったんだが、確かに最後になるから会っておくのも良かったんじゃないかと反省もしている。
「(まぁ、しかたがない。時間が無かったからな)」
村に着いて直ぐに、知っている亜人の男を呼び出した。
この村の住人で、外観や味覚は人間と変わらない。
背格好も僕と変わらないので、服や調味料なども別けてやっている。
「村長に馬車泊の許可をとってくれないか?あと、町から新しい調味料を買ってきたから、古いのをあげるよ。明朝に、いつもの小屋で待っててくれるかな?用事を済ませた後だから、昼前には着くと思うけど」
「良いんですか?俺、朝から待ってますよ」
「なら、あるものを適当に食べてて良いから」
「やったー!いつもすみません」
前もって、彼を選んで餌付けしていたのには意味がある。
文字通り、美味しい話には用心するべきなのに、脳ミソが足りないのは獣だから仕方無いのか?
馬車泊は、以前にも許可を得て行っているし、迷惑をかけた事もないから問題ないだろう。
法師は子供に人気だ。
途中で買った飴が役にたっている。
「流石だな、忍者」
いつも見下した態度をとっていた法師が、僕を褒めた。
「今日は雪でも降るんじゃないですか?法師に二度も誉められた」
「いつもは勇者に譲っているに過ぎぬよ。年下と言えど彼がリーダーだからな」
「そんなもんなんですか?」
あえて嫌われ者を演じて、年若い勇者への信頼度や貢献度をあげる様にしていたらしい。
「(少し、評価を改めるか・・・)」
まぁ予定通りなら、法師は無事に聖王国へと帰れるはずだ。
その為に、知人の商会に無理を言ったのだから。
法師には、尾行している隠密を分散するだけの役目しか割り当てるつもりはない。
朝起きて用意を済ませて馬車を出した。
何かを考えていたらしく、あまり寝ていない様な法師に仮眠時間くらいは与えてやろう。
まだ、二時間くらいはかかる。
尾行の隠密は、しっかりとついつきている。
勇者毒殺の確認と、僕の処分が目的なのだろう。
そうでなくては、人数が多すぎる。
もし、僕が仕損じた時のトドメだとしたら人数が少ないので、間違いないだろう。
村から離れると、流石に法師も気付いた様だ。
「忍者よ!誰かに尾行されてはおらぬか?」
「やはり、分かりますか?」
実際に必要だったとは言え、魔王討伐の時に多少はレクチャーしておいて正解だった。
この人は、道具や情報に頼り過ぎる傾向がある。
まぁ、だから騙しやすいのだけど。
タイミングも良いし、そろそろ役割りを果たしてもらうか?
「盗賊か?魔王軍の残党か?わからないけど、僕が相手をするから、法師は勇者に土産を届けてくれ」
「お前は会わなくて良いのか?」
「僕は場所特定の時に会ってるからね。巫女さんも居るから、コイツらをこのままにしておく訳にもいかないだろ?もし、時間が掛かってしまったら、一人で国へ帰ってくれ」
嘘で法師に単独行動を頼む。
この時間なら、勇者は畑か村などに行っている。
留守番の巫女と法師は顔見知りだから、問題なく毒入り食材を届けられるだろう。
面識の少ない僕が届けるより成功率が高くなる。
尾行の隠密は、正体が知られていない前提だから、存在に気付いた僕達が野盗や残党と間違える可能性はある。
だから目的達成に動く法師と、迎撃に回る僕の行動は当然だ。
客観的には、合理的な判断だ。
隠密達も、そう判断するだろう。
法師が毒を届けるのであれば、用無しとなった僕を殺すか、監視に留めるかで、国王陛下達の本心が分かる。
ここまでは、まだまだ推測に過ぎないのだから。
「ゆっくり、話をしておいでよ」
そう言って、僕は馬車を離れる。
案の定、隠密は手練れの二名が法師を追尾し、手練れ一名と新人三名が僕を囲んでいる。
気配は、彼等に合わせて隠しきれない様に演じている。
見失わせては、囮にならない。
法師の様子からして、尾行の手練れ二名には気付いていない様だ。
彼のレベルでは、新人の気配を見つけるのが精一杯だった様だ。
「少し離れて、様子を見るか?」
勇者の家近くでは、隠密も騒ぎを起こさないだろう。
可能性を考えて、勇者監視拠点にしている小屋の方へと向かう。
数キロ離れた辺りで、隠密が撃ってきた。
弾速からして、ライフル銃だろう。
森の中では、そうそう当たらない。
「やはり、用無しは処分か!」
ここは、殺されてやるしかない。
逃げおおせても、捜索や追っ手がつくだけだ。
流石の僕も、人海戦術には敵わない。
「殺されてやるにも、相手の手札を確認しなくちゃな!」
完全に姿を消して、新人の一人を後ろから刺し殺す。
「拳銃は有るがライフルは無いな。手練れのリーダーが狙撃手か。かなり高価な装備だな?暗視装置に通信機、防弾ベストにワイヤーリフト。それに、ウォールナット?」
ウォールナットとは、その名の通り、クルミの様な小さな武器だ。
硝子で出来たその中には、空気に触れると発火する液体燃料と、燃焼すると高温を発する液体ナパームが入っている。
敵に当たると、硝子容器が割れて、ターゲットを高温で焼く。
行動不能に陥った所を追加で焼くか、銃でトドメをさすのだ。
真綿の服でもなければ、ウォールナットは簡単に割れる。
投げ方にも練習が必要だ。
更には直撃しなくとも、飛び散ったナパームが引火するという厄介な武器だ。
「こりゃあ、自爆の準備は不要だったな」
建物に籠れば火攻めが妥当だろう。
備蓄の兵器に引火して爆死を演出しようと思っていたので都合が良い。
通信機を奪おうと思ったが、バイタルセンサーが付いていたので止めた。
使用者の鼓動が止まると、信号発信の後に自動で停止してロックがかかる。
ロック解除している時間は無いだろう。
新人隠密の荷物からウォールナット、銃と酸素ボンベを奪い、死体をウォールナットで焼いてから、その場を離れる。
ここから、攻撃の仕様が変わった。
手の内を知られた為か、虎の子のウォールナットを使い出した。
左右からウォールナットで攻撃し、後方からライフルで狙ってくる。
逃げる度に、周りは火の海だ。
小屋まで、もう少し。
通常は、複数で追いかける方が有利だが、隠密達は初見なので、この辺りの地形に詳しくない。
新人隠密である事もあって、間合いは縮まらない。
僕は視界に入った小屋の、屋根を突き破る様にして、中に入る。
バキバキバキッ
屋根の梁は場所を知っているので、薄い所を難なくブチ破る。
後から同じ穴を通れば狙い撃ちされるし、梁の位置を知らない者に真似は出来ない。
隠密からすれば、誘い込まれる訳だからドアや窓に、どんな罠が待ち受けているか分からない。
わずかだが、時間が稼げる。
「なっなっ何だ?アンタか?いきなり屋根からどうしたんだ?」
室内では、村で声をかけておいた亜人の男が、腰をぬかして転げ回っている。
僕は身を起こすと、亜人の腹をナイフで刺した。
「な、なぜ?どうして・・・」
力なく膝がくだける亜人を、押す様にして、室内倉庫に押し込み、ウォールナットを足元に転がす。
案の定、外からは大量のウォールナットが投げられ、木造小屋の屋根や壁は、既に燃え上がってきている。
「急がないと!」
近くの小川から水を引いている屋内井戸に飛び込み、中に仕込んである崩落用のヒモを引く。
井戸の囲いを含んだ内壁の大半が、支えを失って穴を塞ぐ仕組みだ。
この井戸と仕掛けを作るのに一年以上かけている。
地下ニメートルに作られた水路は、半分くらいは空気があり、何とか人が這って通れるサイズだ。
奪った酸素ボンベを口にくわえ、狭い横穴をほふく前進で水源の小川へ向かう。
距離は五百メートルほどある。
ナパームの炎で加熱された井戸水が、濡れた下半身を暖める。
井戸を埋めた瓦礫の隙間から空気が吸われているのだろう。
小川の方から井戸へと向かって風が吹いている。
何とか小川に出たところで、大の字になって空を仰いだ。
「あの死体で、上手く誤魔化せるといいんだが・・・」
あの亜人の死体を僕と思えば、更なる追跡や手配はなくなるだろう。
『殺されてやる』とは、こういった意味だ。
後は目立たない様に暮らせば良い。
僕は木陰に身を隠して、少し仮眠する事にした。